第021話 一村雨の雨宿り
「殿!大丈夫ですかっ!」
向かって右にいたマッチョマンが飛ばされていった男の方へ駆けだす!
「てめぇ!何しやがる!」
左にいるマッチョマンが俺に殴りかかる!
俺の顔に右拳を叩き込もうと強烈なパンチを放つ!
多分かなりのパンチスピードなんだろう……だが俺には、まるで止まっているかのようにしか見えない。
俺は左手の人差し指一本で男が放ったパンチを受ける。
「チッチッ……」
「おのれっ!無礼者!ヤァーーッ!」
グベェッ!………………ザザザザーーーッ!
うわぁっ!
俺はパンチを受けた人差し指を左右に振って、
『チッチッチッ!そんなヤワなパンチじゃ俺にゃあ届かねぇぜ!』
と格好つけて、マッチョマンに言ってやろうと思ったんだがなぁ……。
俺が言葉を発しかけた途端に、スケさんがマッチョマンを怒鳴り付けて、俺の左後方からものすごいスピードで俺の横に来たかと思うと、その勢いのままマッチョマンに左足中段回し蹴りを喰らわせたのだ!
男の身体はスケさんの蹴りを受けたところから不自然に折れ曲がり"逆くの字"に
なって俺の目の前を右方向へと吹っ飛んで行った。
そして、"逆くの字"のまま、上半身から着地すると、そのまま地面を削りながらしばらく滑ると止まる。今は口から泡を吹いて気絶している。
「スケさん、ありがとうな!」
スケさんはあんな恐ろしい威力の蹴りを放ったような人には見えない、爽やかな笑顔で大きく頷いた。見る者を虜にするような素敵な笑顔であった。
カクさんとさゆりは、カーラを守るようにしてあたりを警戒している。
突如俺の周りがシールドに包まれた!
何事かと思い振り返ると、そこにはおエンが忍刀を逆手に構えて立っている。
その姿が目に入った瞬間、シールドにファイヤーボールが当たり、跳ね返されていった。
殿と呼ばれる男のもとへと駆け寄ったもう一人のマッチョマンが俺にファイヤーボールを放ったのだ!
「おうっ!おエンか!助かったぜ!ありがとうな!
見事なシールド展開だったぞ!
ちゃんとシールドを使い熟しているな! さすがだ!」
「はっ!ありがとうございます!」
実は、最初に、男の後ろ襟を掴みに行く前に、すでに俺は全身に薄くシールドを展開していたので、たとえ、さっきのファイヤーボールが直撃したとしても問題は無かったが、それを言っちゃぁお終いだから当然黙っておく。
「忍刀の使い勝手はどうだ?問題があれば直してやるぞ?」
「いえ、バッチグーです!最高です!」
「は・は・は……。そうか。ならよかった」
着実にバッチグーは浸透して行っているようだ……。ふぅ。
「おのれっ!慮外者め!許せませんわ!ヤーーーッ!」
ギャヘッ!ググ………………ザザザザーーーッ!
渾身の一撃であるファイヤーボールが弾き飛ばされてマッチョマンは愕然としていたが……。
カクさんがマッチョマンを怒鳴り付け、即座に高速でマッチョマンのところへと移動して右中段回し蹴りを喰らわせたのであった!
マッチョマンの身体は、カクさんが蹴りを入れたところから不自然に"くの字"に
曲がり、もう一人のマッチョマンが伸びている近くまで飛んで行くと、頭から着地してから、顔で地面を削りながら滑っていった。
今、マッチョマン二人が並んで伸びている。 二人とも白目で口からは泡を吹いている。
「カクさん、見事な蹴りだ!」
「いやん!ダーリンの前でお恥ずかしいですわ」
さゆりとカーラはカクさんを見ながら力なく笑っている。
◇◇◇◇◇◇◇
「お姉さん!大丈夫でしたか?」
「ああ……カーラちゃん!……はっ!神様!」
カーラの義理の姉が俺に気付いて跪いた。
その様子を家の中で見ていたのであろう、他の家族たちも外へと急いで出てくると俺の前に全員が跪く。
「ああ、みんな立ってくれ!そんなことしなくても……跪かなくてもいいから!
