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第025話 苦は色変える松の風

 中央神殿謁見の間。俺たちはマンションではなく、ここへ転移してきた。

 なぜなら、スリンディレ・クラルケを長とする"神殿視察団全員"を一緒に連れてきたからである。


「スリンディレ、レキシアデーレ、二人は残ってくれ」

「はい」「はい。承知しました」


 スリンディレが視察団の一行に解散を告げる。


「では、みなさん、ここで解散とします。

 明日は朝一番で今後の視察予定について打ち合わせをしますので、会議室の方に午前9時に集まって下さいね。よろしくお願いします。

 それでは、お疲れ様でした。今日はゆっくりと休んで下さいね」



「スリンディレ、レキシアデーレ、お前さんたちには、俺たちと同じマンションに住んでもらおうと思っている。

 今後、シオン神聖国と対決していくことになるだろうから、お前さんたちの身の安全のためだ」


「私たちの住居はこの神殿敷地内にありますので、そこであれば安全ではないかと思われるのですが……?」

「それがなぁ……スリンディレとレキシアデーレは、旅の空だったから分からねえだろうが、この神殿敷地内だから安全ってわけでもねぇんだ。

 ここは多くの人間が自由に出入りできるから、全然安全じゃぁねぇんだよ。

 それを昨夜思い知らされちまってなぁ……。

 実は、昨夜、みんなでバーベキューパーティーをしたんだけどな、その時に毒を盛られる事件があってな、大変だったんだよ。

 犯人は代官の妻だったんだけど……。

 何十人と死んでいてもおかしくねぇ状況だったんだぜ」


「そ、そんなことがあったんですかっ!」

「ああ……俺たちのマンションには、素性の分からねぇヤツは入り込めねぇようになっている。だから、念のために、お前さんたちもそこに住んでもらおうと思ったわけだ。どうだ?」


「そういうことでしたら、お言葉に従います」

「私は、側仕えをしている神官様に従います」


「今住んでいるところは、二人別々なんだろう?」

「はい」

「そうか。こちらもちゃんと二部屋用意してあるから安心してくれ。

 腰を抜かすくらいのすげぇ部屋だ。期待していいぜ」


「そうですわよ。もう他では住めなくなるかも知れませんわよ。ふふふっ」

「そうだよね、特にトイレ!もうシャワートイレじゃないトイレには入れなくなるよぉ~絶対に。ははは」


 ヘルガとさゆりの言葉に、スケさんとカクさんも頷いている。

 スリンディレとレキシアデーレはキョトンとしている。


「スリンディレ、同居人はいるのかい?男性が同居となると、ちょっと部屋を考えなきゃならねぇんでな。うちは若い女性ばかりだからな。分かるだろ?」

「私は生涯独身です。神にすべてを捧げる覚悟をしていますから」


 お、重い……神って俺だよなぁ?どうしたらいいんだ?


「そ、そうか。ありがとう。それほどまでに俺のことを思っていてくれるのか」

「はい。生涯お仕え致します」


 32歳、もったいないなぁ、こんな美人でよく気が付く才女が……。

 中身がオッサンである俺は、なんかこの子には心惹かれるんだよなぁ……。


「でもなぁ、お前さんみたいな、こんなにも美しい才女が、俺のためだけに一生を捧げるのはもったいねぇよ。

 構うこたぁねぇ、好きに生きていいんだぜ?俺が許す。

 何か望みがあれば聞くぜ?

 何か他にしてぇことがあるのなら応援もするし……。どうだ?」

「いえ。実は、若い頃は……神子になって、そして、上様の妻になることを夢見ておりましたが……さすがにもうこの歳になってしまっては、そう思うこと自体が、厚かましいことですし……せめてこの身を、我が一生を上様のためだけに捧げて、お役に立ちたいと考えております」


「自分のことをそんな風に言うなよ、年だとか、厚かましいとかさぁ……。

 ゲスな言い方をすれば、まさに女盛りだぜ、お前さんは!

 実は…俺はお前さんに、すごく魅力を感じているだぜ!

 お前さんが望んでくれるのなら……俺の嫁になって欲しいくれぇだぜ!

 妻となる女性がたくさんいる身で、それこそ厚かましいんだけどなぁ。

 ははは」


 な、なんでこんなことを言い出しちまったんだ、俺は……?


