分析④ 前漢
○前漢初期
漢王(-205~、3.2年間)
資治通鑑13277文字、単年4203 中央値比3.4
十八史略3792文字、単年1200.0 中央値比33.7
高帝(-202~、7.3年間)
資治通鑑12718文字、単年1752 中央値比1.4
十八史略2324文字、単年320.2 中央値比9.0
惠帝(-195~、7.3年間)
資治通鑑2033文字、単年280 中央値比0.2
十八史略157文字、単年21.6 中央値比0.6
呂后(-188~、8.1年間)
資治通鑑4135文字、単年509 中央値比0.4
十八史略223文字、単年27.4 中央値比0.8
文帝(-180~、22.6年間)
資治通鑑17294文字、単年764 中央値比0.6
十八史略965文字、単年42.6 中央値比1.2
景帝(-157~、15.7年間)
資治通鑑9282文字、単年593 中央値比0.5
十八史略551文字、単年35.2 中央値比1.0
十八史略の主役は劉邦、と言っていい勢いの分厚さです。そのの地の文帝景帝にも比較的手厚いのは、十八史略の思想に「前漢の繁栄こそが最も中華が偉大であった時代」という認識があるような気もしないではありません。これって朱子学思想と比較するとどうなるんでしょうね。確か資治通鑑について朱熹がコメントしてたよね、あれもどこかで参照できるといいのかも。
○前漢最盛期
武帝1(-141~、14.8年間)
資治通鑑15806文字、単年1067 中央値比0.9
十八史略673文字、単年45.4 中央値比1.3
武帝2(-126~、20.0年間)
資治通鑑20064文字、単年1003 中央値比0.8
十八史略532文字、単年26.6 中央値比0.7
武帝3(-106~、19.2年間)
資治通鑑13382文字、単年695 中央値比0.6
十八史略1462文字、単年76.0 中央値比2.1
昭帝(-87~、13.2年間)
資治通鑑7781文字、単年590 中央値比0.5
十八史略653文字、単年49.5 中央値比1.4
廃帝賀(-74~、0.2年間)
資治通鑑3096文字、単年※16154
十八史略88文字、単年459.0 中央値比12.9
宣帝(-74~、25.3年間)
資治通鑑26599文字、単年1050 中央値比0.9
十八史略2624文字、単年103.6 中央値比2.9
十八史略はこれ「武帝ははじめは素晴らしかったけど後期には耄碌したよね」カウントになっているようですね。強い中華の象徴のような存在ではあるのだけれど、一方で禍根を残したのも確か。そして宣帝は光武帝が推してる皇帝なので、きっとそういう意味で厚い。資治通鑑は霍光一点豪華主義。それはそう、「失政を見事食い止めてそこから更なる盛世を現出させた実例」なんて資治通鑑が重く扱わないはずがないわけです。
○前漢衰退期
元帝(-48~、15.4年間)
資治通鑑15470文字、単年1004 中央値比0.8
十八史略860文字、単年55.8 中央値比1.6
成帝(-33~、25.7年間)
資治通鑑24038文字、単年935 中央値比0.8
十八史略614文字、単年23.9 中央値比0.7
哀帝(-7~、6.3年間)
資治通鑑18882文字、単年3008 中央値比2.5
十八史略161文字、単年25.7 中央値比0.7
平帝(-1~、5.3年間)
資治通鑑6490文字、単年1224 中央値比1.0
十八史略174文字、単年32.8 中央値比0.9
孺子嬰(6~、2.9年間)
資治通鑑3554文字、単年1223 中央値比1.0
十八史略46文字、単年15.8 中央値比0.4
資治通鑑が哀帝に分厚いのは、ここで王莽が決定的に覇権を握ったため。十八史略は「元帝が悪い」一本槍な感じですが、そうじゃねーだろとツッコミが入っている感じですね。しかし思ったより成帝が薄くない。十八史略だと華麗にスルーみたいな印象だったんですが。武帝昭帝劉賀宣帝元帝とぶ厚い皇帝が続いた落差であっさりに見えただけのようです。
宮崎中国史は穏当な十八史略という感じ。先にエピソード先行の本たちを読んでしまったので、政治、制度、戦争に関する記録に終始している叙述を見ると「そんなに落ち着いていていいのか!?」となってしまいました。
陳十八史略は、本家よろしく楚漢戦争が分厚い。とはいえその重心はやや張良寄りです。混沌とた世を見事に渡りきった人物として、陳氏のひとつの理想形として映っていたのかもしれません。あと陳平の功績をもりもり張良に吸収させています。その陳平の実質の初登場は韓信を陥れるときです。「物語のわかりやすさ」の美名のもとにこれを決める私情がすごい。そして呂氏までの物語を濃く書き、文帝景帝は呉楚七国の乱のための舞台装置、武帝は女の争いの賜物。相変わらず女性の書き方に時代を感じます。その書きぶりを今風に言えば、そう、あれですね、ミサンドリー。「女が政治に絡むとろくなことにならん」とでも言わんばかりですが、そのおかげで衛青の来歴を詳しく読ませてもらえるのがなかなかに複雑。以降衛青と霍去病に厚く稿を割くあたり、「強い漢」への思慕は十八史略本家にも負けていない印象です。その後の霍光は名臣というより寝業師。そして宣帝は法家というよりも徹底したプラグマティスト。その治世は霍氏粛清のあとは一気に皇太子、つまりのちの元帝に関する悩みに移ります。そして登場する王莽は、はじめから野心マシマシであったと書かれます。そして成帝の下半身事情、哀帝の断袖。話が下半身まわりを多く拾うのは、当時の連載でそう言うものが多く求められた、と言うのもあるのでしょうね。心底読んでてうんざりしますが、まぁいまは当時ではないので。
山川の書きぶりを陳十八史略のあとに見ると、まるで砂漠でオアシスにたどり着いたような気分になりました。儒の国教化は武帝のときとされているが元帝の時代や王莽の時代のことでしょ、と言ったツッコミも入っています。そして武帝を比較的厚く扱ったあと、昭帝以降はジェットコースター。うーんこの。
中国の教科書は華麗に楚漢戦争、高帝から文景の治までをすっ飛ばして武帝に重きを置きます。これはわかりやすいな! 「高帝の時代に国力が疲弊していたから漢は匈奴に対して下手に出ねばならなかった」というロジックのようです。ものは言いようすぎてヤバい。示す地図も、現代の中華人民共和国のうちどこが漢であったのか、と言う感じ。この地図を示しておきながら「古来一つの中国であった」とか、おっとっと。そしてそこから一気に光武帝が再興します。速すぎる。ただ別口で張騫の話とか司馬遷の話とかが出てきます。それにしてもこの政治史的すっ飛ばしぶりはどうなのか。中学生向け歴史教科書とするならこんなもんなのかなあ。日本の中学生向け教科書との比較が必要なのかもしれません。
某本は開き直った方向に振り切っててすごいです。漢について「前漢後漢合計で」特記内容が劉邦の功臣粛清と呂雉の人豚エピソードのみ! あとはゼロ、完全にゼロです。と言うか劉邦の功臣粛清エピソードをこの上ない邪悪と論じているのですが、これは著者氏の鎌倉初期、室町初期についての解釈を拝聴してみたいものです。