俺たちは忍びの旅だ。気を使うな」
カーラの実家には、俺たち全員が入って話ができるような場所がなかったので、家の外に、いつもの野営用のテントを設置して、その中のロビーで話をすることにした。
カーラの義姉に、無理な要求を突きつけていた男どもは、スケさん、カクさんに怪我を治療させ、ロープでグルグル巻きにして、猿ぐつわをかまして外に転がしてある。
キャルとシャルよりも1つ小さい双子ちゃんたちが、俺が出したケーキを美味しそうに食べている。口の周りに生クリームをいっぱいつけてもぐもぐしている。
「美味しいかい?」
双子ちゃんふたりは"こく!こく!"と揃って頷いている。かわいいなぁ。
さゆりに双子ちゃんの面倒を任せ、他のみんなは、大人たちだけで会話ができるように、子供たちから少し離れた位置へと移動した。
「大体想像はつくが……あの野郎とはなんで揉めてたんだ?」
「はい。あの方は領主様で、13歳になる息子さんがいらっしゃるのですが、その息子さんの……そのう……」
「小作料を免除してやるから、その代わりに、息子に"性の手解き"をしろと言ってきたんだろ?違うか?」
お義姉さんは頬を染めながら俯き加減に頷く。
「そんな話は無視しろ!俺が守ってやるから心配するな!
そんな話は無理強いするようなモンじゃねぇってんだ!ったくバカ親が!」
「はい。そうします。ありがとうございます」
それから、俺とカーラは植物プラントへの移住の話をした。
当初はカーラの家族は、カーラの兄との思い出がいっぱい詰まったこの家や土地から離れるのがつらい……と言っていたが、子供たちの未来を第一に考えて、移住することを決意した。
「それで……いつ移住する?俺の方は今日でもいいぜ?どうする?」
「村のみんなへの挨拶もありますし、1週間ほど時間をいただきたいのですが?」
「もうちょっと早くならねぇか?一応俺の方で釘は刺しておくが、バカ領主の動きの方も気になるしなぁ……」
「それでは、3日間、お時間をいただけませんか?」
「それは全員が残らねぇとダメか?領主のバカ息子の件もあるしな、ダニエーレとシャイラ、シェレイだけでも先に俺たちのところに来てもらった方がいいと思うんだがな。どうだ?」
ダニエーレというのはカーラの義理の姉で、その子供が、シャイラとシェレイである。
どうも嫌な予感がするから、この3人だけでも、無理にでも、連れて行きたいと感じている。
ダニエーレは義理の両親の顔色を窺っている。
「ダニエーレ、お前さんは今日中に挨拶回りを終えられねぇのか?」
「……私はこの村の生まれではありませんので、このご近所だけ挨拶すれば大丈夫ですが……」
ダニエーレは義理の母親の顔をチラチラと見ながら話す。
「よしっ!じゃぁ、3人は今日連れて行くことにする。いいな!」
カーラの父、フロリアンと母、マリーエが何か言いたそうだったが、それを飲み込んだようだ。
「そうだ!いいことを思いついたぞ!毎日俺が送り迎えしてやる!
そうすればみんな一緒に今日から俺たちのところで住める。どうだ?」
「そんな……神様にそのようなことをしていただいては罰が当たります」
「ははは。妙なことを言うなぁ、罰をあてる方の俺がいいって言ってんだぜ?
何も問題はねぇよ。まぁ、お前さんたちが嫌だと言うんなら話は別だがな」
「お父さん、お母さん、一緒に行こうよ。ね」
まだそんなに年を取っているわけじゃないのに、どうもフットワークが重いな。
保守的な性格なんだろうかな……。
「今から新居を見に行ってみるか?すぐに帰ってくればいいから……。どうだ?」
「そう……ですね。はい。お願いします」
なんかマリーエは…お義母さんは不安そうだな。
◇◇◇◇◇◇◆
「ここがお前さんたちに住んでもらう新居だ」
「うわぁ~、しゅっご~い!大き~い!」
「うん!うん!」
おっ!子供たちの反応は上々だな。
カーラの家族を連れて俺たちは一旦神殿へと戻ってきた。
といっても、カーラの家族が入居する予定の植物プラント兼住居の方に転移してきたのだが……。
もちろん、シオリには念話で知らせてある。報・連・相は大切だからな。
「こ、こんな、こんなすごい家に住まわしてもらってもよろしいのでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも!好きに使ってくれていいからな!