「えっ!……」

「い、いや、忘れてくれ。気にするな」

「でも、上様とは釣り合いが取れないですし……こんなオバさんじゃぁ……」


 ん?最後の方がよく聞き取れなかったけど……釣り合わないか……そうだよな。

 今の俺は中身はオッサンだが、17歳だからなぁ……大人の女性には物足りなく思えるんだろうなぁ。釣り合わないか……。だよなぁ……。ショック!


「そ、そうだよなぁ、俺みてぇな若造とお前さんみたいな魅力溢れる大人の女性とでは釣り合いが取れねぇってことぐらい、俺にだって分かってるって!

 忘れてくれ。嫌じゃしょうがねぇわなぁ、ははは」


「い、嫌じゃないです!でも……」


 ん?嫌じゃない?何だ?……ああ、俺に気を使ってくれているのか……だがな、振ってしまった男に慰めの言葉はねぇよなぁ、惨めになるぜ。は・は・は。


「い、いいから、も、もう忘れてくれ!わ、悪かったな、変なことを言って」

「お嫁さんになりたいですっ!お嫁さんにして下さい!」


 へっ?ど、どういうこと?わ、わけが分からん??


「お、おうっ!お、お前さんも今日からフィアンセだ!?よ、よろしくなっ!?」

「はいっ!」


 なんだ、なんだぁ~!!どうしてこうなったぁ~っ!!

 うーん、でも、乙女の表情をするスリンディレ……かわいい!


「ところで、お前さんは大分自分の年のことを気にしているようだが?

 俺は今のお前さんが好きなんだけどなぁ、だがな、もしもお前さんが望むなら、若返らせることができるぜ? どうする?」

「えっ!心はどうなってしまうんでしょう?記憶がなくなるんでしょうか?」


 一瞬、嬉しそうな表情をするも、すぐに不安そうな顔になる……。


「いや、肉体だけが若返り、精神年齢はそのままだよ」

「そうですかっ!……や、やはり……他のフィアンセの方たちと同じくらいの方がいいかなぁ~って思うのですよねぇ……。ひとりだけオバさんってのは恥ずかしいですし……」

「またぁ……自分のことをオバさんって言うなよぉ。卑下するなよ!

 まぁでも女心も分からねぇでもない。願いを叶えてやるぞ!……完全修復!」


 スリンディレが淡い緑色をした半透明な光のベールに包み込まれる。

 そして、その光のベールは、数秒足らずで光の粒になってかき消えた。


「おおっ!ピチピチギャルのスリンディレもいいっ!すごくいいっ!」

「!!!」


 ああ、また死語を使ってしまった。まぁ、俺はオッサンだからな。仕方ない!

 スリンディレは驚きのあまり言葉を失っている。彼女も17歳になったのだ。


 しかし……大人の魅力漂うスリンディレも捨てがたいなぁ……残念!

 だが……このスリンディレも、すっごくいいっ!


 ん?ヘルガがにやにやしている!?ま、また、餌を投入しちゃったかぁ?


「ぴちぴちぎゃる?ってなんですの?シンさん?うふふ……」

「へ、ヘルガ、気にするな。な、なんでもねぇ。忘れろ!」

「ヘルガちゃん、教えてあげよっか?

 なのねぇ、 主に10代後半の明るく元気で若々しい女性を意味する死語だよ」

「さ、さゆり、要らんことは言わんでいいっ!」


「あらまぁ、それじゃぁ、私たちはみ~んな、ピチピチギャルですわね。

 ピチピチギャルハーレムですわね?また新たなメンバーが加わりましたわね?

 シ~ンさん。うふふ」

「は・は・そ・う・で・す・ね……」


「スリンディレさん、ピチピチギャルハーレムへようこそですわ!」

「はい!」


 スケさんもカクさんも、みんなが笑顔だ。これで……よかった…のか?



 ◇◇◇◇◇◇◇



 謁見の間から歩いてマンションへと向かっている。


「さゆり、お願いがあるんだが……」

「なんでしょうか?私ならいつでもピチピチギャルハーレムに入りますよ」

「は・は・は……そうじゃなくて、地球からマーラーの交響曲第5番を手に入れて欲しいんだよ」


「ひ、酷い……私はピチピチギャルハーレムにはお呼びじゃないって事ですか?

 あんまりですぅ……ぐっすん。ぐっすん」


 えーーっ!本気だったのかぁ!?えーーっ!?


「いや、お呼びじゃねぇって事はねぇぞ!

