「このっ! このっ!」
戦闘シーン難しいですねぇ
「このっ! このっ!」
イアンは必死に剣を振った。
敵はブラウンウルフだ。イアンも孤児院にあった魔物図鑑で知っている。魔物の中では弱い方だが、狼の習性か群れる。数が増えると難易度が上がる。イアンは今1人で3匹を相手にしていた。
戦闘が始まったのは夜番を交替してほとんどすぐだった。
最初は4人で5匹だった。クロードが2匹を相手取り、彼らは1匹ずつ相対した。それは何とか撃退した。
しかし、倒したと安堵したのもつかの間、次の群れが襲いかかってくる。それを片付けたと思ったらまた次が来る。それが繰り返され、彼らは次第に心の余裕をなくしていった。厳密に言えば、戦闘し続けているわけではない。ちゃんと休憩時間もあった。だが、クロード以外の3人にとっては、初めての本格的戦闘であり、戦闘の高揚感を沈めることができず、ずっと戦っているような気分だった。
ヤバい!
考えるより先に身体が動く。が、正面の爪を回避した瞬間、本能が警鐘を鳴らす。右側から飛びかかってくるブラウンウルフを避けられない。
ダメだ!
イアンが諦めたそのとき、夜空に光球が煌めいた。思わずまばゆさに目を閉じると、パシュッという軽い音が3回聞こえ、その後静かになった。
恐る恐る目を開けたイアンの目の前には、眉間に3センチほどの穴を開けたブラウンウルフが3匹倒れていた。
カサッという微かな音に振り返ると、同行のFランク冒険者が近づいてきていた。その右手にはイアンが見たこともない何かが握られている。
「ユーリさん・・・」
彼女は昼間のぼんやりした顔ではなく険しい顔で周囲を見回した。何匹ものブラウンウルフの死体が転がっている。
「ここまでの襲撃は予想外だったなー」
ため息まじりに呟き、ユーリはイアンを見た。
「他の子たちは?」
「わかりません。魔物を見つけたアレクが突然走り出して、クロードとキャシーが追いかけて」
「君はどうして追いかけなかったの?」
「え・・・。だって、みんなが行ってしまったから、誰かが小屋を守らないとって思って・・・」
「そう。いい判断だわ」
ユーリに誉められて、イアンは照れた。
「あ、ありがとうございます・・・」
「でも、君1人で対処が難しいと思ったときは、みんなを起こした方がいいわ。たとえFランクの役立たずでもね」
にっこり微笑むユーリのセリフに、イアンはギョッとした。
「聞いてたんですか?」
それは馬車の中で3人で話していたこと。ロルが渋い顔をしていたが、彼らを咎めることはなかった。
「あ、やっぱり思ってたかー」
「え?」
「誰でも想像するでしょ。BランクがFランクを雇ったら、Fランクがそれを利用してBランクに守ってもらおうと思ってるって」
「・・・」
そのものズバリの指摘にイアンは言葉が出ない。
「いいのよ。あわよくばって思ったのは嘘じゃないし。だけど、昨今の魔物事情からして魔除けなしで無傷でってのは無理だったわねー」
「昨今の魔物事情?」
「聞いてないの? 魔物が凶暴化してるうえに、以前は現れなかった街道にも出現するって」
「知りませんでした・・・」
「クロードなら聞けば教えてくれたと思うけど」
「聞かなかったから・・・」
「そう。まぁ今知ったんだから、いいじゃない。それより、ケガはないの? 今さらだけど」
あからさまに落ち込んだイアンを見て、ユーリは慌てて話題を変えた。
「本当に今さらですね。かすり傷なら山ほどありますが、大きいのはありません」
「なら、良かったわ。まだ戦える?」
ユーリの言葉にイアンは頷いた。また魔物の気配を感じる。
「あたしが前衛に出てもいいけど、連携は難しいだろうから支援に徹するわ。まずは『肉体強化』」
『肉体強化』はステータスを底上げする魔法である。上昇値は術者の力量に依存する。ユーリは3倍まで上昇させることができるが、今回は対象が慣れていないことを見越して1.3倍程度に抑えた。
イアンは自分の身体の動きが良くなったような気がした。剣も軽く感じる。
「スゴい…! 魔法ですか?」
「そうよ。防御も任せて。君は思いきり攻撃を」
「はい!」
返事と同時に飛びかかってくるブラウンウルフは3匹だ。だが、『肉体強化』の魔法のせいか、先ほどより敵の動きが良く見える。頭上に輝く3つの光球のおかげでもあるだろう。
右側の1匹を切り捨てた隙に左から飛びかかってきたそれは、見えない壁に体当たりしたかのように、イアンに触れる手前で弾かれた。
イアンが正面の狼に剣を振り下ろしたとき、パシュッっという音がして、左側でドサッと何かが落ちる音がした。
チラッと目線を遣れば、やはり眉間に穴を開けたブラウンウルフが倒れている。
正面の狼にトドメを刺して、あっさりと戦闘は終了した。
イアンは拍子抜けした。先ほどまでの辛い戦闘は何だったのかと。
ユーリは死体の山に魔法で火をつけていく。
血の匂いに寄ってくる魔物がいるから燃やしているのだ。
パチパチと爆ぜる音。狼肉の匂い。
火を嫌うのか、新たな魔物は出てこない。
イアンは脱力して座り込んだ。
それを見てもユーリは何も言わなかった。
光球と大きな焚火で煌々と照らされている小屋は遠くからでも目印になる。
しばらくして、足音と話し声が聞こえてきた。
「しっかりしろ! もう少しで小屋だからな!」
「キャシー・・・! ごめん! ごめんな・・・」