俺の大事な嫁さんとなる人の家族なんだからな。遠慮は一切無用だぜ!」
お?フロリアン、お義父さんの表情が良くなったな。不安が消えている。
おお?お義母さん、マリーエも顔が輝いているぞ。好感触だ!
「ああ、カーラ。お前は孝行者だね。良い旦那さんを見つけたね」
「ありがとう。お母さん。私、すごく幸せだよ。怖いくらいだよ。
私は部屋を別にもらっているけど、こうしてすぐ近くに家族がいてくれるのは、本当に心強いし嬉しいの。……でもすごいでしょ?見たこともないものがいっぱいあるでしょ?」
「どうだ?みんな気に入ってくれたか?」
"はいっ!"
全員が嬉しそうにしている。よかった。
みんなが植物工場の方へ移動し始める。
ダニエーレは、最後まで住居階に残っていた。
みんなが下の階へと降りるのを待ってから俺に話しかけてきた。
「上様、領主様の無理強いからお救いいただいた上に、こんなに素晴らしい住まいと農地を与えて下さるなんて……。なんとお礼を申し上げたら良いのか……。
本当にありがとうございます」
「いや。気に入ってもらえて良かったよ。
……お前さん、旦那さんを早くに亡くしてつらかったなぁ。
義理の両親を見捨てて実家に帰ったとしても不思議じゃねぇのに、これまでよくがんばってきたなぁ~。子育てだけでもすげぇ大変だっていうのに、ホント、頭が下がる思いだぜ」
「いえ、そんな……」
思わず、俺はダニエーレの頭を撫でていた。
カーラの義理の姉、ダニエーレがふとした瞬間にとても暗い表情を見せるので、気になって魂の履歴を確認してみたのだ。
そうしたら、夫を亡くした後、結構ひとりで色々と抱え込んでしまっていることが分かった。
余所から嫁いできてそれほど年月が経ってないので、気の置けない友達も無く、パンク寸前にまで追い詰められていたのだ。可哀想に……。
見かけは俺の方が年下なんだが、俺の心はオッサンだ。
色々ひとりで背負い込んで、誰にも相談できず、一所懸命に、健気にがんばっている若い娘さんを見ていて、思わず我が娘のように愛おしくなってしまった。
だから、俺は思わずダニエーレの頭を撫でてしまったのだ。
「ここに住むようになれば、生活も、ちぃ~とは楽になるだろう。
お前さんの自由になる時間も増えるだろうし、これからは自分のやりたいこともいっぱいしろよ。
この神殿地区に住んでいるのは、気持ちの優しいヤツらばかりだ。困ったことがあれば遠慮せずにどんどん周りを頼ればいいぜ。
もちろん俺に相談してくれてもいいぜ。大歓迎だ。
ひとりで背負い込むようなことだけはするなよ。いいな?」
「はい。ありがとうございます……ううう」
ダニエーレは涙を流す……。
ひとりで本当にがんばってきたんだなぁ。心から応援したくなる!
母親がちっとも下の階に来ないので、子供たちが様子を見に来た。
そして、俺がダニエーレの頭を撫でているのを見てしまった。
「神ちゃま、あたしもいいこ、いいこ、ちてぇ~」「あたちも~」
「ふたりともいい子、いい子。かわいいねぇ~。いい子だねぇ~」
右手で双子の姉、シャイラを、左手で妹のシェレイの頭を撫でる。
「えへへぇ~」「でへへへぇ~」
この子たちもキャルとシャルの友達になってくれるといいな。
ダニエーレは、母親らしい慈愛に満ちた眼差しで子供たちを見ている。
その表情からは暗さが消え、希望さえ感じられるような微笑みを湛えていた。
◇◇◇◇◇◆◇
俺たちも植物プラントの方へ降りてきた。今いるのはこの建物の2階だ。
「どうだい?お義父さん、お義母さん。気に入ってもらえたかな?」
「「はいっ!」」
おお、こちらへ来る前とは別人のように生き生きとしている。
「ここに寝泊まりしてもいいんじゃねぇか?