 お、お前さんが、じょ、冗談で言っているのかと思っただけだ。

 お前さんが……ほ、本気だったら大歓迎だよ。でも冗談だったんだろ?なぁ?」

「いえ、本気ですよ。

 じゃぁ私も今日からピチピチギャルハーレムの一員ってことでお願いします!」

「は、はい。お・ね・が・い・し・ま・す」


 は、ハーレムがどんどん大きくなっていく!

 どうなってるんだぁーーーっ!?俺は一体どうなっちまったんだぁーーっ!

 ただひとりの女性だけを愛する!って誓っていた……理性がスーツを着て歩いているって揶揄されていた俺はどこへ行ったぁ-ーっ!?

 キャラ変更の影響か?そうなのかぁ?


 >>お答えします。キャラクター変更による効果は6%程度です。

  惚れっぽい人仕様の基本システムプログラムとパッシブスキル"魅了"の影響が併せて92%です。残りの要因はネグレクトできるため省略します。

 <<ははは。真面目に答えてくれてありがとう。全知師。


 そういえば、シオリからも聞いていたな……。

 現在の俺は、"モテる惚れっぽい男"仕様ということを……。


 ん?レキシアデーレの視線もなんとなく熱いような……?ま、まさかなぁ……?


「それで、マーラーの交響曲第5番は誰の演奏がよろしいのでしょうか?」

「……あ、ああ、そっちの話ね……。

 レナード・バーンスタイン氏が指揮するニューヨークフィルのがいいかなぁ」

「分かりました。コピーして送ってもらいます」


「代金はどうやって支払えばいい?」

「え?要りませんよ?」


「いやいやいや!だめだろっ!ちゃんと購入しなきゃ!」

「はい。もちろん、分かっていますよ。シンさんが望むものはなんでも提供しろと地球の管理者から言われているので、代金は向こう持ちです」


「あ、そ、そうか。すまん、早合点した。違法コピーするかと思ったぜ。ふぅ」

「いえ、CDをそのまま転送してもらうのは大変ですので、データ化して送信してもらいますね。それで、脳内再生形式でよろしいんですよね?」


「のうないさいせいけいしき?なんだ、それ?」

「えっ?ご存じない……はっ!そ、そうでしたね。すみません。

 えーと、耳から聞いた音って、結局は脳内信号に置き換わるじゃないですか?

 ですから、その脳内信号自体を再生する方式です。

 外には聞こえませんが、脳内の電気信号として音を再現します」


「なるほどねぇ!そういうことができるのかっ!?すげぇなぁ」

「はい。音楽を"聴いている"時の思考能力の低下も、実際に音を聞くよりも少ないですから、並行して処理を行う場合は、脳内再生形式の方が有利ですよ」

「どうやればいいかを後で教えてくれ」

「はい。よろこんで。でも……CDをレプリケータで作れませんか?シオリさんの話では地球の各種データがリンクされているって話でしたが?」

「あっ、そうか!でも複製することになるからな。著作権の問題があるだろう。

 代金を支払う方法がねぇからな」

「確かに。そうですね。地球の知的財産権保護に関する法律では対応不可能な案件ですものね?」


「他にご希望の曲があれば……って、シンさんが亡くなられた時点で、日本で入手可能な全音楽データを送ってもらいますね」

「すごい金額にならねぇか?」

「大丈夫ですっ!そんなんじゃぁ償いきれないくらい、シンさんを酷い目に遭わせちゃったんですもの」

「いや、管理者が困るんならいいけど、管理助手が困らねぇか?大丈夫か?」

「私が日本担当をしていた時とシステムが変わっていなければ大丈夫です」

「まぁ、無理だったらマーラーの交響曲第5番だけでいいよ。頼むな」

「はい」



 ◇◇◇◇◇◇◆



 スリンディレとレキシアデーレには、マンションの3階に住んでもらおうと考えている。


「スリンディレには、東から3部屋目を、レキシアデーレには、その西隣の部屋を使ってもらいたいんだが、どうだ」

「はい。わかりました。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ということで、このマンションの住人は、次のようになった。


10階。東から、シン(シェルリィ、キャル、シャル)、シオリ。

 9階。東から、スケリフィ、カークルージュ、キャル、シャル。

 8階。東から、ソリテア、インガ、ヘルガ、タチアナ・ロマノヴァ。

 7階。東から、ディンク、カーラ、ゼヴリン・マーロウ、さゆり。

 6階。シェリー、ラヴ、ラフ、ミューイ。

 5階。神殿騎士試験受験生の3人が住む。最も西の部屋にシェルリィ。

 4階。空き部屋が4部屋。

 3階。東から、ニング、ロッサナ、スリンディレ・クラルケ、

        レキシアデーレ・ストリドム。

 2階。東から、ベックス、ティーザ、レイチェ、タニーシャ。

 1階。食堂兼多目的ホール。厨房他。



「うわぁ~!すごいですね。こんな素敵な部屋に住んでもよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだ。好きに使ってくれ」


