王宮の秘密
イヴェット様と王太子殿下は、あれ以来、王宮の記録をひっそりと調べている。どうも、王宮ではリュシアン殿下の件がタブー扱いになっているようで、「急な病で亡くなった」以外のことがはっきりとは残っていないという。必然、調査もあまりおおっぴらにはできないのだとも。
普通、王族の誰かが亡くなったら、それなりに記録が残されるものだ。病死なら、病名とか発症から没までの様子とかの医療記録の他にも、侍女や侍従たちが誰かしらが何かしら書き残しているものなのに、だ。
いっそ不自然なくらいにあっさりとした記録しか残っていなくて、ふたりの調査は難航しているらしい。
「サンドラ先生……サンドラ先生って、魔力とか詳しいんですよね。で、呪いとか魂とかが専門でしたよね」
「ええ、そうだけど、何かあったのかしら?」
サンドラ先生の講義の時間を狙って、私は質問する。
幽霊といえば魂、魂といえばサンドラ先生だった、と思いついたのだ。
「あの……学園の、あの噴水のあたりって、何かいわくがあったりしますか? たとえば、魂だけになった……いわゆる幽霊が集まりやすいみたいないわく」
学園の怪談を聞き出すみたいな気持ちでおそるおそる尋ねると、サンドラ先生は「この子何言ってるのかしら?」みたいな顔で肩を竦めた。
「それはないわね」
「え? そうなんですか?」
「だって、あの噴水の周辺は清浄な魔力に満ちているもの」
「――え?」
ぽかんとする私に、サンドラ先生はくすりと笑う。
「魔力の見方はこの前教えたでしょう? 試しに見てごらんなさい」
「えっと、わかりました。でも、なんで噴水が? 清浄?」
「というか、あなた知らなかったのね。あの噴水はもともと聖女様由来の泉なの。だから、あそこは清々しいほど清浄な魔力にあふれているわ。そこにいると気分が良いくらいの効果ではあるけれどね」
「え? 聖女様由来!?」
「そうよ。歴史で習ったでしょう? 聖女様お気に入りの清らかな泉の話。あの泉が、今はあの噴水になっているのよ」
「だって、そういう泉って、普通は大きな神殿の中とか、そういう場所になるものじゃ?」
「聖女様の肝いりで学園が創立されたことくらい知ってるでしょう? この学園自体、もとは王の……聖女様が王より賜った離宮なのよ」
「そういうことなんですか……」
知らなかった……まさか、あれが教科書に載ってた“聖女の泉”なんて、知らなかった。確かに学園は聖女様が作ったって話は知ってたけど……設定資料集じゃ別に触れられてなかったし、それじゃ、なんでイズミちゃんがそこで地縛霊になっているんだろう。
イズミちゃんはやっぱり幽霊じゃなくて精霊なのか――混乱する私に、サンドラ先生は説明を続ける。
「そもそも、幽霊、いわゆる迷える魂というのは、たいていの場合、何かしらの不浄に囚われて天に昇れなかったものなの。だから、あそこに迷える魂が集まることはないわね」
「でも全部がそうじゃないですよね? それなら不浄を取っ払いたい魂が来るってことは……」
「魂を捉えている不浄がそれをさせないわ。誰か……そうねえ、魂の扱いに長けた聖職者や魔術師が迷える魂を捉えて連れてくるなら別だけど」
サンドラ先生の話を聞けば聞くほど、イズミちゃんが王子様の幽霊なら、あそこに縛られることはなさそうに思えてくる。
「じゃあ、あそこに精霊が来るってことは?」
「精霊? そうねえ、アルザン嬢は精霊ってどういうものだと考えてる?」
「ええと、お願いすると水難事故を防いで守ってくれる水の精霊とか……?」
また、サンドラ先生はくすくすと笑う。そういえば、この学園の授業で精霊学みたいなものはなかった。
「魔法学的には、自然現象を司る力を精霊と呼んでいるの」
「え、精霊って概念なんですか?」
「それに近いわね。風なら風そのものが“風の精霊”が顕現した姿よ。精霊たちは自然現象でこの世界に干渉するの。そこに何かの意志はないわ。
魔法は、特に“精霊魔法”と呼ばれる分野は、自然現象の力そのものに干渉して、擬似的に自然現象を起こす魔法のことよ。火や風を起こすというのが典型的ね」
私は混乱する。じゃあ、あのサポートキャラの「泉の精霊」って、何だったのだろう。ゲームだからステータスウィンドウがあるみたいに、ゲームだから存在したってだけで、実はそんなもの最初からいなかった?