ヴァルジャン村へは送り迎えしてやるからさ。どうだね?」
「これほどまで快適だとは思いませんでした。神様が仰るように、ここに寝泊まりするようにして、引っ越しの挨拶回りとか、雑務はここから通うようにしようかと思いますが……神様のご負担になりませんか?」
「お前さんたちは、俺の大切な大切なフィアンセの家族なんだぜ。
つまりは、俺の家族と言ってもいい。
だから、遠慮は無しだぜ。こっちの都合が悪ぃ時にはそう言うしな。
俺の仲間が手伝ってくれるだろうし、まったく問題はねぇよ」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
いやぁ~、思惑通りに事が進んで良かった。
あのバカ領主が何かしねぇとも限らねぇしな。ここで寝泊まりしてもらった方が何かとやりやすい。良かった。
ん?何か忘れてしまっているような気がするが……ま、いいかっ!
脳裏に、ロープでグルグル巻きになっているマッチョマン二人とバカ領主の姿が一瞬過る……。
◇◇◇◇◇◆◆
スケさんとカクさんと一緒に、ヴァルジャン村へと戻ってきた。
俺はバカ領主をどうしたものかとずっとずっと考えている。
バカ領主の名前は、ロゲル・フンク。男爵らしい。
このヴァルジャン村を含む近隣5村を支配下に収めている。
領主の館は、領内で最も大きい、ここヴァルジャン村にある。
「おい!お前!領主の分際で上様の家族となられるお方に対し、無礼な振る舞い!当然、覚悟はできておろうな?」
領主と二人のマッチョマンは、今、ロープで縛られて、正座させられてはいるが猿ぐつわは外されている。
スケさんの言葉に……
「な、なな、何のことだか分かり兼ねるのですが……」
女性であるスケさん、カクさんではここから先の話は言いにくいだろう…と俺がこの先を引き取る。
「てめぇのバカ息子を"男"にするために、俺の義理の兄嫁に性の手解きをさせようとしただろうが?とぼけても無駄だぜ?
しかも、てめぇは、あろうことか初夜権なんて権利も行使しているらしいな?」
「そ、それは、領主としての権限の範囲なのですが……」
「俺の身内をバカ息子に犯させることがか?殺されてぇのか?てめぇ」
「い、いえいえ……初夜権の方です。ダニエーレ様のことは大変申し訳ありませんでした。本当に知らなかったんです」
「てめぇなぁ。知っているかどうかの問題じゃねぇし、俺の身内でなけりゃやっていいってもんじゃぁねぇんだよ……ったく!
嫌がる女性に無理矢理"性の指南"をさせようとしたこと自体が問題だっつうの!
分かってるのか!?クソ野郎がっ!」
「……」
「初夜権の方もそうだ。なんでてめぇが大切な花嫁を最初に抱く!?
てめぇの欲望を満たしてぇだけだろうが!?違うか!?ひひじじい!」
「いえ、この村では古くから血の穢れを嫌うのです。血には悪魔が宿っていることがあると信じられています。
ですから、神殿から領主として任命された私が、危険を顧みず、初交時の出血に悪魔が宿っていないかを確かめるのです。決して私欲のためではありません」
「"理屈と膏薬は何処へでもつく"とはよく言ったもんだぜ!
つけようと思えば、どんなことにでも理屈がつくもんだなぁ…ったくよおっ!
屁理屈をこねるな!クソ野郎が!
今後は初夜権も性の指南を強要することも一切禁止だ!
