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後編

 さて、本格的にタケノコが生えてきたから忙しい。

 ただ、田植え前の時期で稲をハウスで育てているところであり、田んぼに水も張っていないため、米作りに携わる人たちがタケノコ堀りを手伝ってくれることになった。


 バーバラは精米の方法を教えて欲しいというので、そのやり方を教えたところ「これなら子供でもできるんじゃないの」と大喜びで、精米は子供たちの担当となった。その際、糠を捨てないようにとだけ念押ししておく。


 ロッサナはタケノコの掘り方を教えながら、タケノコの掘った場所を記録していく。タケノコシーズンが終わったら、竹林を伐採しなければならない。除草剤で枯らすという方法もあるけど、それでは来シーズのタケノコにも影響が出てくるだろう。やはり、地道に竹を伐採していくしかない。


 そしてここでまた思い出す。前世の記憶を――。

 竹といったら、流しそうめんではないか。絶対子供たちが喜ぶ。

 竹を伐採するときには、流しそうめんを企画してあげよう。でもそうめんは無いから、流しそうめんではなく流しめん。めんは小麦で作れば良いし、祖母に聞けばなんとかなりそう。めん以外の野菜を流してもいいな。

 もう、楽しみしかない。


 王都へ行っていたエドアルドが戻ってきた。

 レストランで季節限定メニューとしてタケノコを使った料理を売り出したところ、飛ぶように注文が入ったというのだ。メニューはもちろん炒め物とスープ。肉とナッツと筍の炒め物、肉とピーマンと筍の炒め物、卵とほうれん草と筍のスープ。今のところ、その三つのメニュー。


「もう少し、メニューも考案してみたいと言っていた」

 とりあえずそのレストランとの契約は成立だ。

「タケノコご飯の話をしたら、非常に興味を持っていた」


 タケノコはあく抜きした後、水に浸して冷暗所で保管しておけば一週間は日持ちする。その際、水は一日一回取り換える。

 エドアルドは週に一度、タケノコをいつものレストランへと持っていくことになった。しかし、その週に一度の間にタケノコの噂が王都で広がっていたため、他のレストランからもタケノコが欲しいと言われる始末。

 王都までの運搬係に他の人の協力の必要も出てきたため、そこは馬に乗れる若者に頼むこととなった。タケノコはたくさんとれるから、毎日、日替わりで誰かが王都に運んでいく。


 バーバラ監督の元、子供たちは精米を楽しんでいるらしい。その精米されたお米も出回るようになり、この土地ではタケノコご飯も食べられるようになってきた。


 そんなタケノコが、王族の耳にまで届くのも時間の問題。

 ロッサナの元婚約者であるヴィレリオ王太子も、そんな噂を聞きつけた一人。噂のタケノコ料理をと思い、料理人に尋ねたが、タケノコの入手先がわからないと言う。

 噂のタケノコ料理を出すレストランに尋ねたが、タケノコは契約している農地から入手しておりまだ供給性が安定していないため、料理も予約制に変更したと言う。予約は承るが、今からの予約ではどうなるかわからない、とのこと。


 そしてロッサナにとってかわった王太子の婚約者の座を狙っているのが、ダニエラ。彼女との正式な婚約は、あと二か月先に控えている婚約式を経てから結ばれる。

 しかしそんな彼女は新しい物の流行り物が大好き。何がなんでもタケノコというものを食べてみたいと騒ぎだしたのだ。

 このままではダニエラの方から婚約は無しとか言い出しかねない。そんな女なのだ。このダニエラという女は。

 ヴィレリオはレストランに勤める知人に相談というか取引をもちかけることにした。だが、それは所詮取引。つまり闇ルート。その顛末はまた、別なお話。


☆☆☆


 タケノコシーズンも過ぎ去り、田植えも始まり。農業を営む者によっては一番忙しい季節がやってきた。

 ロッサナは竹林の管理人としての仕事をこなさなければならない。今まで放置されていた竹林だから、荒れているし、今日もあっちのほうこっちのほうと竹は根を広げているに違いない。

 時間はかかるが、不要なところから伐採していくしかないなとロッサナは思っている。


 鉈とのこぎりを担いで、ロッサナは今日も竹林の中。タケノコの取り残しが竹になりつつある。とにかく不要な竹を切る。竹皮があったら、それを収集することを忘れてはならない。


