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2.マジレス返される

 泉の精霊くん(推定二十代前半)はキラキラ輝くようなイケメンだった。癖のある金……今は夜だから、銀にも見える淡い金髪に、暗い紫の瞳。

 それから、涙黒子まである、雰囲気のあるイケメンだった。

 ゲームじゃ男とも女ともつかない加工された声だけで見た目設定なんてなかったから、こんなイケメンだとは思わなかった。


 さすが乙女ゲーム。名前があればモブまでイケメンなのか。それとも、精霊だからすごいイケメンなのか。

 ちょっと透けてるけど。

 だが――


「考えてみても、わからないな」


 これからどうすべきかと助言を求めてみたけどこれだ。

 サポートキャラさえいれば安心だと思ったのに。


「そんなの困る!」

「困ると言われても、僕のほうだって困るよ。

 そもそも、何の好感度でヒントなのかすらもわからないのに、何を言えと?」

「うっ」


 私の心にほんのちょっぴりヒビが入った。

 そりゃまあ確かに、いきなり好感度いくつですかなんて聞かれたら、相手の頭の中身を疑うだろう。


「――ステータス、オープン」

「ん?」


 念のため呟いてみたけれど、もちろんステータスウィンドウなんて開かない。ゲームじゃボタン押せばいつでも自分のステータスは見られたけれど……。


「わかった。わかんないけどわかった。でも、イズミちゃんがサポキャラなのは間違いないと思うから……とにかく、私の相談に乗ってよ」

「話を聞くくらいならできるけど……イズミちゃんて僕のこと?」

「そうだよ。“泉の精霊”って呼びにくいし、公式SNSでもファンの間でも皆そう呼んでたし、だからイズミちゃん」


 精霊くん改めイズミちゃんは、軽く顔を顰めただけで何も言わなかった。

 そのかわり、話を促すように私を見る。


「えーと、じゃあ背景設定から説明するね」


 私はゲームスタート時に語られる、このヴァルドヴィス王国の現状を説明する。

 一見平和に見えるけど、その実“災厄の魔女”の封印は破られていて、完全復活まで秒読み中であること、その“魔女”を倒せる力を持ってるのは私ことヒロインのキトリーだけであること、でもそのためには攻略対象の誰かと良い仲になって好感度をガンガン上げていかなきゃ戦いにもならないこと……。