 トイレや色々な設備の使い方を説明する。

 特に二人はトイレには驚いていた。


 ふっふっふっ!病み付きなるぜぇ~。シャワートイレは……。


 その後二人は自分たちが住んでいた部屋に、荷物を取りに行った。

 荷物は亜空間収納ポシェットに入れてくるといいとアドバイスしておいた。

 家一軒分くらいの荷物なら収納できるからだ。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 1階ホールへと降りてくると、ソリテアとインガ、シオリが見知らぬ若い女性と一緒にいた。見知らぬ女性はシクシクと泣いている?


「ん?どうしたんだぁ?」

「あ、シンさん、この方が自殺をしようとしていたところを無理矢理連れてきたんです。ほっとけなくて……」


 インガの話によると……

 俺たちが村へ行っている間は暇なので、神子のみんなとキャルとシャルで神都を見物に行ったそうだ。スイーツの有名店などを回っていたらしい。

 そして、その帰り道、川沿いの道を歩いていると、川に身を投げようとしている若い女性、つまり、今目の前にいる女性を見つけたということだ。

 今のフィアンセたちの力に、女性の力では当然勝てず、その女性は無理矢理ここまで連れてこられたと言うことらしい。


 あまり大勢では、この女性も事情を話しにくいだろうと、代表して3名で事情を聴くことになったという。


「この方は神様よ。だから、何があって死のうとしたのかを話して?どう?」

「ううう……わ、私なんか生きていちゃいけないんです……うっうっ……」


 彼女の話をまとめると……

 彼女は学校を卒業すると、ある有名商業ギルドに事務職として就職したのだが、そのギルドがとんでもないブラックで、クレーム客の対応を新入社員の彼女一人に押しつけたらしい。

 応酬話法マニュアルすら渡していない状態で、社会人経験がない彼女にいきなりクレーム対応をさせたのだ。

 上司からのプライベートな食事の誘いを断った直後から、クレーム担当にされたらしい。


 この上司はクソ野郎だな。後で懲らしめてやる必要があるな!


 彼女は、結構がんばったんだが、結局は、過度のストレスから体調不良に陥ってしまい、退職せざるをなくなったという。


 静養を兼ねて実家に戻ったのだが、人と話をするのが怖くなってしまった。

 それで怖くて外出することすらできなくなってしまったらしいのだ。


 暫くは貯金を崩しながらなんとか生活していたのだが、とうとう税金が払えなくなってしまい、このままでは親兄弟に迷惑をかけてしまう……。

 人頭税は否応なしに徴収される。娼婦になるか、奴隷になるかと考えたそうだ。

 でも、どちらになることも忍びなくて、自らの命を絶つことを選んだ……ということだった。


「ありがとう。よく話してくれたね。こうして話をするのもつらいよね。

 俺が必ず力になってあげるから。安心してね。

 もう一人で抱え込む必要はないよ。お願いだから死のうなんて考えないで。

 絶対にお前さんを助ける!絶対にね!」


 かわいそうになぁ……。

 彼女の魂の色は"青"だ。善良な人間が苦しんでいるのは見ていられない。


 彼女のように、仕事が原因で精神的に追い詰められて自殺した学生時代の友人の事が重なった。悲しい思い出だ。


 彼がなぜ自殺してしまったのかは、死後に発見された日記で分かった……


 その友人も、IT企業に勤めていたんだが……ある時、上司の出した仕様書内の問題点を指摘したことがあり、それから嫌がらせを受けるようになる。

 彼が開発に携わった全システムのサポートを、開発者の仕事に加えて押しつけられることになった。サポート専門の部署があるのに……だ。

 理由は、作った人間が一番よく分かっているだろう……というものであった。


 サポート用の携帯電話を24時間持たされ、対応をさせられた。

 製造業からチェーン展開するアパレルショップ向けソフトウェアまで……優秀な彼は数多くの開発に携わっていた。

 製造業は土日休みが多いが、アパレルショップは土日が書き入れ時だ。

 つまり、サポートに休みはない。

 彼は、形の上では夏休みも年末年始の休みも取得していることになっていたが、サポート用の携帯電話を持たされていた。気の休まる時がなかった。


 やがて彼は堪えきれなくなり、会社を辞める。

 社会情勢や、年齢的なハンデから転職が非常に不利な状況下での退職だ。


 更に心が弱ってしまっていた。

 携帯電話を見ると吐き気がする。だから、携帯を解約してしまう。この事が彼をどんどん追い詰めていく。再就職活動には致命的であった。

 だんだんと人と会うことさえ怖くてできなくなっていったらしい。


 退職金は貰えず、暫くは失業保険と貯金を切り崩しながら生活していたらしい。 だが、そのうちに国民健康保険税や、国民年金保険料が払えなくなり、督促状が届くようになる。