「やあ」とこんな竹林の中、またあのエドアルドが現れた。

「何か、御用ですか?」

 鉈を振り回しながら、声をかけるロッサナ。

「いや、用は無いのだが」

 用が無いなら、わざわざ来るなよとロッサナは思う。とにかく、竹を切るのに忙しいのだ。

 バサッ、バサッっと音を立てながら竹の枝打ちをする。


「用が無いのであれば、危ないですから離れてください。手伝ってくださる、と言うなら別ですが」


「じゃあ、手伝おう」


「でしたら、そこにのこぎりがありますから、お使いください。手袋をするのも忘れずに。次からは眼鏡を準備してくださいね」

 と言うロッサナは大きな眼鏡をかけている。そしてロッサナは自分がかけていた目眼を外して、エドアルドにかけた。

「竹を伐採するときに、上からゴミが落ちてくることもありますから、目に入ると危ないのです」

 かけた眼鏡のつるは少し温かい。


「ここからバッサリいっちゃってください」

 エドアルドの後ろから彼の両手を支えて、竹を切る位置を指示する。これ、男女の立場が逆じゃないかとエドアルドは思ったのだが、竹の伐採をしたことの無い彼は、素直にロッサナに従うしかない。振り向き、視線を下に向けると、少し頬を上気させている彼女の顔がある。今日は何本、伐採したのだろう。

 最初、彼女に促されるままにのこぎりを引いたり押したりしていたエドアルド。なんとか一本切り倒すことができた。


「なかなかの力仕事だな」


「ええ、慣れれば大したことありません」

 倒れた竹の枝を、鉈でバサバサ落としていく。


「これ、一人では大変ではないのか?」

 エドアルドは尋ねる。

「ええ、ですがこの時期、畑仕事は忙しいですから、他の人に頼むわけにはいきません。それにこの竹林の管理を任されているのは私ですし、他にやることもありませんから」

 額の汗を右手の袖でぬぐいながら、ロッサナが答えた。

「そうだな」とだけ、エドアルドは呟いた。


☆☆☆


 そして時は過ぎ。またタケノコのシーズンがやって来る。その間、あの王太子は正式にあのダニエラと婚約したらしい。それでも田舎に引っ込んだロッサナには関係の無いこと。いや、おめでとうとだけ、心の中で言っておこうと思う。

 そしてロッサナはフェレーリ家の養子になっていた。正式には、母の兄の養子。

 トスカーニは侯爵家、フェレーリは伯爵家でロッサナは降下したことになるけれど、あのトスカーニ家と縁が切れたことを考えると、母の兄夫婦には感謝しかない。


 最近、エドアルドの姿が見えない、と口にしたところ、祖母が「エドアルドは実家に戻ったのよ」と言う。どうやら彼は、この地の民では無かったらしい。この地でわざわざ農業を学ぶために、二年間ここにいたそうだ。


 そう聞くと、少し寂しい気がするのはなぜだろう。

 だがそんな感傷にひたっている場合では無い。とにかくタケノコを掘らなければ。


 昨年、竹林を整備したせいか、今年のタケノコは掘りやすい。

 またお米の美味しさを知った領民は、白米を準備している。今年こそ、念願のタケノコご飯をみんなに広めるのだ。

 そして昨年契約した王都のレストランにはタケノコとセットで白米も納めることにことにしてある。タケノコの繁盛期になる前に、ロッサナが自らそのレストランに赴き、タケノコご飯の作り方を指導した。さらに昨年収集し、乾かして保管しておいた竹皮も渡し、これでタケノコご飯をおにぎりにして包むとテイクアウトもできますよ。と売り出してみた。

 レストランの経営者は大変乗り気で、さすがエドアルド様の紹介だけありますね、と言っていた。


 ここにもエドアルド。いないと意外と思い出すエドアルド。


 いやいや、とロッサナは首を振る。このタケノコの収入は意外と良いのだ。元々前世でも高級食材であったタケノコ。ここではさらに希少価値が高まって、さらに高騰している。この領地のためにも、タケノコで稼がなければ。でも、いつからは庶民にも手が届くものになってもらいたい。そのためにも、タケノコがたくさん取れるようにしなければ。

 タケノコのシーズンは約二か月。この間にタケノコを掘って、売る。


 いつもの定期的な集まりで、今年のタケノコの売り上げは昨年の倍になっていたことを報告した。それによって今年の納税額を下げ、さらに今年収穫される米を備蓄用として納めてもらうことにした。それに祖父母も大賛成。


