表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪者  作者: 天野悠午
2/12

二章

 真っ白な部屋の一室で一人の女性が目を覚ました。

 彼女の名前は佐々木りお。女優でありながら、歌手としても活躍している人気タレントだ。その彼女の前に現れた男。りおの専属マネージャー神崎直哉。彼は言い放った。


「僕らはもう死んでしまっているんです」と。


 神崎の言葉に、自体を受け入れることが出来ないりお。しかし彼女は彼女で、事件当日の記憶をどうしても思い出せずにいた。神崎はりおに、一緒に犯人を探し出しその人物に呪いをかけることを提案する。

 呪いとは、現世にまだ未練があったり、恨みのある霊が、その対象となる人物に呪いをかけることによって、その人の生きていることへの不安を増幅し、死にたいという気持ちにさせ、最終的にその者を死に追いやることが出来る負の力。ただし、その呪いをかけた人物は重い罰を受けなければならない。罰は自分一人だけで言い放つ神崎だったが、やるなら一緒に罰を受けると、りおをその提案を受諾する。かくしてりおは、神崎と共に、僅かながらの記憶を頼りに自分たちを殺害した犯人を探すのであった。


「―ところで此処って何処なんですか?」


 りおは、薄暗い部屋の中を見回しながら尋ねた。


「わからない」


 神崎は即答した。


「へ?」


「本当にここが何処かわからないんだ。僕が死んで目覚めた場所はここではなく別の場所だった。死後の世界には違いないが、さっきも言ったように僕らはまだ成仏出来てません。同じように成仏出来ずに現世に彷徨っている先輩の霊曰く、ここはあの世とこの世の狭間のような場所だそうです」


「そういえば、神崎さんはどうして私のいるこの場所が分かったんですか?」


「あぁ、僕は殺されてからずっとりおちゃんのことを探していた。僕らを殺した犯人を一緒に探し出すために。そしてある時、僕の脳裏にりおちゃんの声が聞こえてきたんだ。そして気が付いたときには、僕はこの場所に召されていたんだ」


「私の声?」


 神崎は黙って頷いた。りおは「ふぅん」と言いながら、壁に埋め込まれた本棚の大量の書籍の中から一冊の雑誌に手を伸ばそうとした。


「駄目です!」


 神崎の声に、りおは体をビクッと硬直させ立ち止まった。


「勝手にその辺の物に触っては駄目です」


「え、なんでですか?」


 驚いた様子でりおが尋ねた。


「勝手に触って、僕らがまた違う場所へ弾き飛ばされてしまう可能性があるから。こうしてやっとりおちゃんに会えたんだ。今この辺の物に手を触れない方がいい」


 りおは口を尖らせながらも素直に神崎の言うことに従った。


「じゃあさっそく僕らが初めて出会った頃について振り返るところから始めようか? その時のこと、覚えてる?」


「え? あーもちろん。最初は…えーと…」


 りおの分かりやすく戸惑った反応に、神崎は小さくため息を付いた。


「全然覚えてないじゃない…」


「違う、違う。覚えてないんじゃなくって、ど忘れですよ。ど忘れ。えーと、確か何回目かの事務所のレッスンで会ったかなぁと思って」


 慌てた様子でりおは神崎のそばまで近づき、その場を取り繕った。


「初めて会ったのがレッスン場なのは正解。じゃあ何回目のレッスンだったでしょう?」


「え? …あ、二回目よ。そうそうそう二回目。うちの事務所の養成所に入って二回目の演技レッスン中に会ったんだよねー」


「じゃあその時の僕の印象はどうだった?」


 さらに畳み掛けるように神崎は質問を浴びせる。


「えーっと、この人が事務所のマネージャーさんなのかー! って。あとは、神崎さんって、すっごく爽やかな人だなぁて…」


「りおちゃん?」


 やや間があって神崎は尋ねた。


「―はい」


「本当は覚えてないよね?」


「ち…違いますよー」


「ちょっとショックです…」


 いじけた様子で神崎は呟く。


「そうじゃなくってー、事務所のマネージャーさんが突然見学に来るんだもん。そりゃ緊張してそれどころじゃないですよー」


 必死でその場を取り繕うりお。そんな彼女の慌てた様子を見て、神崎はクスっと緩んだ表情で笑って答えた。


「冗談だよ。へー、りおちゃんでも緊張するんだ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、りおのことをおちょくる神崎。彼とは出会って四年ぐらいの付き合いになるが、たまにこうした一面を覗かせる時がある。