 国民年金保険料の方は、年金機構のアドバイスにしたがって免除申請を出して、それが認められたため、何とかなったらしいが、国民健康保険税の方はダメだったようだ。


 彼は人に頼ることが下手な人間だった。何でもひとりで抱え込んでしまう……。

 生活保護を受けることもしなかった。自分みたいな者に税金を使わせるのは申し訳ないと考えていたようだ。


 高熱が出て、下血し、医者にかからねばならないくらいの状態なのに、国民健康保険税を支払うために用意してある金を使うことができず、必死に耐え忍んだこともあるということだった。これで死ねるならその方が嬉しいと日記に書いてあったらしい。 何のための国民健康保険税なんだろう……。


 勤めていた会社の同僚たちが、彼に同情して、自宅でもできる小さな開発案件を発注してくれたので、その対価で細々と暮らしていたが、その事実を知った会社は彼への発注を禁止する。 それがトリガーとなった。

 後で分かったことだが……実は会社が禁止したのではなくて、クソ上司の独断で発注を禁止したらしい……。


 彼の日記には『もうダメだ』と記されていた。

 両親や世話になった人たちへの詫びの言葉が、その隣に書き連ねられていた。


 彼は、借りていたアパートを汚さないようしたかったんだろう……。

 紙おむつを身につけて、頭からビニール袋を被って……首を吊った。

 足下にはビニールシートが敷かれてあったという。


 彼はガリガリに痩せていて、部屋には食べ物が全くなかったらしい。

 彼の死の前日が支払期限の国民健康保険税の督促状があったとのことだ。


 自分もITブラック企業に勤めていたため、身につまされて……このことは今も鮮明に記憶している。



 彼の通夜は、何年も会っていなかった大学時代の友人たちと顔を会わせる機会となった。久々にあった友人たちと酒を酌み交わしながら、彼の話になった。


 ひとりの男が彼をバカだと言った。楽な道を選びやがって……とも言った。

 コイツはきっと本気で死のうとしたことがないな……と感じたことを今も覚えている。


 俺は最愛の人を殺された時に、後を追って死のうとしたのだが……。

 何度も何度も死のうとしたのだが、結局、自らの命を絶つ難しさを痛感しただけだった。 自らの命を絶つのは本当に難しい。簡単にできることじゃないんだ。

 だから、不謹慎かも知れないが、俺は自殺した彼をある意味で尊敬した。


 俺が最愛の人を失って、失意のどん底にいる時に、親友とその恋人が側で支えてくれたから立ち直ることができたが……。

 自分で死ぬ勇気もない俺は、彼等が支えてくれなかったら、いったいどうなっていたんだろうな。

 ふと、関係ないことまでが頭を過る。


 自殺した友人と、目の前にいる女性がなんとなくダブって見えて、なんとか力になりたいと強く思ったのである。


「人頭税のことだって心配要らないからね。

 ところで、ここにいる女性たちでも話をするのが怖いかな?どう?」

「いえ、みなさん優しいからなのか大丈夫です。不思議と怖くありません」


「もしよかったらだけど、俺たちをサポートする仕事をしないか?

 神殿に寄進されてくる金品を表にまとめたりする事務仕事なんだけど……。

 もちろんちゃんと給料は払うよ。満足できる額じゃないかも知れないけど。

 俺たち以外の人とはまったく会う必要がない仕事なんだけど、どう?」


「働きたいです。仕事がしたいんです。心から……ううう……」

 彼女は涙を流す……


 そうなんだろうと思う。働きたいんだよね。本当に。

 でも、切っ掛けがつかめなかったし、身体が言うことを聞かなかったんだよな。

 自分にもできそうな仕事を紹介してもらえると、前を向いて動き出せたりするんだよね。

 お節介のようでも、背中を押してくれることがありがたいってことはあるよな。


「そうか、ありがとう。助かるよ。 無理せずボチボチとでいいからね。

 仕事が合わないようだったら、その時はまた一緒に考えよう」

「はい……」


 ん?何か思案しているようだな?何だろう?

