01-13-05 戦国四君 春申君
楚には戦国四君の「春申君」黃歇がいて、彼もやはり多くの食客を抱えつつ、宰相として国事を取り仕切っていた。またこのとき楚に招き入れられた論説家のひとりが趙の人の荀卿、すなわち、「荀子」である。
平原君が春申君の元に食客を使者として送る。そのとき使者にはかんざしや剣のさやに豪華なあつらえものをさせて、その豪華さを誇ろうとした。しかし春申君の食客らは皆きらびやかな靴を履いており、それを見て平原君の食客は恥じ入ったという。
趙よりやって来た「李園」は、妹を春申君にめあわせ、妊娠を確認したところで考烈王に輿入れさせた。そして生まれた子が「幽王」である。李園は間もなく春申君を暗殺して証拠隠滅をなし、楚の国事を専断した。
幽王が死に、弟の「哀王」が立てられるもやはり殺された。哀王の庶兄「熊負芻」が立てられたが、秦に攻め込まれ、滅んだ。
蒙求
季倫錦障 春申珠履
贅沢者バトルのお話である。西晋華やかなりし時に貨殖に励んだ石崇、あざな季倫は外戚の王愷との贅沢バトルで、全長2km近くにも及ぶシルクのカーテンを作った。
一方の春申君は、食客のうち上位のものには宝石でできた靴を履かせていたという。
お前らさぁ……。