これは神である俺の命令だ!分かったな!?」
強烈な威圧を込めて命令する。
「ひぃーーーっ!」
「いや手っ取り早く、てめぇの一族郎党を皆殺しにしてやる方が早えかぁ……」
「ひぃーーーっ!ど、どどど、どうか、お許しを!」
「スケさん、カクさん、ちょっとその辺を散歩してきてくれ。
お前さんたちには見せたくねぇことを今からコイツらにするからな」
「「はい。承知しました!」」
スケさんとカクさんが村の中央にある広場の方へと歩いて行った。
「さぁ、てめぇら、俺の命令を絶対に守ると約束できるか?どうだ?」
「や、ややや、約束します!絶対に守ります!」
「他のヤツらにもちゃんと守らせろよ?いいな?」
「「「はいっ!」」」
「約束を破ると……四肢粉砕!」
"ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!"
「修復!」
「この10倍は苦しんで死ぬことになるぜ。分かったか?」
"こく!こく!こく!こく!"
3人はすごい速さで頷く。
「本当に分かっているのか?……四肢粉砕!」
"ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!"
「修復!」
これを3人の心が完全にへし折れるまで続けてやった。
「修復!……いいか?約束を違えたら、この程度じゃ済まさねぇからな!
地獄の苦しみを味わわせながらじっくりと殺すぜ。いいな、分かったか?」
「はぁはぁはぁ……はい。や、約束は…ぜ、絶対に守りますぅ…はぁはぁ…」
ナノプローブを3人の体内に注入。
何らかの行動がなされた場合に必ず呼び出されるイベントに、約束を破るとナノプローブが活動し出して、激痛を伴いながら身体を腐らせるようにプログラミングしてやった。
「ようし……。取り敢えずは勘弁してやる。……拘束解除!」
領主、ロゲル・フンク男爵とその供の者は這這の体といった感じで逃げるように去って行った。
◇◇◇◇◆◇◇
その日の夜、領主、ロゲル・フンク男爵の館。
領主、ロゲル・フンク男爵は、嫌がるひとりのうら若き女性の腕を掴みながら、寝室へと入ってくる。
「はははははっ!いくら神だろうとすべてを監視できるわけがない!こっそりと分からないようにやってしまえば、バレるわけが無い。ははは」
強引に女性の腕を引っ張り、女性をベッドの上に仰向けに倒す。
女性は青い顔をして震えている。
「ひひひっ!その仕草がたまらんなぁ……これだから生娘はいい!」
男爵は女性に馬なりになると、女性の胸を揉もうとする。
今まさに初夜権を行使しようとしているのだ。
ぐはっ・・ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!
突如、男爵は絶叫すると、ベッドの上から転げ落ちた!
女性はその声に驚き顔を引き攣らせてガタガタと震えている……。
うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!
「殿!どうされましたっ!」
二人のマッチョマンが飛び込んできた!
その目の前には、絶叫しながら床で転げ回っている男爵の姿が!
ジワジワと死臭にも似た異臭が部屋の中に漂い出す……。
男爵の身体は、見る見るうちに、手足の先から溶けるように崩れ落ちていく。
腐ってドロドロになり、骨が露わになると、その骨は粉々に砕けて霧散する。
あまりの激痛のためか、男爵はすぐに意識を手放した。
いや、強烈な痛みに堪えきれず、絶命してしまったようだ。
鉄さび臭と強烈な腐乱臭があたりには漂う……。
あまりの臭いと光景に堪えきれずベッドの上で女性は嘔吐した後、手で口と鼻を押さえながらベッドから転げ落ち、ふらついた足取りでこの部屋から逃げていく。
マッチョマン二人は、目の前の光景に腰を抜かし、失禁した。
口と鼻をハンカチで覆いながら、ガタガタ震えている。
「「し、神罰だ…」」
まるでタイミングを計ったかのごとく、二人の口から同時に呟かれた。
この地の領主である、ロゲル・フンク男爵が転がっていた床には、強烈な異臭を放つ、ドロドロの汚物のようなゲル状の物質があるだけだった。
この事は、世間の口の端に上り、すぐに神国全土に知れ渡る。
そして、後に、神国には初夜権を行使するバカ領主は一人もいなくなるである。
◇◇◇◇◆◇◆
時間を戻そう……。
領主、ロゲル・フンク男爵とその供の者を解放した後、俺はスケさんとカクさん
と合流すべく、村の中を見物しながら歩いている。
マップで確認し、スケさん、カクさんがこの村にある神殿にいることが分かっている。転移すれば簡単なんだが、折角だから歩いて神殿に向かいながら、この村を見て回っている。
この村は、"村"とは呼ばれているが、ちょっとした町のようだ。
