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「久しぶり」

「久しぶり」


 美形のエルフ魔法使いは、にこにこと笑いながらユーリを見ている。


 エルフという種族は元来美形が多い。線が細く、スラリとした体型で、肌の色は抜けるように白いというのが種族全体の共通点で、最大の特徴は尖った耳と魔法適性が高いこと。


 もっともフェイの場合は、一般的なエルフと違って、美しいというよりかわいいタイプである。

 ふわふわとした銀髪とくりっとした碧眼に、5年前のユーリは癒されたものだ。金髪ならもっとふわふわでお菓子みたいなのにー、と事あるごとに言って困らせたのも懐かしい思い出だ。

 そして目の前の彼は、その頃と全く変わっていなかった。彼にとっては100年が経過しているはずなのに、その外見はユーリの記憶と寸分の違いもない。魔力の多いエルフほど老化が緩やかだというのは聞いていたが、さすがの英雄様である。


 ユーリは苦笑した。


「あたし、今見た通り、トラブル中なんだけど? 偉大なる魔法使い様を巻き込みたくなくて逃げたのに、追いかけてこられたら意味ないじゃないの」

「せっかく再会したのに、そんなこと言うんだ? 僕とユーリがいて解決できないトラブルなんてないよ」


 自信満々に言い切るフェイに、ユーリはため息をついた。


「はぁ、やっぱりかー」


 フェイは見かけに似合わず、頑固である。彼がそう言うのであれば、もう巻き込むしかない。まぁそういう返事だろうと思いつつ、言ってみたのだが。

 ユーリは腹をくくった。


「じゃあ、こっち」

 いつまでも往来で話していては目立って仕方がない。相手が希少なエルフで、しかも英雄様なので、すでに手遅れだと思わなくもないが、このままここで立ち話を続けるよりは良い。


 どうせ巻き込むのならば、とユーリは彼女が泊まっている宿屋に案内した。


「ただいまー」

 入口のカウンターにいたロルは、フェイを見て盛大に驚いた。おかえり、も言えないほどに。


 ユーリはそのまま説明もせずに通り過ぎた。フェイは彼女についてきた。

 2階の借りている部屋に入った彼女は、フェイに椅子を勧め、自分はベッドに腰掛け、そして音声遮断の結界を張った。


「で、どうしてユーリがここにいるの? あっちの世界に戻ったんじゃなかった?」

 かつての仲間は、開口一番、当然の質問をした。

 ユーリが彼の立場でも知りたいだろう。


「戻ったよー。でも、気がついたらスヴェリにいたの。戻り方がわからないから、とりあえずフェイのとこでも行こうと思って情報集めたら、武道大会関連でサニエにいるっていうから」

「じゃあ、僕に会いに来てくれたんだ?」

 フェイは頬を赤らめ、嬉しそうに微笑む。

 しかし、ユーリはどこまでもユーリだった。


「だって100年も経ったら、他に知り合いいないんだもん。さすがに魔族に会いに行きますってのは、もう少し情勢を把握してからじゃないと拙いかなーと思って」

 魔族よりマシという程度の判断でサニエに来たと正直に告げるユーリに、フェイはがっかりした表情を隠さない。

「なーんだ、僕のために世界を跳んできたのかと思ったのに」

「残念でしたー」


 お互いのセリフが本音だと、お互いに知っている。そして、それを冗談に聞こえるようにしてみせる。

 100年前と変わらない遣り取り。過ぎた年月を感じさせない、懐かしい空気。

 その空気を破ったのはフェイだった。


「でも、ユーリの判断は正しいよ。今、魔族に会うのは拙い」

「やっぱり? 異常事態っぽいもんねー。100年前以上の」

 急に真面目な顔になったフェイを見て、ユーリは肩をすくめた。


「ああ。原因ははっきりしていないんだけど、魔物の数が尋常じゃないうえに、凶暴化してる。復活した魔王が強力すぎるんじゃないかとも言われてる」

「それでフェイが引っ張り出されたんだ?」

「そうなんだよ」


 彼は疲れたようにため息をついた。そういうところは年寄りっぽい。

 ユーリは、そういえばと首をかしげた。


「確か優勝者とフェイで、どっちが強いか戦うって聞いたんだけど、何でここにいるの?」

「戦うとは言ってない。優勝者が認められないほど弱いなら僕が参加するって言っただけなのに、それが捻じ曲がって伝わってさ。王様たちにはちゃんと伝わってるから、優勝者は十分強いから僕は不要って言って出てきたんだ」

