16 翼を持つ者1
手が熱い。じわじわする。
布の感触。両手にぐるぐる巻かれているようだ。包帯?
そうだ、きっと。
この痛みは火傷のものだ。
ここはどこだろう。宮殿の中?
柔らかなベッドが気持ちいい。
誰が運んでくれたのかな。
夢うつつのまま、ぼんやりとそんな事を考える。
幾度も起きようと思ったけれど、ダメだった。
身体が重くて、溶けてしまうんじゃないかと思うほどだるくて力が入らない。
目を開けることすら億劫だった。
眠い………
とろとろとまどろむ。
失敗したんだ。
神殿に張られた結界は私を弾き飛ばした。
悔しい………
涙がこぼれても不思議はないほど悔しいのに、何故だか私の身体はなんの反応も示さなかった。
まるで人形になったみたい。無機的なものに。
身体が動かない。
キイーッ
小さな金属の軋む音。
ドア?扉が開いたのかな。
コツコツコツコツ
静かな足音がする。
きっと、私を起こさないように、ゆっくりと近づいてくる。
誰?
ベッドのすぐそばまで来て、足音の主は立ち止まった。
私の顔を覗き込んでいるような気配がする。
額にひんやりとした手の感触。
優しく私の髪を撫でる。
大きな手。
リューンじゃない。彼はもっと細くて繊細な手をしているから。
もしかして陛下?私を心配してくれてるの?
だったら嬉しいな。
「もういい………」
手の持ち主が呟いた。快い響きの美声。陛下だ。
私の胸に幸福感が満ちる。
でも、もういいって、何?
「これ以上俺たちの為に傷つく必要はない」
静かな声。
哀しみと諦めと悔しさと、いろんな感情をすべて飲み込んだ静かさ。
私を被害者のように言わないで。私は私の意思で行動したの。私は私の為にしたのだから。
そう言いたくても声が出ない。
ああ、なんてもどかしい。
金縛りのように動けなくて焦れているうちに、小さな吐息とサラッと衣擦れの音がした。
行ってしまう。
寂しさが胸をつく。
違った。身を起こしただけみたい。
そして陛下は突然、どこへでもなく呼びかけた。
「アルファ!アルファーディ、聞こえているんだろう?」
アルファさん?何故彼がここにいるの?
私はなんとかそちらを見ようとした。
だるくてたまらなかったけど、やっと薄くまぶたを開けることができた。
でも、横を向いた陛下の背中が見えただけだ。
他は誰もいない。
けれども、はっきりと答えが返ってきた。
「何事です。ビスラの王ともあろうお方が、他国の神官を呼びつけるなど、感心できることではありませんね」
ふわりと半分透き通ったアルファさんの姿が現れる。
まるで幽霊みたい。脚はあるけど。
陛下は不機嫌そうに顔をしかめた。
「何を言うか。見ていたのだろうが、ずっと。こいつはお前の鏡に映るのだろう?」
「よくご存知で」
「ふざけるな。ビスラの王宮にまで姿をとばすような化け物が」
声をひそめながらも、苛立ちが滲み出ている。
「おやおや、それは誤解ですよ。王たる貴方が私を呼んだからこそ、声や姿を送れるのです。遠見ができるのも彼女の竜の翼の加護があってこそ。でなければ魔物の領域に手を出すことが叶うはずもございません」
「はっ、どうだか。四精霊の血を引くもののくせに」
おや?という顔をして、片眉を上げた。
「ご存知でしたか」
「ああ、思い出したんだよ。昔そういう者の話を聞いたことがある。やはりお前だったか」
アルファさんは答えない。
「以前、お前は水火風地の精霊を操るとリューンが言っていた。たしかに風の力を持っていないと、あいつを風の神官に育て上げることなどできぬ。だが、そんなことが普通の人間に出来るはずがない」
アルファさんは仕方なさそうに肩をすくめた。
「私の王には秘密にしていてくださいね」
「知るか」
「で、何の御用です?」
「こいつを還せ。元の世界へ」
陛下の重々しい命令に対して、アルファさんはあっさり答えた。
「それは無理です」
「なに?」
陛下が怪訝そうに彼を睨みつける。
「風鏡がなくてはだめなのです。あちらとの接点がない今、水鏡だけでは空間が定まりません。無理に還そうとしても、どことも知れぬ場所に放り出してしまうということにもなりかねません」
その言葉をきいたとき、私はやっぱり、という気がした。
なんとなくそうなんじゃないかと思っていたから。
陛下は唸るように問いかける。
「まさか貴様、初めからそのつもりで?」
すごく怒っている。背中に陽炎が見えそう。
アルファさんは冷静な声で答える。
「おわかりでしょう?ビスラはもはや滅亡寸前。いちかばちかに賭けるより他なかったのです………賭けには負けたようですが」
「負けてなんかいない」
思わず答えていた。
二人が驚いて私を見る。
「ルーラ、気がついたのか」
「ルーラ様」
ようやく動くようになった腕で身体を支える。
ずいぶん重く感じたけれど、なんとか上体を起こすことが出来た。
「まだ、負けていない。まだ、終わっていないよ」
アルファさんは謎めいた微笑を浮かべた。
「そうですね。貴女が諦めない限り、勝負は終わりはしない」
「ええ」
そうだ、私は逃げない。諦めたら全てが終わってしまうから。
この国が失われてしまう。
私がここに来た、その意味がなくなってしまう。
「ルーラ………」
喘ぐような掠れた声で、陛下が私の名を呼ぶ。
「お強くなられたようですね。貴女の纏う光が輝きを増しています」
ふわりとアルファさんが私の肩に手を置く。
幻影のはずなのに、微かに温かかった。
「精霊は貴女の呼びかけを待っています。信じてください。水鏡が映したのは貴女の風の刻印だけではありません。貴女は更に別の力も持っておられる。貴女の翼は……………のしるし…………」
スウッと声が遠くなった。
「アルファさん?」
「時間………切れ………す。もう、術が…持たな………い」
途切れ途切れに聞こえたと思うと、ゆらっと姿が揺らめく。そして止める間もなくかき消すように消えた。