「私だって人並みに緊張ぐらいしますよぉ」


『りおちゃんでも緊張するんだ』昔ならともかく、少しは女優として認知されるようになったのに、世間の私に対するイメージがそうなのか、うんざりするぐらい尋ねられる質問だ。私だって人間だ。人並みに緊張はする。周りにいる共演者やスタッフからも、『監督の要求に応える完璧な女優』だとか、『台詞覚えが速くて、まるでサイボーグみたいだ』と言われ続け、少しだけ寂しい気持ちになるときがある。本当は物覚えなんてちっとも良くない。ちょっとでも時間が出来ると、台本にかじり付き必死で覚えているのだ。彼は、そんな私の弱い部分や未熟な部分も知っているくせに、わざと冗談っぽくそんなことを言ってくることがあった。


「なんかいつも堂々としてるというか…凛としてるというか…りおちゃんってはっきり言って男前だよね」


「それ前に社長にも言われたことがある」


 口を尖らせてりおは呟いた。

 いつのことだったか忘れてしまったが、自分の記憶の中に、『りおは男前だなぁ』と社長に言われたことを思い出した。


「そういえば、りおちゃん。今まで聞いたことなかったけど、ここの事務所のオーディションを受けた動機ってなんだったの?」


 さっき自分が死んだと聞かされりおはまだその動揺が残っていたが、神崎の方はというと、すっかりソファーにもたれ掛かって完全にリラックス状態だ。


「アルバイト先の友に誘われて、『一緒にオーディション受けるから参加しない?』って言われたの」


 そう言いながら、りおはベッドのそばにあるもう一方のシングルソファーに腰を下ろした。


「よく聞く志望動機だね。友達に誘われて自分だけが合格しちゃうってパターンのやつでしょ?」


「ちょっとぉ…さっきから神崎さん、ちょいちょい毒づいてきますねー」


 ムスッとした表情でりおは答えた。

 神崎は咳払いをした後、「そいつは失敬」と答え、その後「で、そのオーディションでりおちゃんだけ特待生として合格をしたということだよね?」と、さりげなく話題を元に戻した。


「ただ運がよかっただけですよ。きっと」


「でも、もしそこでウチに合格してなければどうしてたの?」


 そういえばそんなこと考えたこともなかった。なんだか分からないうちに友人に勧められ一緒にオーディションを受け、その後運良く自分だけが合格をして、気が付けば養成所に入所していたのだ。絶対に合格するという自信があったわけでもないし、かといってもし不合格だったらどうしよう。とかも考えてなかった。というか、そもそも当時のことなんてすっかり忘れてしまった。というのが、現在のりおの素直な感想だった。


「えーわかんないです。あ、でもお芝居の世界は昔から興味があったから、たぶん何かしらの方法でこの世界に飛び込んでたと思う、たぶん…」


「それってウチの事務所に?」


「ううん」


 りおは首を横に振る。


「だって特待生じゃなかったら、ウチの養成所のレッスン費用って結構高いでしょ? しかもその後、事務所に所属出来るって保証もないし。だからきっと他の事務所のオーディションを受けてたと思う」


「ふーん」


 神崎がそう言うと、会話が途絶えてしまいしばし重い沈黙が落ちた。

 音のない空間。せめて音楽でも流れていればいいんだけど。そういえば、死んだら自分でiPodに入っている音楽って再生出来るのかなぁ。そもそもボタンって押せるのかなぁ。そんなことを考えていたが、次第に沈黙に堪えられなくなったりおは、自分から話しを切り出した。


「なーんか私ばっかり答えてて不公平なんで、次は私が神崎さんに質問しますね。えーと、じゃあ神崎さん。私の印象はどうでした?」


「それって前に話したことなかったっけ?」


  神崎は質問を質問で返す。


「あれ? そうでしたっけ? 忘れちゃった」


 りおはそう言うと舌をペロっと出してごまかした。


「やれやれ。…りおちゃんの第一印象は、なんか改まっていうと恥ずかしいんですが…レッスンスタジオで一人だけ抜群に華があった。それが最初の印象でした。もちろん、その当時の演技なんてまだまだでしたけど、何て言うか存在感が一人だけズバ抜けていたなぁ。というのが僕の印象だね」


 りおは照れ隠しにポリポリと鼻を掻いた。


「あとは…」


「何ですか?」


 期待の眼差しで神崎を見つめた。


「あとは…僕のことをずっと睨んでた」


 笑みを浮かべながら神崎は答えた。


「僕がみんなの前で話しをしているときも、ずーっと睨んでるんだよ…今だから言えるけど、はっきり言ってあれは怖かった」


「あーひどい。睨んでたんじゃなくって、私の目が悪いだけですよー」


 頬を膨らませてるりおを見ながら神崎は回想した―。



 ※



 二〇〇四年四月。目黒区にある芸能事務所、アルファビジョン内のレッスンスタジオ。


 これから事務所の演技レッスンが始まるところだ。講師の影山祐子は、スタジオのフロアに座って談笑している25名のレッスン生たちの前に立った。スタジオの隅には、マネージャーの神崎がパイプ椅子に座りその様子を見ている。