「ロッサナちゃん、かわったわね」とバーバラが言う。

「そうですか?」と尋ねると。

「そうよ。ここに来たときは、白くて丸くてふわっとしていたけれど、今では健康的でスラっとして、なかなかの美人さんよ」

 ということは、ここに来たときは美人では無かったということか。まあ、丸々としていたという点は否定できないだろう。あんな屋敷での暮らしでは、丸々するなという方が難しい。どこの令嬢も似たようなもんだろう、とは思うのだが。


 とにかくタケノコを思い出してから、良いこと尽くし。生活も充実している。あのまま王都にいて、侯爵家の令嬢として学校に通っていたら、こんな生活はできなかっただろう。

 ある意味、あの婚約破棄には感謝しかない。


 夕飯を終え、部屋で竹林の地図をまとめていたところ、「ロッサナ、少しお話があるの」と祖母に呼ばれた。この時間に祖母から呼ばれるのは珍しい。まあ、昼間もほとんどの時間を竹林で過ごしているし、他の畑や田んぼへと足を運んでいるのもあり、最近は祖父母との会話の時間もなかなかとれていない。


 談話室へと足を運ぶと、祖父母が並んで座っていた。怖い顔で皺を刻んでいるのではなく、にこにこと笑っている。


「ロッサナ、そこに座ってちょうだい」

 向かいの席を促される。言われるがままに腰をおろすと。

「あなたに求婚者が現れたのだけれど、結婚する気はある?」

 祖母の手の中には一通の封書が握られている。


 ロッサナは目を大きく見開いた。「それはトスカーニ家に届いたものですか? それともフェレーリ家に届いたものですか?」

 ロッサナがフェレーリ家の養子になったのはここ数か月の話だ。

「安心してちょうだい、トスカーニ家は関係ないわ」

 と祖母が言う。

「では、私がフェレーリ家の養子になったことを知った人がいて、その人はモノ好きだったということですね」


「まあ、そうだな」

 祖父は慌てて咳払いをする。「悪い話ではないのだが」


「お相手は?」そう、肝心のその相手。


「王弟殿下」


「はい?」


「つまり、ロレーヌ公爵」


 王弟殿下がロレーヌ公爵であることをロッサナだって知っている。多分、前国王と第二妃の間の息子だったような気がする。年は確か、ロッサナよりも十近く上だったような。

 なぜ、そのような人物が?


「何かの間違いではありませんか?」

 ロッサナが問う。「私はあの王太子から婚約破棄をされ、挙句、侯爵家から捨てられた人間ですよ?」


「それが間違いじゃないのよ」


 相手が王弟殿下であるロレーヌ公爵であることは間違いないのだ。だが、なぜ彼がロッサナに結婚を申し込むのかがわからない。

 祖母が見せてくれた封書はロレーヌ公爵の家の押印で封印されていた跡がある。


 まさか、ロレーヌ公爵の嫁のなり手がなくて、あの王太子の元婚約者でもどうか、という話があがったとでもいうのか。


「大変ありがたい申し出ですが、できればお断りを」

 ロッサナは、そう言うのがせいいっぱい。


「断るのか?」驚き、祖父は問う。ロッサナは頷く。


「私はこの領地の竹林の管理を任されている者です。この地を離れて、他のところに嫁ぐなんて、今は考えられません。竹林の管理もまだ不十分ですし、この地の特産となりつつタケノコもやっと軌道にのったところ。タケノコをおいて、私は嫁ぐことはできません」


