飽きたので跋文
十八史略フォロー範囲でずっと七誌クロス分析をやっていこうと思いましたが、多分あとはずっと同じ分析の繰り返しにしかならなさそうなんでやめました。というわけで、お付き合いくださりありがとうございます。「日本の中国史受容の基礎形」という推測はほぼほぼ正解、と言っていいような気がします。特に三国志のあの形はあまりにも「我々がよく話に聞いた」三国志過ぎます。
さて、ツイッターでパブサすると十八史略と言ったときには大体が陳舜臣十八史略でした。これは十八史略がただでさえ小説的だったのを、完全に小説側に振ったんだな、という印象です。ただ今の感覚だとミサンドリーが強すぎるので再構築は必要なんだろうな、と思いました。なのであまりお薦めはできない。とりあえず中国史に接してみたい、という方には「悪いこたあいわねえ、気軽に中国史と接点を持ってみたいんなら山川に行こうや」という感じです。
ちなみにですね、某本の語り口は間違いなく、ダントツで面白いです。ただ問題は内容が見苦しいことこの上ないので、まともにテキストとして評価する気になれないこと。
とはいえ、今の時代ってもはや「まとまったテキスト」というのが、もう、ライト層には響かないんですよね。多分これは読みやすさ、追いやすさを特に重視した小説十八史略でもそうなんだろうと思います。ならば十八史略ですら、もはやぶ厚いテキストです。いや実際分厚いんですけど。ならばこの先の中国史受容としてどれだけ機能するのか。ひとまず、自分なりに中国史の面白さを喚いていくしかないのかな、って思いました。
ともあれこれで、中国の始原から南宋滅亡までには接しました。追った、把握した、という気はないです。唐宋の党派闘争、マジでバカじゃねえの以外の感想がなかったんですもん。とはいえこれは中国人がどう、ではなく、人間のサガ。自分も何らかの党派に紛れ込んだらやっちゃうのかもしれません。やらないのかもしれません。わかりません。
ここからは一旦詩経を一気に片付けて、そこから易六十四卦→礼記、書経→左伝と進んでいきます。どちらも一回あたりの更新タスクが重くなりすぎないよう注意していきます。慌てて完結させるような性格のもんじゃありませんしね!
それでは、引き続きよろしくおねがいします!