「みなさーん、おはようございまーす!」


 影山が大きな声で皆に挨拶をする。


「おはようございまーす!」


 男性十五名、女性十五名。上の年齢は三十八歳、下の年齢は十二歳のレッスン生たちが挨拶を元気良く返す。その中には、まだ十五歳の佐々木りおの姿があった。


「今日はウチのマネージャーの神崎さんがぜひ皆さんの演技する姿が見たいということで見学に来て下さってます」


 生徒たちが一斉に神崎の方を見る。その中にはもちろんマネージャーと知らなかった生徒たちもいて、急にソワソワし始めたり、さっきまであぐらをかいてた生徒が急に姿勢を正して座るようになった。


「それじゃあ神崎さん、一言お願いします」


 影山は神崎に視線を送り頷く。それを受けた神崎はゆっくりと椅子から立ち上がり、少し緊張した面持ちで影山の隣に向かう。


「えー、皆さんおはようございます」


「おはようございます!」


 再びレッスン生たちの元気な声がスタジオ内にこだまする。


「ここのアルファビジョンのマネージャーをしてます、神崎です。えーこれから出来るだけ皆さんのレッスンを見学させて頂きます。ここにいらっしゃる影山さんは演技指導に定評のある素晴らしい方です。皆さんはその影山さんを信じてどんどん成長していって欲しいと思います。今日一日どうぞよろしくお願いします」


 レッスン生たちが一斉に拍手で答える。


 ―それから三時間が経過したその日のレッスン終了後。神崎の周りをレッスン生たちがとり囲んでいた。


「仕事の現場の雰囲気ってどうなんですか?」


「今日の私の演技で気付いたことがあったら教えてください」


「どうやったら演技って上手くなるんですかー?」


 皆、各々の質問を神崎にぶつける。神崎は生徒一人一人の質問に丁寧に受け答えをするが、どうしてもその視線は帰り支度をしている、佐々木りおという特待生を追ってしまっていた。

 自分の質問を終えた生徒たちは次々と帰り支度を始めていった。周りに生徒たちがいなくなったのを見計らうと、神崎はりおに話しかけるため彼女のそばへと近づいた。が、タイミングが悪く影山にその導線を遮られる。影山は「今日のレッスン、どうでした?」と神崎に尋ねた。

 神崎はりおを横目で追いながら、影山に今日のレッスンの感想や、今後の見学スケジュールの擦り合わせをしていた。だが、どうしても口調が自然と早口になってしまう。その時だ。帰り支度が終えたりおが自ら神崎の方へと近づいて来たのだ。


「あの、神崎さん。今日はありがとうございました」


 りおは深々と神崎に頭を下げた。もう四月の初旬だったが、りおは冬の名残が残るベージュのダッフルコートに大きなチェックのマフラーを巻いていた。レッスン中のジャージ姿とはまた違ったりおの姿に、神崎は不覚にもドキドキしてしまった。


「あぁ、君が今年のオーディションに合格した特待生の佐々木りおさんですね?」


 見学に来る前からそんなことは分かってはいたが、神崎はわざと今気が付いたかのような反応をみせた。


「あっ駄目です! 私が特待生ってこと、みんなには知られちゃ駄目なんですよー」


 りおは神崎の耳元まで近づき小声でそう答えた。りおの髪の香りがそっと神崎の鼻を打つ。思わず神崎はその場を仰け反ってしまった。


「あ、ごめんごめん。佐々木さんは凄く活発に自分から演技を見せているので凄く好感が持てました。社長にはちゃんと今日のレッスン内容は報告しておきますね」


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


 りおの意外な反応に、神崎は目をキョトンとさせた。


「別にアピールするためにやってるんじゃなくって、私自身のためにやってるんです。この中で絶対に一番にならなきゃ、この後何処へ言っても潰されちゃうから…」


 若く真っすぐなりおの言葉にむず痒い思いがしたが、神崎は自分でも彼女に惹かれていっているのが分かった。


「分かりました。また時間があったら見学に来ます。頑張ってくださいね」


「ありがとうございます。お疲れ様でした!」


 りおはもう一度、神崎に深々と頭を下げると、隣にいた影山にも一礼し、レッスン生の女の子たちと仲良く帰っていった。帰り支度を終えた他のレッスン生達に再び囲まれたが、神崎の目はもう居ないりおの後ろ姿に注がれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