「誰に賭ける?」
「誰に賭ける?」
武道大会予選が終わり、闘技場入口では予選を突破したメンバーに対する賭けが行われていた。
といっても、王国公認というか、宮廷主導のもので、勇者のわがままで行った大会の運営費用等を回収しようという意図が見え見えである。
「一番人気は誰ですか?」
「前衛一番人気は騎士団長だね。後衛はフェイ様の弟子。かわいいし、ダントツだよ」
「フェイ・・・様の、弟子・・・。女の子なんですか?」
衝撃的な言葉に、さすがのユーリも動揺した。
落ち着いて考えれば、あれから100年も経っていて、しかも勇者の同行者だったフェイである。弟子の一人や二人、三人や四人いてもおかしくない。おかしくはないが予想外である。
「ああ。エルフの女の子でね。エルフだから年はわからないけど、かわいいんだ」
「かわいいは正義ですよね」
動揺は収まらず、思わず意味のない言葉を口走るユーリ。
だが、賭けの受付は平然と頷いた。
「だろ。で、誰にする?」
「えーと、じゃあ、ゼン・ディールとリドウェル・アルレインで」
前衛と後衛の賭け対象者を一人ずつ告げる。
「ほほう。お嬢ちゃん、後悔しないかい?」
一番人気とは違う名前を口にしたユーリに、受付の親父が確認する。
「はい」
「じゃあ、これが賭け札だ。なくさないようにな」
「はい」
ユーリは賭けの受付を離れた。
別に顔見知りだから、彼らに賭けたわけではない。賭事に情を絡めるのは禁物である、と年の割に人生経験が豊富な彼女は良く知っていた。
その彼女が賭けたということは、すなわち彼らが勝ちそうだと判断したのだ。
相変わらず『観察眼』は使っていないが、なんとなくわかるものである。
一番人気の騎士団長もエルフの女の子も弱くはない。しかし、騎士団長は咄嗟の機転でゼン・ディールに一歩及ばず、フェイの弟子は経験の差でリドウェル・アルレインには勝てない、とユーリは予想した。
特に後衛予選のリドウェルはまだまだ余裕があったように見えた。
前衛はそれなりの混戦になるだろうが、それでも一番勝率が高いのはゼンだろう。
果たして、勇者のお供になるだろう二人と、先立って知り合ったのは偶然か否か。
それを考えると、再びこの世界に跳ばされたのは偶然ではないのかもしれない。
今まで神と呼ばれる存在に会ったことがないユーリだが、存在を否定しているわけではない。
この世界には『神の祝福を受けし者』という称号があるくらいだから、神はいるのだろう。それが全知全能の神かどうかはともかく。
その存在が彼女を喚び出したとすれば、何らかの意図があるとみるべきで、つまり、それが達成されない限り、もとの世界には戻れない可能性が高い。
なんてこった、とユーリは内心で愕然とした。
とはいえ、今考えても解決する問題ではなく、頭の隅に追いやった。
大会はユーリの予想通りに進み、決勝はそれぞれゼン対騎士団長、リドウェル対フェイの弟子となった。
程なくリドウェルはあっさり勝ち、一方でゼンと騎士団長は長期戦になりつつあった。
一進一退の攻防に飽きたユーリは、勇者はどこかなー、と貴賓席を見る。王族と思われるきらびやかな面々の横に、明らかに場違いっぽい少年が座っていた。
懐かしい黒髪黒目の日本人のような。
「え・・・? 健斗? まさか・・・」
ユーリは呆然と呟いた。
『観察眼』を使う。
ケント 男 15歳
レベル:18
称号:『勇者』『観察眼の持ち主』
そんな馬鹿な。誰か嘘だと言って。
それでも叫んで取り乱さないのがユーリである。
視線を感じたのか、勇者の隣の男がこちらを向く。
男が目を見開いて驚いているのを、彼女は視界の隅で認識した。
「あ、バレた」
呟きは無意識にこぼれた。
逃げなくちゃと思うのに、勇者から視線がそらせない。
このままここにいたら、自分が巻き込まれている宿屋のトラブルに巻き込むことになる。
わかっているのに離れられない。
そのとき、歓声が上がった。
試合に決着がついたらしい。
張り詰めた空気が溶けていく。ホッと息をついた。
チラッと試合の結果に目をやると、立っているのはやはりゼンだった。
もう一度勇者に目を向ける。やはり見間違いではない。『観察眼』を使ったのだから間違いはないのだが、余程信じたくないらしい。
そうして、視線を横にずらせば、今度は間違いなくエルフの魔法使いと目が合った。
明らかに驚いている彼に、苦笑を返し、手を振ってから、出口に向かって歩き出した。
賭けの配当金を上の空で受け取り、宿屋へと歩く。
目的地が見える頃になって、四人の冒険者に行く手を塞がれた。ギルドで絡まれた彼らである。
「今日はAランクの兄ちゃんは一緒じゃないんだな」
リーダーらしき男がニヤニヤ笑いながら確認するように言う。
「彼なら大会で優勝したみたいよ」