「なるほどー。それでも引き止められたんじゃないのー?」


 本当にこんなところにいてよいのかと疑わしそうな眼差しを向けてみる。

 フェイは肩をすくめた。


「まあね。だけど、僕にとってはユーリのほうが気になったから、僕より彼らのほうが伸び代がありますって言って出てきた」

「そりゃ、伸び代はあるでしょうよー。若い分だけ、これから伸びるんだもん」

「だから嘘をついたわけじゃない」


 無論、屁理屈である。


「で、結局、勇者の仲間はどういうメンバーなの?」

「何? 興味あるの?」

「うん、まぁ」


 興味は非常にある。が、それをフェイに言うかどうかは悩むところだ。


「前衛3人後衛3人のバランスのいいパーティになりそうだよ」

「ほうほう」

「前衛が、勇者と優勝者の大剣使いと準優勝者の騎士団長。騎士団長は団長職は他に譲って旅立つらしい。後衛は決まってる神官と優勝者のローブ男と準優勝のエリン」

「ふーん。フェイの弟子ってエリンって言うんだ?」

「うん。でも、どうして僕の弟子って知ってるの?」

「あたしは賭け札売り場で聞いたけど、結構噂になってるみたい」

「そうなのか」

「うんうん。フェイが弟子を取るなんて想像もしてなかったから、いきなり聞かされてびっくりしたよー」

「あはは。僕も予定はなかったんだけど、暇だったからね」

「まぁそうよねー。フェイ、1000年ぐらいは生きそうだもんねー」

「かもしれない」


 フェイは苦笑した。彼にとっては深刻な問題である。それをユーリがわかっていないとは思わない。ただ、それについて悩んでも意味がないとお互いにわかっているのだ。


「話を戻すけど、勇者パーティって優勝者2人と神官と勇者の4人じゃなかったの?」

「大会前まではその予定だったんだけど、優勝者が強いだけの馬鹿だったら困るから人数増やそうって話になったらしいよ」

「なるほどー。6人もいれば最低でも1人ぐらいまともなのがいるだろうと?」

「そういうこと」


 結果から見れば増やさなくても良かったかもしれない。少なくともリドウェル・アルレインは馬鹿ではないだろう、とユーリは思っている。もちろん、人数が増えるのは悪いことではない。増えすぎるのは邪魔だと思うが。


「それで、今後はどうなるの?」

「・・・勇者にこだわるね?」


 ユーリを真面目な表情で見つめるフェイ。

 彼女は反射的にその視線を避けて俯いた。

 やはり彼はごまかせない。以前もユーリが悩んでいると気づいて声をかけてくれたのは彼だった。どこかのヘンタイ王子とは違う。


「・・・・・・」

「話せないこと?」


 現状でユーリのことを理解できるのはフェイのみである。そのフェイに話せないというならば、他の誰にも話せない。では、誰にも話さずに、誰にも頼らずに、全てを抱えていくのか。誰の協力もなしに、己一人でどうにかなるのか。

