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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-12 韓

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01-12-01 韓七 聶政

 かんの先祖はしゅう武王ぶおうの子が韓に封じられたところから始まる。しかし途中で後継者が絶えた。その後(しん)に韓氏が仕え、「武子ぶし」、その三世代のちの「韓厥かんけつ」、その五代のちの「康子こうし」の名前が挙がる。

 康子のときにちょうとともに知氏ちしを滅ぼした。その二代のちが「景侯けいこう韓虔かんけん。周の武烈王ぶれつおうより侯に命ぜられている。


 この頃臣下である「俠累きょうるい」と「厳仲子げんちゅうし」が仲違いをしていた。二人の諍いは殺し合いにまで発展、やがて嚴仲子は勇士の「聶政じょうせい」の噂を聞きつけ、彼の母親の長寿の祝いに盛大な贈り物をし、親交を結んだ。そうして俠累を殺して貰いたい、と依頼。

 はじめは母の健在を理由に首を縦に振らなかった聶政だったが、母が死ぬと早速俠累を殺害、そして自らは素性がばれぬよう、顔をえぐった上で自殺した。韓の人は犯人の正体を求めるべく聶政の死体を市中にさらす。誰もが死体の正体に気付けぬ中、ひとりの女性が進み出る。聶政の姉であった。

 彼女に累が及ばないように、と正体がわからぬようにした上で死んだのだろうが、そのような賢い弟をおいてのうのうと生きてなぞおれぬと、聶政の死体の側で彼女も自殺して果てた。

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