優勝者の連れには手を出さないだろう、と思ったのだが、ユーリの目論見は外れたらしく。
「なら、ちょうどいい。一緒に来てもらおう」
喋らずに彼女を取り囲んでいる男たちもニヤニヤ笑いを崩さない。
どうやら威嚇しているつもりのようだ。全く威嚇になっていないが。
「なんで?」
「は?」
「なんで一緒に行かなくちゃならないの?」
「なんでってそりゃあ、・・・いいから一緒に来ればいいんだよ!」
ユーリの反応に戸惑った男は、説明できずに声を荒げた。
普段の彼女ならば、人気のないところまでとりあえずついていって、いざ事に及ぼうとしたときを狙って、立ち直れないほどボコボコに精神をへし折るくらいはするのだが、男たちにとっては幸いなことに、彼女の機嫌は悪かった。
ユーリはにっこり微笑んだ。この場にゼンがいれば慌てて逃げ出しただろう。
「つまりおにーさんたちは言えないようなことをするつもりなんだ?」
男たちは慌てて周囲を見回した。
ギルドの建物内ならば副ギルドマスターの権力で誰もが見て見ぬ振りをしたかもしれないが、ここは往来である。あちこちから興味津々の眼差しが注がれていた。
いつもならばこんな状況になる前に女は怯えて彼らについてきたのに、と心の声が聞こえそうな慌てぶりである。
「嫌がる女に大声を上げて脅して無理矢理ついてこさせて、それで犯したあとで誘ったのは女だとか言うの? サイテー」
ユーリの声は大きくはなかったが、良く響いた。
「犯したあとは脅すか殺すか? 街の外に放り出してしまえば魔物のせいにできるものね」
人間、図星を指されるとカッと頭に血が昇るものだ。
ユーリが口にしたのは、根拠のない虚言だったのだが、どうやら当たっていることがあったらしい。
男たちはもはや周囲の目を気にすることなく、ユーリの手を捻り上げて拘束した。
「黙ってりゃいい気になりやがって!」
「その強気、後悔させてやるぜ!」
「おとなしくついてくりゃあ、痛い目を見ずにすんだのによ!」
しかし、ユーリの表情に痛そうな様子はなく、無表情に男たちを見返した。ここで微笑んでいたらただの痛い子である。
「言いたいことはそれだけ? 普段偉そうなくせに反抗されたら暴力に訴える。典型的な小悪党ね」
今どき二時間サスペンスのドラマでも使われそうにないキャラクターだわ、と考えているあたり、まだまだ余裕である。
「この野郎!」
ユーリの減らず口に我慢できなくなった一人が剣を抜く。
「俺たちを怒らせたことを後悔させてやる!」
他の仲間たちもつられて武器を構えた。
腕を拘束されているユーリは、フウとあからさまにため息を吐いた。
「あーあ。こんなとこで目立つつもりなかったんだけどなー」
と言いつつも、もはや話し合いで終わらせるという選択肢はない。
ちょうどモヤモヤしていたところでもあるし、悪いが八つ当たりをさせてもらおう、と決めた。
ユーリは左右の男たちが剣を降り下ろすのを見て、彼女をを拘束している男を蹴飛ばす。その反動で距離を取った。蹴飛ばされた男はレザーブーツの先が鳩尾にクリーンヒットしたらしく、武器を手放して両手で腹を抱えている。ユーリのステータスを鑑みれば、ただの蹴りと侮るなかれ、肋骨の数本はポッキリいっているだろう。まずは一人。
驚いている男たちに考える暇を与えず、左に立つ男に接近する。慌てて剣を振り回す男に「なってないなぁ」と呟きながら、剣線を避けて懐に入り、拳を腹に突き入れた。その瞬間、男は後方に吹っ飛んだ。二人目。
パンチを入れたユーリの背後に回り込んだ男は剣を降り下ろしたが、彼女は一瞥もせずに右足を振り上げた。回し蹴りである。男はユーリから見て右側へ飛んでいった。これで三人。
「さて、あとおにーさんだけよ?」
残ったリーダーらしき男に声をかける。男は状況が認識できないのか、呆然としたままだ。
「そのへんにしたら?」
呆れを隠さない涼やかな声が割り込んだ。
ユーリは、あーあと困ったように一瞬天を見上げ、すでに戦意を失っている男に聞こえるように、振り向きもせずに割り込んだ者に答える。
「一人だけ見逃すって、他の人たちに悪いでしょー。仲間なんだから仲良くしてもらわなくちゃ」
ユーリの右足が前に伸びた。同時に男は地面に転がった。男には何が起きたか見えなかっただろう。遅れて激痛が走り、足の骨が折れていることを知る。
「終わり?」
「そうみたい」
ユーリはため息をついて、闖入者へと向き直った。
柔らかそうな銀色の髪はふわりと流れ、瞳は澄んだエメラルド色で、肌の色は抜けるほど白く、それでいて間違いなく男性で、そして種族最大の特徴たる尖った耳。
「久しぶりだね、フェイ」
ユーリにとっては5年ぶりの、相手にとっては100年ぶりの再会だった。
ありがとうございました。