「じゃ、じゃあ、泉に精霊が宿ってて、その精霊が親切にあれこれ教えてくれたりなんて……」
「そんな“精霊”の話は聞いたことがないわねえ……お伽噺の中に出てくるだけじゃないかしら」
「ええー……」
普通なら幽霊が近寄らないところに縛られてる、精霊ではないイズミちゃん……イズミちゃんは、本当は幽霊なのか精霊なのか、どっちなんだろう。
もっとわからなくなってしまった。
「精霊の話はこれくらいにしておきましょうか。精霊について学ぶのは来年からで、今は基礎を固める時よ。それに、精霊魔法学は意外に奥が深いの」
「そうなんですね」
はあっと溜息を吐く私に「焦らずがんばりなさい」と言って、サンドラ先生は回復魔法の基礎についての講義を再開した。
* * *
「王宮の禁書庫に、過去の記録……非公式なものも含めた記録が納められているようだ」
イヴェット様のいつものお茶会で、王太子殿下がそう言った。
いつもの、といってもいつものメンツではなく、王太子殿下とイヴェット様が主であり、いつもの侍女さんや侍従さんは遠巻きに下げられている。お友達も無しだ。
そして、私がここにいるのは、「侍女としてのスキルを鍛える」という名目で、このお茶会の給仕は私ひとりに任されているから……という状況である。
「それは、ずいぶんと厳重に隠されているのね」
イヴェット様は私の注いだお茶をひとくち確かめるように味わってから、小さく頷いた。合格点だったらしい。それを確認した王太子殿下もお茶に口をつけて、満足そうに頷いた。
練習した甲斐があったというものだ。
「それに、五十年前の記録には不自然な点が多い。王弟殿下の墓所もはっきりしない。通常なら王家の霊廟に専用の廟が作られていてもおかしくないはずなのに、それがない」
私は思わず王太子殿下の顔を見てしまい、イヴェット様に視線で咎められてしまう。けれど、そのイヴェット様も難しい顔になっている。
「つまり、王弟殿下は亡くなっていない……生きていて、どこかに隠されているということかしら?」
「それもないな。生きているにしては、痕跡がなさ過ぎる」
「なら、公にできない理由で亡くなられたために、隠された?」
「それが一番近そうだ」
全然わからない。公にできない理由ってどんな理由? 亡くなって、そのこと自体は知らされてるはずなのに隠されてるってどういうこと?
「なので、近いうちに禁書庫で調べてみようと考えているところだ」
「わたくしも同行できるかしら」
「それは難しい……と言いたいところだが、イヴェットがいるほうが目をごまかせるだろう」
「まあ」
ふふっとイヴェット様が笑う。なんというか、いたずらを共謀するいたずらっ子同士の悪い笑みというか、そういう雰囲気の笑みだ。
大丈夫なのかなあと少しだけ心配になっていたら、イヴェット様に「キトリー」と呼ばれた。
「王宮へは、お前にも同行してもらうわね」
「えっ。でも、私、思いっきり部外者だと思うのですけど」
「もちろん、中まで同行はさせられないわ。だからお前には、工作をお願いしようと思うの」
「そうだな。侍従たちには父上たちへの報告が義務づけられているが、お前は違う――つまり、そういうことだ」
「あ、あの、犯罪行為はちょっと……」
「大丈夫だ。私とイヴェットがお前に命じるのだから」
ええ……それ、本当に大丈夫なのかな――なんて不安に思いつつも私がおふたりに逆らえるわけもなく、ふたりはどんどん計画を詰めていく。
周囲の侍従さんや侍女さんたちに悟られないような表情で淡々と会話を進めるのはさすが高位貴族と王族というべきか。
私も必死で表情を取り繕っていたけれど……ほんとうに、これ、うまく行くのだろうか。不安が禁じ得ない。
そして、不安はそのままに、決行日は意外に早く来てしまった。
王太子殿下やイヴェット様の精力的な根回しやら下準備やらで、当日は咎められずにふたりとも禁書庫まで行ける手はずになっていた。
私は、そんなふたりに付けられている侍女や侍従さんをごまかしつつ周辺警戒というか、万が一、人が来たときには気を引いて時間稼ぎもする役目だった。
なお、私以外の侍女さん侍従さんたちには、適当な理由がでっち上げられ、それに基づく命令ということになっている。事情まで知っているのは私だけだ。
リスク管理、というやつだろう。
――しかし、万全だったかは疑問ながらも、あれこれ対策していたはずだったのに、試みは失敗した。冷静に考えてみれば当たり前かもしれないけど。
今、王太子殿下とイヴェット様は王様に呼ばれ、私は侍女さんや侍従さんたちと一室に、王妃様の前に集められている。
これ、がっつりお咎めがきちゃうやつなのか。ジャルニー伯爵閣下には影響がないといいんだけど……こんなの、どう言い訳すればいいんだろう。
あれこれ考えを巡らせつつ震える私たちに、王妃様は大きく溜息を吐いた。その吐息に、私たちはまたびくりと大きく肩を震わせる。
「お前たちにも、言いたいことはあります」
ですよね……本当なら、止めなきゃいけない立場だし。
「ですが、ヴァレリーがお前たちが抗えないようにしたのだと――あの子の言葉に免じて、今回だけは大目に見ましょう。ですが、次はありません。単なるイエスマンでしかない者など、側付として必要ないのですからね。肝に銘じておきなさい」
最敬礼の姿勢のまま傾聴する私たちをじろりと私たちを睥睨して、王妃様はまた溜息を吐いた。まったくもう、という言葉が聞こえた気がする。
それにしても、王太子殿下は「お前たちに咎めが行かないようにする」と言ったけれど、アレは本当だったのか。
「ああ、キトリー・アルザン」
「はっ、はい……っ!!」
下がりなさい、と告げたそのすぐ後に呼ばれて、私は驚きのあまり飛び上がるようにして返事を返す。
「お前はこちらへ。少々確認せねばならぬことがあります」
私だけ……? 私だけ何かお咎めが……!?
思わずちょっと潤んだ目で王太子殿下の侍従さんを振り返ると、退出しようと足を引く彼から痛ましげな視線で返されてしまった。そして、王妃様はそんな私たちに頓着せずくるりと背を向ける。いったいどうしたらと逡巡する私を、王妃様の侍女さんがついてくるようにと促した。