 あ、そうか、人に会うのがつらいんだもんな……。


「そうだ。通ってくるのも面倒だろう?ここに住まないか?

 部屋は用意するよ。もちろん無料で住んでもらっていいから。どう?」

「うう……通勤をどうしようかと思っていました。

 まだみなさん以外の人とは話す勇気が無くて……ありがとうございます」


 にこにこしながら話を聞いていたインガに向かって彼女が話しかけた。


「みなさんはお幸せそうですね?羨ましいです」


 羨ましいという言葉にひっかかりを感じた。暗に自分は苦労しているのに……というニュアンスが感じ取れたのだ。

 インガもソリテアも苦しくてつらい目に遭ってきているのに……そう思った俺は思わず呟いてしまった。


「"苦は色を変える松の風"だぜ。

 人は誰もが皆、苦しみや悲しみを抱えて生きているもんだぜ。

 本人たちは黙っているがな。それぞれが色々抱えているもんなんだぜ」

「す、すみません。軽率でした」


「悪ぃ!素の俺が出ちまった。俺の本来の口調はこんな感じなんだ。

 怒ってるわけじゃねぇんだけど、そう聞こえちまうよな、すまん」

「いえ」


「それじゃ、メイグズ、お前さんの部屋へ案内するな。

 シオリ、インガ、ソリテア、お前さんたちも来てくれ」

「「「はい」」」


「え?どうして私の名前をご存知なんでしょうか?」

「ははは。俺は一応、神なんだぜ。それは愚問ってヤツだろ?ははは」

「な、なるほど」


「さあ、ここだ。ここは4階の一番東の部屋だ。ここを使ってもらおうと思う」

「ありがとうございます」


 中に案内して、設備の使い方等の説明をした。

 メイグズは驚きと嬉しさとが混ざったような複雑な表情を終始浮かべていた。


 メイグズが加わったマンションは、次のような部屋割りになった。


10階。東から、シン(シェルリィ、キャル、シャル)、シオリ。

 9階。東から、スケリフィ、カークルージュ、キャル、シャル。

 8階。東から、ソリテア、インガ、ヘルガ、タチアナ・ロマノヴァ。

 7階。東から、ディンク、カーラ、ゼヴリン・マーロウ、さゆり。

 6階。シェリー、ラヴ、ラフ、ミューイ。

 5階。神殿騎士試験受験生の3人が住む。最も西の部屋にシェルリィ。

 4階。東から、メイグズ。空き部屋が3部屋。

 3階。東から、ニング、ロッサナ、スリンディレ・クラルケ、

        レキシアデーレ・ストリドム。

 2階。東から、ベックス、ティーザ、レイチェ、タニーシャ。

 1階。食堂兼多目的ホール。厨房他。


 いやぁ~残り後3部屋か!?

 本当に賑やかになったなぁ!そろそろ別館でも作ろうかなぁ?



 ◇◇◇◇◇◆◆



 新しい仲間が増えたこともあり、今夜もバイキング形式の夕食となった。

 新しい仲間たちもみんな嬉しそうに夕食を楽しんでくれたようだ。よかった。



 夕食の後片付けを終えて、自室に戻ると、キャルとシャル、シェルリィが部屋を出て行くところだった。みんなはパジャマを着て、自分の枕を抱えている。


「こんやはねぇ、シオリおねえちゃんのところで、おとまりなのぉ。

 ぱじゃまぱ~てぃ~なのぉ!いいでしょ~!」

(こく!こく!)

「おやすみなさーい。がんばって下さいねー」


 ん?キャルが"くしゃっ"と妙な表情をしたぞ?なんだ?

 あ、続いてこんどはシャルもだ……?

 ああ、なるほど分かった!ウィンクをしているつもりだったのかぁ……ははは。


 シェルリィが"パチッ"とかわいらしいウィンクを決めたので、キャルとシャルが何をしたつもりだったのかが分かった。かわいいなぁ。

 やはり3姉妹に見えるなぁ……かわいい3姉妹だな!癒やされるぅ~。


 ん?なんでウィンクしていったんだ?何の意味があるんだろう?

 シェルリィが妙なことを言っていたぞ?『がんばって下さいねー』??

 何をがんばればいいんだ??



 その意味は翌朝になって分かる……

「なんじゃこりゃぁーーーーっ!!」





お読み下さり、ありがとうございます。

m(_"_)m

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