暫くするとにわか雨が降ってきた。
近くに雑貨屋のような店があったので、そこへ急いで移動し、店の軒下で雨宿りすることにした。この雨だとすぐに止みそうだから待つことにする。
雨音を聞きながらボーッと周りを眺めていると、路地から、神官服を着た10歳くらいの女の子が出てきて、雨宿りするために、俺の隣にやって来た。
「すみません。ご一緒してもいいですか?」
「ああ、いいとも」
少女は、手で服についた雨を払っている。
ふと見ると、袖からのぞく白い腕には、青アザがいっぱいできていた。
少女の目線に合わせると、青アザが見えた腕を優しく掴む……
「ちょっと見せてごらん」
「あっ!だめっ……」
やはり青アザがいっぱいできていた。
アザの周りが黄色くなりつつある古いものから、ついさっき、つけられたと思われるものまである。痛々しくて見ていられない……。
「修復!」
少女は瞬時にアザや傷が癒えていくのを見て驚いている。
「どうしたんだい?誰にやられたの?話してごらん?」
と言いつつ、眉間の印を輝かせ、それを人差し指で指す。
「ああ、神様……ううう……」
少女は嗚咽する。
少女が落ち着くまで、俺は彼女の頭を撫でながら待った。
少女の話では、彼女は神官見習いであり、村の神殿にいる神官の"側仕え"をしているとのことであった。
彼女は孤児であった。神殿で育てられながら神官を目指している。
この彼女が側仕えをしている神官がクソ野郎だった。
彼女がほんのちょっとしたミスをしただけで、神官は殴る蹴るの暴力を振るう。
"お前なんか生きている価値がない!"とか、
"死ねばいいのに!"とか……暴言もしょっちゅう吐くらしい。
つい先ほども、酷い暴力を振るわれ、暴言を浴びせられて……可哀想に目の前の10歳の少女は、遂には我慢ができなくなり、神殿を飛び出してきたらしい。
神殿にはもう戻りたくない……死のうかどうしようかと悩みながら歩いていると雨が降ってきた……
それで雨宿りをしようとしたら、そこに俺がいたというわけだ。
一瞬、同じように虐待され続けてきたインガの顔が頭を過る……。
少女は、たまっていた感情を吐き出すかのごとく号泣している。
雑貨屋を始め、周りの建物から人々が、何事かと思って顔を出す。
まるで、俺がこの子に酷いことをしているかのように、人々の目には映っていることだろう……だが、そんなこたぁ、気にしていられない。
「可哀想に、つらかったなぁ。よく堪えて生きていてくれた。ありがとうな。
俺が必ず助けてやるからな。安心おし。なっ?」
「うう……。わ、私を助けて…助けて下さるの?」
「ああ、もちろんだとも。俺に任せろ。
こんな理不尽な暴力は絶対に!絶対に許さないからな!」
"一村雨の雨宿り"
……まさにその通りの状況だな。これも何かの縁ってやつだよな……。
「シェルリィ、お前さんみたいな目に遭っている子は他にもいるのかい?」
「えっ?神様……なんで私の名前を知っているのです?」
「ははは。神は何でも知っているのだよ。ははは」
当然、ステータス画面で確認しただけなんだが……。
シェルリィの他に、酷い目に遭わされている子はいなかった。
クソ神官、リーフ・ヴェンデルの付き人をしていたシェルリィだけが、酷い目に遭わされていた。
「シェルリィ、この村を出て、俺たちと一緒に住まないかい?」
「……どうしたらいいのか分からないです」
「まぁ取り敢えず俺たちのところへ来てみて、嫌だったらまた考えるってのはどうだい?」
シェルリィは、暫しアゴに手を当てて、小首を傾げながら考えていた……。
……"はにかんだ"ような表情を浮かべながら、俺からの提案を受け入れる。
「……はい。そうします。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくね。優しいおねえさんがいっぱいいて楽しいと思うよ」
シェルリィはにっこりと笑った。先ほどまでの暗い表情が嘘のようだ。
「シェルリィ、嫌かも知れないけど、一度神殿に行くよ。大丈夫、俺が側についているからね。リーフ・ヴェンデルには指一本触れさせはしないからね」
「はい」
俺はシェルリィを連れて、スケさん、カクさんのいる神殿へと転移した。
先ほどまでの雨は既に上がっている。
「スケさん、カクさん、待たせたな」
「「いえ」」
「ところで……その女の子は?」
「ああ、この子は、この神殿の神官見習いだったシェルリィだ。今日から俺たちの仲間になった。よろしく頼む」
スケさんとカクさんには事の次第を語って聞かせた。
「そんな神官がいるだなんて!許せません!成敗してもよろしいですか!?」
「ホント、こんなかわいい子をいじめるなんて……ゲスの極みですわ!」
スケさんもカクさんも激怒した!
