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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-03 西周

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01-03-03 周 文王・武王・太公望

 しょうは善政を心掛けたため、外部の諸侯が次々と帰服。ついには天下の三分の二を治める、とまで言われるようになった。

 ある日、昌が猟に出かけるときに猟の結果を占う。結果は「得るのは龍でも神獣でも、熊やヒグマ、虎や狼でもない。王の補佐だ」となった。そして、「呂尚りょしょう」と言う老人がのんびりと釣りをしているのに出会う。少し呂尚と話しただけで昌は大いに信服し、太公望たいこうぼうという称号をプレゼント、師として仰ぎ、尚父しょうほと呼んだ。


 しょうが死ぬとはつが立った。後のしゅう武王ぶおうだ。后稷こうしょくから数えて、十六代目。

 ちゅうの無道をこれ以上放っておくわけにはいかないと「盟津めいしん」にて兵を揃えたところ白い魚が船中に飛び込んでくる。「白」は殷のシンボルカラー。それが手元に飛び込んできた、と言うわけだ。

 その魚を祀ったあと、黄河を渡る。すると今度は、紂の屋敷の辺りで火が上下し、烏を形作り、奇声を上げた。

 赤は、今度は周のシンボルカラーである。このとき集まった八百もの諸侯らは「このまま紂を討つべきだ」と言ったが、武王は却下。引き返す。


 この示威行動で紂の改心を期待したわけだが、改まる様子はない。なので武王は遂に殷討伐の軍を起こし、倒す。そして天子の座につくのだった。



蒙求もうぎゅう

孔明臥龍こうめいがりゅう 呂望非熊りょぼうひゆう


 三国志の諸葛亮が伏龍ふくりゅうと呼ばれていたのは、もはや有名(臥も伏せる、の意味です)。ここに対応して太公望を持ってきて、「在野に埋まる、国づくりを大いに助けた賢人」をセットにしてたたえたわけですね。

 いやぁ、そこはあえて呂望非龍でいってほしかったとですよ……w



詩経:

大雅 文王

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452219940947824

大雅 大明(武王)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452220220191316


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