17 翼を持つ者2
まるで夢を見ていたようだった。
彼は一体何をいうつもりだったんだろう。
翼がどうとか言っていたような気もするけれど、よく聞き取れなかった。
しばらくの沈黙。
その静寂を破ったのは陛下の方だった。
「身体は大丈夫か?」
「うん」
本当は手が少し痛い。
見下ろすと、案の定、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
私が手を見ているのに気づいて、陛下が説明する。
「ひどい怪我だ。痛むだろう」
「それほどでもないよ。平気」
「嘘つけ、三日も眠り続けていたくせに」
嘘、三日も?
「医者は雷に撃たれたようだと言っていた。それと打撲と。傷はなくても全身が痛めつけられている。昏睡状態になっても仕方ない。ゆっくり休め」
「リューンは?」
「お前よりひどい。命に別状はないが、動きまわろうとするんで、ベッドに縛り付けている」
「そう………」
ふうっと息をついた。
良かった、リューンも無事だったんだ。
「もう一度、行くのか?」
陛下が淡々と問う。
「うん」
「俺達にとってはありがたい。だが、やるにしてもリューンが回復してからだ。あいつ、しばらくは動けない」
「一人でやるからいい」
「なっ………」
陛下はぎょっとして言葉をつまらせた。
「馬鹿!生きていただけでも感謝せねばならないところなんだぞ」
「私がここにいるのは鏡を戻す為だよ。その為に来たんだから逃げない」
そう、リューンがいなくても、私はやらなきゃならない。
「死にたいのか!」
陛下が私の両手をわしづかみにしてして捕らえる。
「この手をみろ!包帯に巻かれているが、この下は焼けただれてしまっている。手当てをした女官が、あまりの酷さに卒倒しかけたくらいだ。風の守りがないままに挑んで、無事でいられると思っているのか?もう何人も死んでいるんだぞ!」
「痛い………」
はっとしたように手を離す。
「すまない」
顔をそむけて謝る。
掴まれた手首は赤くなっていた。
「レンディルム陛下………」
「レンと呼べ。許す」
「………レン」
優しさに、胸が熱くなる。
笑おうとしたけど、だめだ。きっと泣き笑いになっている。
「駄目なの。私、このままじゃここにいる理由がない。リューンがいてもきっと駄目だ。私が自分でやらないと、きっと結界は開かない」
そう、これは確信だ。
リューンは私を守る為に怪我をした。
あの触手は知っていたんだ。彼がいなければ私が結界に触れることも出来ないことを。
だから彼を狙った。
私が精霊を呼べていたら、リューンは怪我をせずにすんだかもしれない。
それにもっと楽に結界をはれていただろう。
ううん、そもそも私は自分で結界を張るくらい出来なきゃならなかった。
『風の乙女』ならば。
なのに私はルーンを知らない。
やっと覚えたのは鏡に風を戻す呪文だけ。
それすらも曖昧だ。
そして怖くなった。
もしかしたら、私はルーンを知っていたとしても、精霊を呼べなかったかもしれない。
だってあの時………
「私、あの時気づいたんだ。風の精霊がいなかった。ずっと、私の周りにはいない。見えないし、声も聞こえない。だから気づかないだけかと思っていた。でも、違う。最初からいないんだ。私、風の乙女なんかじゃない。アルファさんはきっと間違えたんじゃないのかな」
泣きたい気分だった。
こんな弱音を陛下に聞かせたくなかった。
でも、口が勝手にうごいてしまう。
張り詰めた糸がぷっつり切れてしまったように。
「それなら、私がここにいる理由がない。私の存在の意味がない」
「ルーラ………」
陛下がいたわるように肩に手を置く。
「死ぬつもりはないよ。私の背中に翼があるのは本当だし、風の刻印があるのも見た。でも………だから本当の『風の乙女』にならなきゃいけないの。その為にはリューンに助けてもらっていたのでは駄目。一人でやらなきゃ結界を開くことは出来ない。きっと」
結界がどうしても私を拒むのなら、別の方法を考える。何かあるはずだ。必ず何か方法が。なければ意地でも壊してやる。たとえ死んでも。
「ルーラ」
不意にぎゅっと抱きしめられた。
何が起こったのか、一瞬理解が出来ない。
「もういい、やめてくれ………頼む」
陛下の身体がふるえている。
肩越しに、掠れた声が聞こえる。
「ここにいればいい。『風の乙女』でなくても、お前の居場所はここにある」
トクンと心臓が音をたてる。
「お前を失いたくない」
トクン トクン トクン
自分の鼓動が大きく聞こえる。
陛下が私の顔を見つめた。
「好きだ」
信じられない思いにすくむ私の頬を手ではさみこむ。
そしてゆっくりと口付けた。
彼の唇が離れても、私はしばらく身動きできなかった。
「俺にはお前の存在が必要だ。ここにいてくれ」
嬉しくて、涙が頬をつたわりおちた。
ただ、嬉しくて嬉しくて。
彼は私の頬を指でそっと拭う。
「お前は母親似だな。黒い髪、黒い瞳。気の強そうな目元もそっくりだ」
「………陛下は私の本当のママを知っているの?」
「ああ、子供の頃に会ったことがある。とても美しい人で、か弱そうなのに芯が強い女だった。会いたいか?」
本当のママーーー
私は首を横に振った。
私のママは一人でいい。
陛下はそんな私を見て、少し笑った。
「とにかく、神殿に行くのはリューンが治ってからだぞ。それまでは大人しく寝ているんだ」
ビシッと私に指を突きつける。
「わかったな」
念を押しながら部屋を出て行った。
その頬が少し赤かったのは、もしかして照れていたのかな?
私はくすくす笑いながらそれを見送った。