 僅かな沈黙のあと、ユーリは顔を上げた。


「話すよ」

「うん。聞かせて」

「たぶんね、たぶんだけど、あたしがこの世界に戻ってきたの、勇者絡みだと思う」


 ユーリは彼女にしては珍しく真剣な顔で言った。

 もちろん、フェイは驚く。


「え、どうして?」

「たぶん、だけど、勇者の召喚に巻き込まれたか、敵が強いからオマケ的に喚ばれたか、かなー」


 彼女は困ったように首をかしげた。

 フェイが苛立たしそうに言葉を紡ぐ。


「だから、どうしてそう思うの?」


 やはりこれを言わないと進まない。

 ユーリは大きく息を吸った。




「あの子、あの勇者ケントはね、あたしの弟なの」




「えっ!?」

 フェイは目を丸くした。ユーリは苦笑した。


「ホントに?」

「うん。ホントに。凄く作為的なものを感じるでしょ?」

「・・・確かに。じゃあ、本当にそうなら魔王討伐が終わるまで帰れないかもなぁ」

「それか、討伐の目処がつくまで、かなー」


 2人は揃ってため息をついた。


「もういっそずっとこっちにいたらいいのに」

「ヤダヤダ。あたしはおうちに帰るんだい」

「こんなに愛してる僕を置いて?」

「もちろん、置いて」

「はぁ。相変わらず冷たい・・・」

「うふふ」


 コントのような掛け合い。本音と冗談を織り交ぜて。こんな会話ができるのは、この世界ではフェイだけである。


「で、どうするの?討伐メンバーに参加したいなら、僕が口を利いてあげられると思うけど?」


 彼の立ち直りは早かった。


「ううん。最初、ケントを見たときはね、物凄く驚いて、それから大会に参加すれば良かったって思ったんだけど、今はあたしはメンバーにいないほうがいいと思ってる」


 ユーリは闘技場からここへ戻ってくるまでに考えていたことを口にした。


「どうして? 弟さんとは仲が悪いとか?」

「ううん。普通だと思う。特別仲がいいわけじゃないけど、会えばそれなりに話はするくらい。5歳も離れてるとケンカはほとんどしないかなー」


 現在大学生で一人暮らしのため、別居中なのだが、そのことは言うと余計ややこしくなりそうだったので、言わないことにする。


「だったら、心配じゃない?」

「うん。本音を言えば、凄く心配。ここは危険いっぱいの異世界だし。でも、一緒にいたら過保護になっちゃうと思うんだ」

「そういえば、ユーリの世界は平和なんだっけ?」

「うーん、世界は平和じゃないよ。あたしの住んでる国が平和なだけ。もちろん裏ではいろいろあるんだろうけど、表面的には平和かなー。武器を持って歩いてる人って、ほとんどいない」

「そっか。それじゃ慣れるまで大変だ。ユーリは慣れるの早かったから、あんまり考えなかったよ」

「あたしはいろいろ特殊なのよー」


 彼女が初めて人を殺したのは12歳のときである。もちろん、日本ではない。地球でもない。


「特殊?」

「適応能力が高いというか、そんなとこ」


 さすがに異世界慣れしているとは言えない。


「ケントは違うの?」

「違う。あの子は普通。フェイはケントに会ったんでしょ? どう思った?」

「・・・確かに普通かも。僕が会ったのは彼が召喚されてから2週間以上経ってからだったと思うけど、かなり戸惑ってるみたいだった」

「やっぱり」

「それでも、今はもう2ヶ月近く経ってるし、騎士団長とか魔術師長とかに教えてもらったりしてるから、随分慣れたんじゃないかな」

「そっかー。まぁ何とか頑張ってるなら、このまま別行動するよ」

「それでいいの?」

「あたしが護ってあげるのはできないことはないと思うけど、それじゃ戦えない勇者になっちゃう。それはケントのためにも良くないと思うんだ」

「なるほど」

「まぁゼンが面倒見が良さそうだから何とかなるでしょ」


 自分に言い聞かせるように呟くユーリ。

 そのセリフを聞いて、フェイの眉間にしわが寄る。


「・・・ゼンって?」

「ん? 『大剣使い』さんだよ」

「知り合い?」

「スヴェリで会った人で、偶然同じ馬車でサニエに来たの。この宿に泊まってるけど、優勝しちゃったら王宮に移動よねー」

「ふむ」

「ちなみに優勝した魔法使いさんも一緒の馬車だったんだよー」

「え・・・」

「作為的でしょー?」


 にっこりと微笑むユーリに、彼女の怒りを感じ取ったのか、フェイは椅子に座ったまま僅かに仰け反った。


「とりあえず今後はザナディのとこに向かいながら情報収集かなー」


 ザナディとは魔族の友人である。


「じゃあ、僕は王宮に荷物を取りに行って、こっちに移るよ」

「了解。・・・あ、こっちの問題があったわー」

「こっちの問題? ああ、さっきのトラブル?」

「そう。それも説明する。でも、その前に」




 ユーリはフェイに対して先ほどとは違うあたたかい笑みを向けた。


「ありがとう。フェイがいてくれてよかった」





ありがとうございました。

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