15 黒き神殿3
翌朝、神殿へ向かうということで、私は正装させられた。
白に見えるくらいの淡いブルーのドレス。ドレスといってもあまりゴテゴテはしておらず、清楚でスッキリしたものだ。
襟ぐりは首までつまっていて、袖は手首に向かって太くなっている。
スカートは薄くて軽い紗が、幾重にも重なり合っている。
裾が長いことを除けばとても動きやすい。
靴は踵の高くない編み上げ靴で歩きやすかった。
女官達に着せてもらって広間に案内されると、そこには既に陛下とリューンがいた。
二人とも私と同じように着替えていて、リューンは神官らしく白い長衣、陛下は黒に銀を上品にあしらった衣装の上に、長い濃紺のマントをつけている。
「ああ、似合うな。さすが女官長が見立てただけはある」
私を見つけた陛下が、満足そうな声をあげた。
「そう?」
「ええ、本当にお美しいですよ」
リューンも大袈裟なくらい褒めてくれる。
えへへ、なんだか照れ臭いな。
でもこうしてみると、二人ともすごくかっこいい。
リューンは金の瞳がますます神秘的に見えて、人間離れした雰囲気を感じる。
陛下はあんな重厚な服を気軽に着こなしていて、周りの誰よりも気品を漂わせている。やっぱり王様なんだなって改めて思った。
「どうかしたか?」
陛下が私を覗き込む。
「ううん、二人ともかっこいいから驚いたんだよ」
笑ってごまかした。
とても手が届かないよ………少しだけ胸が痛かった。
それから私は、陛下とリューンの案内で宮殿を出て、風の丘へと向かった。
城の中にあるといってもかなり大きな丘だった。
所々に背の高さ程の小さな木が生えている他は、ハコベなんかの小さな草が地表を覆っている。
神殿はその頂上にひっそりと佇んでいた。
イスターラヤーナのような神殿をイメージしていた私はびっくりした。
確かに水の神殿と同じくらい大きい立派な建物だ。
だけど、
「暗いな………」
神殿の建物の周りは、まるでそこだけ雨雲が立ち込めているかのように黒い霧が漂っている。
神殿の建物自体も、墨を塗ったように煤けていて、どこが建物でどこからが霧なのか、よく目を凝らさないとわからない。
私達は神殿から十メートルくらい離れたところで立ち止まった。
足元をみると、ちょうどここからナイフで切り取ったみたいに草が生えていない。
「魔物の結界です。黒い霧は瘴気」
よくみると、薄いガラスのようなものが立ちはだかっている。
瘴気は時折、その結界から炎のような触手を伸ばしていた。
「気を付けろ。吸えば生気を失って死ぬ」
「冗談………」
リューンが何かを呟く。
すると、小さな風が私達を取り巻いた。
「精霊の結界ではないので、ほんの気休めですけど、無いよりはマシでしょう」
無いよりかはマシ、というのは間違いだ。
なかったら私達は近づくことすらできない。
揺らめく瘴気が私達に噴き出してきても、この風のおかげで私達自身に届くことはなかった。
丘の麓には、城の人々がぐるり取り囲むようにしてこちらを見ている。
期待されるのは嫌いじゃない。
でも期待通りできなかった時が怖い。
ゆっくり結界に手を近づける。
「結界を解くのは意志の力。精霊が封じられているこの地では、魔物の結界にはどんな呪文も通用しません。ただ、通ることだけを信じて」
リューンは次々と印を結ぶ。私達を包むこの気流は彼の力だけで保たれている。
特に結界に近づく私の手は激しい抵抗を受けているらしく、風がキリキリと悲鳴をあげている。
リューンはそれを精神力で押さえ込んでいた。
白い額に玉のような汗がふきでてくる。
精霊の力をかりられないから、直接彼の身体に負担がかかっているんだ。
「僕の力が続いているうちに」
私は無言で頷く。
硬質のガラスのように見えた結界の表面は、触れた途端まるで生き物のように波打った。
私の手にぶるぶると振動する感触が伝わってくる。
ビリビリと静電気のような痛みがした。
「開きなさい」
結界の表面に爪を立ててこじ開けようとする。
けれどいくら力を込めても壊れる気配はない。
「ルーラ様、結界は物ではありません。空気のようなもの。力ではなく心で壊すのです」
空気?この固いのが空気だっていうの?
「精霊を信じて、壊れる事を念じるのです」
リューンの息が乱れ、声を出すのも辛そう。
早く、早く開かなきゃ。
壊れろ!
そう強く念じる。
でも、私の手の向こうの壁はびくともしなかった。
「開かない!どうなってんのよ、これ」
そう叫んだ時、思いもよらないことが起こった。
いきなり目の前の結界が大きくうねったかと思うと、外に向かって幾本もの触手を突き出したのだ。
「な、なんだこれは!」
狼狽えたリューンの声。見開かれた瞳。
それはまっすぐリューンに向かって伸びた。
「リューン、避けろ!」
陛下が怒鳴る。
ザシュッ
異様な音と共に、リューンの肩から血飛沫があがった。
「ぐ…………あっ!」
陛下がスラリと剣を抜く。
「畜生!」
意志を持つ霧の触手が鞭のような形を取り、方向を変えて彼に襲いかかる。
ザンッ
一本の触手を断ち切った。それは地に落ちる前にぱあっと砕け、再び霧に戻って本体に帰る。
「陛下、無駄です!お逃げください!」
血だらけのリューンが必死にいくつもの呪文を唱える。
ゴオッと音を立てて、丘の上を風が渦巻き始めた。
しかし、いっそう膨らんだ触手の一つがものすごい勢いでリューンの身体を弾き飛ばす。
その途端、私を包んでいた気流が止まった。
バチバチバチバチッ
恐ろしいほどの破裂音がして、全身を電撃が走り抜けるような衝撃が襲う。
「んん………っ!」
痛みはない。ただ燃えるように熱い。
「キャアアア!」
「ルーラ!」
レンディルム陛下が私に向かって手を伸ばす。
その手を取ろうとした時、
バシッ
コンクリートの壁に叩きつけられたような硬い衝撃と激痛がして、そのまま私の意識は暗闇に飲み込まれた。