クロードとアレクの声。不安な内容にイアンは立ち上がったが、動けない。
やがて姿が見えるようになると、クロードが真っ赤に染まった何かを抱えているのがわかる。
「ユーリ! ポイズンウルフだ!」
フェイの声だけが聞こえてきた。本人は殿にいるらしい。姿は見えない。
ポイズンウルフは名前の通り毒を持っている。普段はブラウンウルフやグレイウルフなどに擬態していて見分けはつかない。紛れて襲いかかってきて、噛みつかれたときは手遅れという嫌な魔物だ。
ユーリは小屋へ行き、毛布を2枚と自身のかばんを取ってきて毛布1枚を火の側へ敷く。
「その子をここへ」
「あ、ああ」
「フェイは索敵頼んだ」
「任せて」
フェイは声だけで応じた。
「毒に侵されたのはこの子? 他の怪我人は?」
「ああ、その子だ。俺たちはかすり傷だ」
「そう」
毛布に寝かされたキャシーの側にユーリが座り込むと光球のうちの1つが手元を照らすように降りてくる。
明るく照らされた光景にイアンは息をのんだ。アレクは泣きそうな顔で見ている。
キャシーは首から腹部までが真っ赤に染まり、左上腕部は服が破れて露出しており噛みつかれた痕があらわになっていた。
「祝福持ちは・・・いたら孤児院にはいないか・・・」
「ああ」
クロードの鎮痛な表情。
孤児院で祝福持ちが見つかった場合、すぐに神殿に移されるのである。
「じゃあ、次善で」
ユーリはキャシーの服を脱がし、がばんから出した布と水を使って血を落としていく。
傷口を明らかにして止血するのは応急処置の基本なので、誰もが黙って見守っている。
ユーリの手際はFランク冒険者とは思えないほど手慣れていた。2年も勇者をしていたのだから当然だが、知らないクロードは目をみはった。
「出血の割に傷は大きくないねー。返り血かなー。ポイズンウルフの毒ならセナンまで持ちそうだけど、辛いだろうから毒抜きしとくわねー。ちょっと話しかけないでねー」
「毒抜き?」
驚いたクロードは問い返した。
解毒は祝福持ちの浄化魔法か解毒薬でなければ治らない、というのが一般常識だ。そして、解毒薬は毒によって薬が違うので旅の持ち歩きには適していない。いや、何よりも毒持ちモンスターが街道沿いに現れることなどなかったのだ。ゆえに、彼らも持っていなかった。
彼女はクロードの問いには答えなかった。答える気がないというよりは集中していて聞こえていない、というのが正しい。
口調とは裏腹に真剣な眼差し。キャシーにかざすように、その両手を広げた。十数秒後、紫色の塊がキャシーの傷口から出てきた。彼女はそれを火の中へ投げ入れると、フッと肩の力を抜いた。
「おしまい。これで大丈夫かなー。癒しは使えないから、セナンに着いたら神殿で見てもらわないとねー」
「え・・・」
「さて。フェイ、そっちはどう?」
戸惑うクロードには見向きもせずに、ユーリはフェイに声をかけた。
「駄目だね。さすがにこれだけの血の匂いは僕の魔除けでも誤魔化せないみたい。今は火のせいで近寄ってこないけど、いるね」
「火が消えたら?」
「うん。朝まで続くかも」
「そっか。まぁ魔力をケチろうとしたあたしたちが悪いんだし、責任取るかなー」
「ユーリ?」
「フェイは休んで。あたしが夜番する。明日昼間に寝るから、昼の魔除けは任せる」
「・・・まぁそれが一番だって頭ではわかるんだけど、女の子に徹夜させて自分はのうのうと寝るって抵抗あるね」
フェイは苦笑した。男なら誰でも思うことだろう。
「諦めて」
「・・・仕方ないな。言い出したら聞かないんだから」
サクッと足音をさせつつ、フェイが戻ってくる。
「にしても、フェイがついてたのにコレって珍しいわねー」
ユーリはコレと言いながら毛布の上の少女を指差す。
「いやいや、僕シールド張ったんだよ、少年の前に。見えるようにして。ね?」
「う、うん。だけど、キャシーが俺を庇うように割り込んできて・・・」
フェイに同意を求められたアレクは頷いたあと、力なく項垂れた。
「ありゃ。じゃあ、不可抗力かー。仕方ないねー」
「不可抗力、なの?」
アレクはユーリの言葉にハッと顔を上げた。彼女の表情にも声にも責める響きはない。
「違うの? みんなそのときにできる精一杯をやったわけでしょ? この子だって君を守ろうとしたわけだし。そういう状況の怪我は仕方ないかなー」
仕方ないと言えるのもキャシーが生きているからなのだが、ユーリはそこまで言わなかった。仕方がないと思えない冒険者がいるだろうことも口にしなかった。
彼らの師はクロードで彼女がしゃしゃり出る理由がない。第一今の彼らをこれ以上追い詰めるほど、彼女も鬼ではない。無論、彼らが子どもではなく、一人前の冒険者ならば話は別だが。
ユーリは、疑問を訊いていいものかと葛藤しているクロードを振り返った。
「聞いてのとおり、夜番はあたしするけど、クロードたちはどうする?」
クロードは大きく息を吐いた。
「俺は付き合おう。子どもたちは寝させてやってくれ」
「え・・・」
「ちょっ・・・!」
「いいから寝なさい。眠れなくても寝るんだ。旅は今日で終わりじゃない。体力を温存しておくのも冒険者の務めだぞ」
渋々頷く子どもたち。
「フェイ、この女の子、運んであげてー」
「うん。じゃあ、気をつけて」
「おやすみー」
「おやすみ」
フェイが少女を抱え上げて小屋へ入る。その後ろに、アレクとイアンが続いた。
ありがとうございました。