 どうやら、ロレーヌ公爵はタケノコに負けたらしい。


☆☆☆


 ロッサナは今日も竹林の整備に励んでいる。一人でやっているから、毎日、少しずつ。

 最初は畑に侵入しそうな竹から伐採を始めていたが、今は、タケノコが生息しやすいようにと、伐採する余裕が出てきた。


「やあ」と現れたのはエドアルド。「相変わらず、元気そうだね」

 ロッサナは振り上げていた鉈をおろした。傍から見たら、エドアルドに鉈で襲い掛かっているように見えなくもない。


「お久しぶりです、エドさん。ご実家に帰られたと聞いたのですが」


「ああ、まあ、そうだな。実家から呼び戻されたからな」


「それで、今日はどのようなご用件ですか?」

 ロッサナもいつもの口調で尋ねた。


「君は、俺がここに来ると必ずそう言うな」


「ええ、私もこう見えて忙しいのです。この竹林を整備しなくてはなりませんから」


「うん、それはわかってる」


「でしたら、ご用件をどうぞ」


「まあ、用件っていうほどのものでもないのだが。君、結婚の申し込みを断ったって本当かい?」

 そのエドアルドの問いに、ロッサナは驚く。


「もうご存知なのですね。噂になってますか? ロレーヌ公爵とのこと」


「え。まあ、そうだな」


「ロレーヌ公爵には悪いことをしてしまいました。王太子から婚約破棄され、侯爵家を追い出された私と結婚したいと言ってくださったのに」


「だったら、なぜ?」


「なぜ? なぜって、この竹林があるからです。私がこの土地を離れたら、誰がこの竹林の面倒を見るのですか? せっかくここまで整備したのに」


「つまり、竹林に負けた、と?」


「正確にはタケノコですね。タケノコはこの領地の最大の収入源です。今、タケノコを失ってはまたこの領地の財政状況が厳しくなりますから」


 エドアルドは笑うしかなかった。

 このロッサナにはタケノコ令嬢という二つ名を与えたい。


「そんなに笑うところですか?」

 むっとしながらロッサナが問う。


「いや、タケノコに負けたのかと思うと、おかしくてだな」


「無駄口を叩きに来たのであれば、さっさとお帰り願えませんか? 先ほども言いましたが、私はこう見えても忙しいのです」

 そこで、ロッサナは右手の袖で目に入ってきそうな汗をぬぐう。


「ああ、邪魔をして悪かった。でも、もう一つ君に頼みたいことがあったんだ」


「はい、なんでしょう?」


「来月、とうとうあの王太子が結婚式を挙げるらしい。そのパーティに俺と出席してもらいたいのだが」

 どんな嫌がらせだ? とロッサナは思った。


「エドさんもいじわるですね」ロッサナは言う。「私は、その王太子の元婚約者ですよ。その女を結婚パーティに誘うとか、おかしくないですか?」


「王太子の元婚約者はロッサナ・トスカーニであり、ロッサナ・フェレーリではないだろ? それに俺には君しか誘う相手がいないんだ。そこも察してくれ」


 そこまで言われてしまうと断るに断れない。見た目は悪くないのに、女にもてないのだろうか。


「わかりました。正式な回答は、おじいさまとおばあさまに確認してからになりすが、それでよろしいですか?」


「ああ、問題ない」

 それだけ言うとエドアルドは竹林から去っていった。

 ロッサナは再び鉈を振り上げた。


☆☆☆


 エドアルドからの申し出を祖父母に伝えたところ、結局大喜びしたため、その誘いを断ることはできなくなってしまった。

 しかしここで一つ問題があった。この田舎に引っ込んでから、体型が大きく変わってしまったということ。着ていくドレスが無いのだ。そんなことを悩んでいたら、エドアルドが「全てこちらで準備するから問題ない」と言う。時間も無いし、お任せすることにした。


 ロッサナはパーティの三日前に王都入りした。トスカーニの屋敷に顔を出すようなことはせず、エドアルドの屋敷へと向かう。

 もしかすると、エドアルドの屋敷はトスカーニの屋敷よりも立派かもしれない、とロッサナは思った。


「この屋敷には俺と母親しかいないから、そんなに緊張する必要は無い」

 エドアルドは言う。

 そうは言っても、久しぶりの王都で久しぶりのお屋敷。礼儀作法とか、あれとかそれとか、いろいろあるだろう。


「母を紹介したい」とエドアルドが言うものだから、余計に緊張するしかない。


「あなたが、ロッサナちゃんね」


「はい、ロッサナ・フェレーリです」


 エドアルドの母親はエドアルドによく似ていた。「エドが無理やりあなたにお願いしたのでしょう? わざわざ遠いところを来ていただいて、ありがとう」


 優しそうな人だな、というのがエドアルドの母親に対する第一印象。


「それから、あのタケノコという食べ物。ロッサナちゃんが作っているって聞いたのだけれど」


「はい。私が管理しています」


「そう。あれを食べると、身体の調子がよくなるのよ。あれは年中は食べられないのよね」


「そうですね。ちょうど春先にできるものなので」


「また来年、楽しみにしているわ」


「はい、ありがとうございます」

 ロッサナにはもれなくタケノコの話題がついてくるらしい。間違いなく彼女はタケノコ令嬢だ。


 それからドレスを合わせた。エドアルドが準備していたのは青いドレスだ。青くて、スレンダーラインのドレス。ふんわりとしたスカートが流行っている中、あえて流行りとは別なデザインをもってきたらしい。だが、エドアルドの母親が言うには、どうやらエドアルドの好みのデザインとのこと。

