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01-08-01 斉二 桓公
「斉」。
姜姓。太公望呂尚=「姜子牙」の封爵地である。前 685 年に「桓公」が即位すると覇者となった。いわゆる「春秋五覇」の興りである。
兄の「襄公じょうこう」が無道であったため、その弟たちはみな災いの到来を恐れた。「姜子糾」は「管仲」のサポートを受け魯に亡命、姜子牙=桓公は「鮑叔」のサポートを受け、莒に。
いっぽう斉では襄公が弟の「姜無知」に殺され、更に姜無知まで殺されるなど泥沼となる。なので斉のひとは桓公に戻って貰いたいと請願した。
ただし魯も、姜子糾に兵を与えて斉に向かわせていた。この道すがら、管仲自ら桓公の命を狙うも、失敗。
結局桓公が後継者レースに勝利し公位についたのだが、このとき鮑叔が管仲を推挙。なので桓公、殺され掛けた恨みを飲み込み、採用した。
そうして管仲とともに覇者に上りつめた桓公であったが、やがて管仲が「クソな側近や側妾達をどうにかしないとヤバい」と言い残し、死亡。この遺言を守らなかったため、桓公在位中に斉の政治は乱れ、また死後には後継者争いが勃発。桓公の死体は二月近く放置され、死体に湧いたウジが部屋から溢れかえる勢いであった。