「で、私を鍛えるだけならなんとかなるの。私が私を鍛えるんだし。

 でも攻略だけは私だけじゃどうにもならなくて……そもそも私、初日の出会いイベント失敗してるから……」


 そう、攻略対象全員の出会いイベントが入学初日にあるというのに、私は王太子殿下のイベントだけでひっくり返って、あとはうやむやになってしまったのだ。

 それっぽいシチュさえあればイベントのやり直しなんて可能だろう――なんて思っていたけど甘かった。

 攻略対象の彼らは王族とその側近たちである。末端貴族にすら引っかからない木端のごとき私では、不審者の如くさりげなく追い払われてしまう。

 ならせめてフラグが立ったと思われる王太子殿下に……と思っても、以下同文。


 目の前で転んでみせても、食堂でもたもたしてみせても、侍従に命じて助け起すか気づきもせずにスルーされるかだった。


「全部当たり前の反応じゃないかな」

「わかってる……貴族としてはそれが普通なのはわかってる……!」


 イズミちゃんも、「どこがおかしいの?」と首を傾げるくらいには普通の対応だ。乙女ゲームの中がおかしいだけなのだ。


「それでも私は王太子殿下を攻略しないといけないの!」


 イズミちゃんが、はあっと溜息を吐く。

 精霊でも溜息を吐くんだな。


「――ひとつ確認をしたいのだけど」

「うん」

「君の言う“好感度”というのは、愛情のことでいい?」

「そう! 乙女ゲームだから恋愛してなんぼだしね!」

「その割に、君が恋しているようには見えないんだけど」

「え――」

「恋をしていないのに、好感度も何もないんじゃないかな?」


 何か言い返そうと思っても、何も出てこなかった。

 当たり前だ。私は恋なんてしていない。来たる魔女戦に備えて、攻略対象の誰でもいいから籠絡しようと考えているだけだ。


「でっ、でも好感度上がらないと魔女戦自動敗北しちゃうし、そうなったら……」

「好きでもないのに好きだとアプローチしても、相手はあまりいい印象持たないんじゃないかな?」

「それは……」


 そんなのわかってる。

 わかってるけど、好感度が上がらないと、故郷が魔物に焼かれてしまう。

 どうしたらいいかわからなくて黙り込んでしまった私に、イズミちゃんは小さく吐息を漏らした。


「――まずは、君自身がちゃんと相手を見て、恋をするところからじゃない?」

「恋?」

「だって、ゲーム通りだというなら、君は相手に恋をするところから始まるんだろう? つまり、まだ何も始まってないってことじゃないか」


 イズミちゃんの言うことはもっともだ。

 攻略対象に恋をするのが乙女ゲームなのに、私は別に恋してない。


「じゃ、じゃあ、私が恋をすればゲームが始まって攻略できるってこと?」

「わからないけど、そういうことなんじゃないの?」


 攻略の進まない原因がわかって、私はホッとした。


「よかったあ……さすが記憶がなくてもサポートキャラだね。イズミちゃんが出てきてくれて助かったあ……」

「そう?」


 イズミちゃんがくすりと笑った。

 さすが乙女ゲームのネームドモブ。月光に浮かび上がるイズミちゃんは絶世の美男と言っても差し支えないほどだ。

 攻略対象でもないのにドキッとするくらい、きれいだった。


「私がんばる。明日からちゃんと王太子殿下を見て、恋をして、攻略する。

 で、ゆくゆくはどこも焼かれないように魔女を倒す」

「がんばって」


 応援の言葉はどこかおざなりだったけれど、私は力強く頷いた。

 身体と頭と魔法と……とにかく全部を鍛えつつ、王太子殿下に恋をして、攻略する。それが、魔女を倒すにあたっての私の目標だ。


「それじゃ、今日はありがとう。また明日もよろしくね!」

「え……ああ、うん」


 握手をしようとしても半透明なイズミちゃんの手は握れなかったのでので、代わりにぶんぶん手を振って私は寮へと戻った。



 * * *



 翌日からは、さっそく王太子殿下の攻略を始めるための準備に取り掛かった。


 よくよく考えてみたら、私は王太子殿下の顔しか知らないのだ。

 ゲームなら出会いイベントで一目惚れのはずだった。だが、私は一目惚れに失敗してしまったのだ。

 失敗した以上、王太子殿下をちゃんと知って惚れるしかない。


 幸い、魔力の強さとヒロイン的に出来のいい頭のおかげで、クラスは同じだ。

 だから、王太子殿下を観察して、その為人に惚れ込むのだ。


 決意も新たに、私はしっかりと王太子殿下を観察した。

 王太子殿下は、さすが王道ヒーローだけあって、顔も振る舞いも何もかもが素晴らしい。もしかして人間じゃないのでは? なんて考えるほど、できたお方で――


「アルザン嬢」


 私は王太子殿下を見つめながら、さてどうやって、と考える。


「アルザン嬢?」

「え、あ、はい!」


 慣れない家名呼びに、私はびくんと跳ね上がるように返答した。

 由緒正しい庶民である私に、本来、家名なんてないはずだが、伯爵閣下が後見となる時に家名をくださったのだ。

 ゆえに、“キトリー・アルザン”が、入学するにあたっての私の名前である。

 が、家名になんて馴染んでないことが丸わかりだ。


「先ほどからずっと私を見ているようだが、何か気になることでも?」


 私を呼んでいたのは、王太子殿下だった。

 観察はしててもぼんやりと考えながらだったせいで、認識が遅れたのだ。


「えっと、その」

「アルザン嬢?」


 言い淀む私を促すように、王太子殿下が呼びかけてくる。側近である攻略対象たちはもちろん、クラス中の高位貴族のお嬢様方からの圧も感じる。

 その中には当然のごとく、王太子殿下の婚約者候補筆頭であるイヴェット・ド・アマンス侯爵令嬢もいる。


「その、その……私、まさか自分が王太子殿下と同じ教室で学べるようになるなんて思ってもいなかったから、未だに夢見てるみたいだなって……雲の上の方と机を並べて学べるなんて、奇跡だなって……」

「ああ、なるほど」


 焦りで頭が回らないながらも、ちょっとヒロインぽさを意識して答えてみたけれど、どうやら正解だったらしい。

 ゲームみたいに選択肢からポンと選べたら楽なのにな、と考えつつ息を吐く。

 おまけに、まだ攻略をスタートしてない以上、不敬罪にも気をつけなければ始まる前にゲームオーバーなんて可能性だってあるのだ。


 母さん父さんジャルニー伯爵閣下それから女神様、どうかうまくやれますように。


「――でも、そういう視線ではなかったように感じたんだけれどな」

「え」


 息を呑む私に視線を合わせた王太子殿下は、くすりと笑って囁いた。


「図星という顔だ」

「そ、そんなことは」

「平民というのは、皆、君のように人を観察するものなのかな?」


 私の背からぶわっと汗が噴き出した。

 これ、不審人物とかではなく、単なる「おもしれー女」枠にカテゴライズされたんだったら良いのだけれど。



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