01-06-05 周五 老子
老子。
楚の人で、姓が李、名が耳、字は伯陽もしくは聃であるという。周の倉庫番として働いていた。周に訪れた孔子が老子に向け、君子についての質問を投げかけたところ、こう答えている。
「良い商人は財貨をしまい込んで、蔵が空であるかのように見せかける。君子は素晴らしい徳を身につけていても、それを見せびらかすことはない。故に愚か者のようにも見えるものだ」
後に孔子は、弟子たちに語る。
「鳥が飛ぶことも、魚が泳ぐことも、獣の足が速いことも私は知っている。故にどのようにして彼らを捕まえれば良いのかもわかる。しかし、龍についてはわからぬ。老子について言えば、龍のようなお方だった、と言うより他ない」
老子は周が衰えたのをみると、関所を抜けて周を立ち去ろうとする。そこの門番が老子に言う。
「先生、どうか残される我らのために、お言葉をください」
そこで道徳経五千文字あまりを著して与えて立ち去った。その後のことはわからない。その後教えを継ぐ者として、鄭に「列子」、蒙に「莊子」が現れた。なお莊子はしばしば孔子を侮り、弟子たちをそしっている。
蒙求:
賈誼忌鵩 莊周畏犧
前漢の学者である賈誼は早熟の天才で帝よりの覚えもめでたかったのだが、あるとき不幸を呼ぶ鳥、鵩を目撃してしまった。その後三十三才の若さで夭折した。
荘子は田舎で悠々自適の暮らしをしていたが、あるとき宮廷よりの召喚を受ける。荘子はそれを蹴った。いわく、「何が悲しゅうて生贄の牛になりにいかにゃあかんのだ」と。
共に抜群の知恵を備えた天才。そして動物の姿に、己が凶兆をみたわけだ。




