01-12-01 韓七 聶政
韓の先祖は周の武王の子が韓に封じられたところから始まる。しかし途中で後継者が絶えた。その後晋に韓氏が仕え、「武子」、その三世代のちの「韓厥」、その五代のちの「康子」の名前が挙がる。
康子のときに趙・魏とともに知氏を滅ぼした。その二代のちが「景侯」韓虔。周の武烈王より侯に命ぜられている。
この頃臣下である「俠累」と「厳仲子」が仲違いをしていた。二人の諍いは殺し合いにまで発展、やがて嚴仲子は勇士の「聶政」の噂を聞きつけ、彼の母親の長寿の祝いに盛大な贈り物をし、親交を結んだ。そうして俠累を殺して貰いたい、と依頼。
はじめは母の健在を理由に首を縦に振らなかった聶政だったが、母が死ぬと早速俠累を殺害、そして自らは素性がばれぬよう、顔をえぐった上で自殺した。韓の人は犯人の正体を求めるべく聶政の死体を市中にさらす。誰もが死体の正体に気付けぬ中、ひとりの女性が進み出る。聶政の姉であった。
彼女に累が及ばないように、と正体がわからぬようにした上で死んだのだろうが、そのような賢い弟をおいてのうのうと生きてなぞおれぬと、聶政の死体の側で彼女も自殺して果てた。




