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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-15 秦

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01-15-02 秦二 穆公

 穆公ぼくこうのときにしんにやって来た「百里傒ひゃくりけい」は、もともと「」という国の幹部であった。虞がしんに滅ぼされたのち、晋からもたらされた穆公の夫人の付き人にさせられていた。途中で脱走、「えん」にまで逃れるも人に捕まった。

 かねてより百里傒の賢さを耳にしていた穆公、高級な羊の毛皮五枚で百里傒を買い取り、政治に参与させた。このため百里傒は五羖大夫とも呼ばれた。百里傒は友人の「蹇叔けんしゅく」を推挙、やはり重役に取り立てられる。


 この頃、隣国の晋は悪名高き獻公けんこう、すなわち文公ぶんこうの父の時代。文公が亡命したのと同じく、文公の兄「恵公けいこう」もまた亡命し、秦に匿われていた。獻公周りが政変で次々と死んでいったため惠公を晉に戻し、公位につけさせたのだが、その恵公が、あろうことか秦に攻め込んで来る。かんの地での合戦となり、穆公は晋の軍に包囲された。

 この窮地を救ったのが、三百人からなる野人たちである。彼らは過去に穆公が所持していた名馬を食したことがあった。このことに配下らは激怒し、彼らを殺そうとしたが、穆公は言う。

「良い馬を食ったら酒を飲まねば、今度は人を傷つけてしまうだろう」

 そして彼らに酒を与え、無罪放免とした。これに感激した野人たちが、穆公の窮地を聞きつけ、駆けつけたのである。彼らの活躍で、穆公は危地を脱することができた。


 やがて秦に、流浪を重ねていた晋の文公がやって来る。その文公が晋に帰還、公位につくと、覇者とまで讃えられるようになった。

 文公が死に、「襄公じょうこう」が立つ。このとき穆公は「孟明もうめい」を派遣、晋の近隣ともなるていを攻撃し、「かつ」を攻め落とす。しかしその帰りみちで晋よりの攻撃を受け、孟明らは捕らえられた。うちのシマの近くでなにいちびっとんねん、というわけである。穆公は襄公に謝罪、孟明らを引き取ったが、孟明の重用を変えることはなかった。むしろ後に晋を攻撃し、西の覇者として君臨することとなる。

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