 

「ロッサナ様は、細身ですのでとてもお似合いです」

 と侍女が言う。思ったより悪くない、このドレス。体型がかわったから、健康的な肌の色に深い青が映える。

 気に食わないとしたら、エドアルドの好みにされてしまったことくらいだろうか。


 パーティ当日。

 ロッサナとしては、めでたい気分にはなれない。何しろあの王太子。そして結婚パーティとなれば、トスカーニ侯爵夫妻も出席するだろう。そんなことで、頭がいっぱいで、肝心のエドアルドがどこの貴族様であるかを確認するのを忘れていた。

 王宮へと向かう馬車の中で、ロッサナは隣に座るエドアルドに尋ねた。


「エドさん。私、肝心なことを聞くのを忘れていました」

 あまりにも真面目にいうものだから、エドアルドも何があったのか、と心配してしまう。

「エドさんは、どちらの方ですか?」


 なんとも言えない空気が流れる。


「どちらの方って、俺の家柄的なことを聞いているのか?」

 そのエドアルドの問いにロッサナは頷く。


 やっぱり、彼女は気付いていなかったのだ。

 気付いていたら、こんなバカげたことを引き受けたりしないだろう、とも思う。


「エドアルド・ロレーヌ」

 エドアルドのその答えに「え?」とロッサナは声をあげる。


 さらに「ロレーヌ公爵?」と聞き返す。

 エドアルドは頷く。


「王弟殿下?」

 その問いにも頷く。


 ロッサナの顔から血の気が引いた。今すぐこの馬車から飛び出したい。それを止めたのはやはりエドアルドだった。そのロッサナの膝の上に置かれた手をそっと握る。


「逃げるなよ。俺に恥をかかせる気か?」

 そういたずらっぽく言う彼に、ロッサナは観念した。


「意地悪です」

 ロッサナは言う。「どうして黙っていたんですか?」


「聞かれなかったから、知っていたのかと」


「知らなかったから、聞かなかったんです」


 それから今までのやり取りを思い出し、恥ずかしくなってくる。本人を目の前にしてタケノコの方が大事とか、そんなことを言っていたのだ。


「ロッサナ。手紙ではなく、きちんと俺の言葉で伝えたい」

 その言葉に頷く。

「俺と、結婚して欲しい」

 その言葉には頷けない。


「少し、考えさせてください」


「そんなにタケノコが大事か? まあ、聞かなくてもわかっているが」


「聞かなくてもわかっているなら、聞かないでください。私にとってタケノコは大事です」


「俺は?」


「タケノコと同じくらいにエドさんのことも大事です。人間の中では一番」


「そうか」

 人間の中で一番、エドアルドはその答えにとりあえず満足したらしい。


☆☆☆


 あの王弟殿下がやっと婚約したらしい、という噂が広がるのはそれからすぐのこと。王太子殿下の結婚というめでたい話の次のめでたい話。


 だけど、エドアルドと婚約した今でも、ロッサナは田舎の領地の竹林の整備に励んでいる。

 それもこれも全てタケノコのためだ。


 そして、来年も再来年もそしてその次の年も、ロッサナはタケノコを掘ってタケノコ料理を振舞うことだろう。


 そして、来年こそはエドアルドのために、タケノコご飯をたくさん作ろうと思っている。

例のレストランで働いている従業員はヴィレリオの知り合いだった。

どうにかしてタケノコを入手して欲しい、と頼んだところ、なんとか一本、手に入れることができた。

もちろん、この従業員がこっそりと盗んできたのだ。


レストランで出されているものは柔らかく煮てから、炒めているというのがその従業員の話。

この粉で一緒に煮ている、と言う。

だけど、自分はこのタケノコの担当ではないから、詳しくはわからない、と付け加えて。


タケノコを手渡し、その話を料理人に伝えたところ、なんとかやってみます、と言う。

とにかく、その粉と一緒に噂のタケノコを煮てみた。

それから、肉と一緒に炒める。


ヴィレリオとダニエラは「美味しい、美味しい」二人で一本分のタケノコを食べきってしまった。


やはり、タケノコはあく抜きをしっかりしないといけないし、食べ過ぎてもいけない。


このタケノコ料理を食べたヴィレリオは数日間謎の腹痛に悩まされ、ダニエラにはニキビができたらしい。それも一つではなく、四つくらい。


タケノコを食べる時には、十分にあく抜きをしましょう、それから食べ過ぎには注意しましょう、というお話。

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