俺たちは4人で、神殿の礼拝所で話をしている……。
そこへ、ひとりの神官らしき男が、外出から帰ってきた。
「シェルリィ!いったい何処をほっつき歩い……はっ!……どこにいたのですか?捜しましたよ」
おいおい、俺たちの顔を見て急に言葉遣いを変えたぞ?
シェルリィが俺の後ろへと隠れる。ブルブルと震えている。可哀想に。
「やい、リーフ・ヴェンデル!てめぇ、よくも俺の大事なシェルリィをずっと虐待し続けてくれたな!報いを受けさせてやるからそこに直れ!」
「誰なんですか!あなたは!妙な言いがかりをつけると許しませんよ。衛兵を呼びますよ」
「腐れ外道がっ!黙れっ!このお方の額の印が目に入らないかっ!
畏れ多くも、我らが主、神様であらせられるぞ!
えええーーいっ!頭がたかーーいっ! 控えおろうっ!」
某有名時代劇で"印籠"を出した時に流れる曲が聞こえたような気がした……。
リーフは俺の眉間を凝視すると見る見るうちに顔色は青くなり、その場で土下座した。
神官、リーフ・ヴェンデルの魂の色は赤だ。
魂の履歴を確認すると、シェルリィの他にも過去に何人もの子供たちを虐待して殺してきていることがわかる。死刑は確定だな。
「おい、クソ野郎っ!てめぇ、シェルリィの他にも、これまで何人もの子供たちを虐待死させているだろ!俺はてめぇを絶対に許さねぇからな!覚悟しろ!」
「お、おお、恐れながら、まったく身に覚えはございません。しょ、証拠はございますでしょうか?」
「スケさん、カクさん、悪ぃが、シェルリィを連れて、ちょっと外で待っててくれねぇかな?」
「「はっ!承知しました」」
スケさん、カクさん、それにシェルリィが外に出ると、リーフ自身の魂の履歴をリーフに見せてやる。
「どうだ。てめぇがしてきたことはすべて記録してある。どうした?反論があれば聞いていやる」
「んぐぐぐっ……」
「選択肢をやろう!魚の群れに喰われるのと、魔獣の群れに喰われるのとどっちがいい?選べ!」
「……」
選べないよな。こんな選択肢を突きつけられても。
「ど、どどど、どういうことですか?」
「人を喰う巨大な肉食魚に喰われて死にてぇのか?それとも、魔獣に喰われて死にてぇのか?どっちでも好きな方を選べと言っているんだよ。さあ、どっちだ?」
「そ、そそそ、そんなの選べません!」
「じゃあ、俺が選んでやるぜ!魚の方にしといてやる」
「ま、ま、ままま、待って下さい!こ、心を入れ替えますから、どうか……」
「転送!」
ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ……
神官、リーフ・ヴェンデルは、絶叫しながら消えた。
お読み下さり、ありがとうございます。




