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カノプスの壺  作者: 二上恵美
13/13

ここから はじめたい

こんな時間に誰だろう。酔っ払いだろうか。どんどんと何回かノックされたドア。少し静かになった後に小さな声が聞こえた。


「花蓮さん、花蓮さん。絹田花蓮さんはいませんか? 」


ぎょっとしてベットから立ち上がった花蓮は思わずドアホールから外を覗いた。


(ラ、ライオネル!なんでここに?)


深夜だというのに花蓮は勢いよくドアを開けていた。開けた瞬間に足元から素早く何かが飛び込んできた。その後、ライオネルがぐっと自らの身体を押し込んできたので花蓮は思わず後ろに倒れそうになった。

そうして、ライオネルの腕に引き戻されて、いつの間にかその胸の中に収まっていた。


「絹田…花蓮さんというのですよね?僕のこと、覚えていますよね? 」

「ラ、ライオネル…ですよね。覚えてますよ 」


花蓮の足元にロボがまとわりつく。まるで、自分のことは覚えているか?と確認するように。


「覚えてるよ、ロボのことも 」


クゥーンとロボが可愛らしく、だが低い声で鳴く。その後、なんとロボの口がパクパクと動いて…


「本当に、久しぶりだ。花蓮 」


と告げられた。


花蓮はまじまじと足元を見る。え?話した?この、狼犬のロボが話した?


「ライオネルのこと、もう見捨てないでくれ。こいつと一緒にいてくれ。頼む 」


ロボがお辞儀をする。


「いや、なんでロボがそんな大事なところを僕の代わりに言うんだよ!それは!僕が言わないと意味がないだろっ 」

「ちょっと、夜なんだから大きな声出さないでよっ! 」

「あ、ご、ごめん… 」


ライオネルがしゅんとして項垂れる。花蓮は、久しぶりに会ったライオネルの胸の暖かさをつい先日のことのように感じて、ぎゅっと自分からライオネルの背に腕をまわした。



もう、頻繁に居所を変える必要もないのに花蓮は数か月ごとに住まいを変えていた。単純に引っ越しをやりだすとハマってしまって、イドラに頼んで住処を探してもらっている。

田舎に住むと目立ってしまう恐れもあるので、なるべく都会や観光地を選んで暮らしている。


「ごめんなさい…私のこと、探してくれてたんですね。私、あの時みんなに説明せずに出てきちゃったから 」


あの時、ファーガソン家のイライアスとファーレン、そしてイドラとマリィにだけ真実を告げて花蓮は屋敷を出たのだ。マリィは大変花蓮のことを心配して、自分の婚家に来るように強く誘った。

花蓮は丁寧に辞退して、一人で屋敷を出た。周囲から気遣われることに疲れていたのかもしれない。


「秘書としての仕事も中途半端でした。ごめんなさい。辞表も出さずに辞めてしまって… 」

「いや、それは! それはいいんだよ。事情はファーレンから聞いたから。それに、僕も君のことを追いかけていて、こんなに時間もかかって。夜なのに押しかけてきて、気持ち悪い奴って思われても仕方ないと思うし… 」


一人早口で話し出したライオネルのふくらはぎにロボが噛みつく。


「ウジウジすんな。ちゃんと花蓮に言え 」

「いっ、痛い!噛むなって言ってるだろ、ロボ 」

「ちょっと、ロボ!ライオネルのこと噛まないであげてよ! 」

「しかし、こいつがウジウジとしているから私は仕方なく… 」


花蓮は狼犬が人の言葉を話しているのに、違和感なく接していた。


「いつから話せるの? 今、いくつなの? なんで? もしかして、あなたも人間の魂を持っているとか? どうなの? 」


ソファに腰かけた花蓮は、ライオネルよりもロボに興味津々だ。


「私のことは後でいくらでも教えてやるから、とりあえずライオネルの話を聞いてやってくれないか? 私は席を外すから 」


そう言うとロボは静かに隣の部屋へと姿を消した。



静かだ。

二人とも何も話さない。何を話せばいいのか、ずっと考えていたのに、いざ会ってしまうとライオネルには花蓮に何と声を掛けるべきなのか思いつかなかった。


花蓮はそんなライオネルの横顔を窺う。


「久しぶりに会えたんだし…明日はご飯でも行きます? 」


花蓮からの誘いにライオネルは首を振る。


「明日は仕事があって…ここから移動しないといけないから… 」

「そうなんですね…。じゃあ、また今度!まあ、今度、私がここに住んでるかは微妙ですけど… 」


明るい花蓮の声に被せるようにライオネルが声を出す。


「そんなこと言わないで欲しい 」

「え? 」

「今度って…!すぐ会えるようなこと言わないで欲しい。そんなこと言って、今回も3年かかった 」

「いやいや、だから、大きな声は出さないでくださいって 」

「じゃあ、どうすればいいんだよ! 」


ライオネルがいきなり、強い力で花蓮を抱きしめた。あまりにも強すぎるために、花蓮が「ぐふっ」と女にあるまじき声を出していた。肺から空気が締め出されるような痛みだ。


「い、いだい…(痛い…)、や、やめで…ぐださいぃ… 」

「あ、ごめん! 」


ライオネルが花蓮を急いで開放する。花蓮はむせて何度も深く息を吸った。


「なんなんですか…ちゃんと話をしてください…。私、変なこと言いましたか? 」

「いや、変ではないけれど。その、男が何年も君のことを探していて、しかもこんな夜中に訪ねてくるということは、まあ、そういうことだということだと、君はわかるだろうか? 」

「そんな、回りくどい言い方…。その、私のこと、気になっているということですよね?間違っています? 」

「いや、間違いじゃない。君がいなくなって、このまま諦めようかとも思ったが、事あるごとに君の姿がチラついて…。どうにも忘れられないのだ 」

「そ、そんなに? 」


今までにない情熱的なライオネルの口調に花蓮は頬が熱くなるのを感じた。


「君さえよければ、また僕の秘書として働いて欲しい…というか、傍にいて欲しい…と思っていて。ど、どうかな? 」

「秘書として、ですか? 」

「う、うん。その、まあ、なんていうか。君さえよければなんだけど…、どうかな? 」


花蓮は小さくコホンと咳をする。


「それは、本当にうれしい申し出です。謹んで、お受けしたいと思います 」


花蓮はぺこりと頭を下げた。



あの日、イドラと褥を共にしてから花蓮は男と同衾はしていない。

日本には絶対に帰ることはできない、と腹をくくった。ファーガソン家から援助は受けているものの、このままでよいとは思えなかった。自立するために、花蓮はこの世界で女性ができる仕事を探していた。例えば飲食店や会社の帳簿をつける仕事。これは女性にも許されている仕事で、なおかつ給金が高い。

専門的な知識が必要だが、仕事の研修を受けてみて花蓮は自分でもできると大いに自信を持っていた。

男に頼るより、自分の腕で生活する方が精神的にも安心できるに違いない。

そう思っていた矢先の、これである。


だから、この申し出は嬉しい。

花蓮としてはライオネルの「秘書として」傍にいて欲しいという言葉を、取りあえずは額面通りに受け取らせて貰うことにしたのだ。

もちろん、女性として求められているということはわかる。


しかし、それにつけこんで、すべてを相手に委ねてしまうほどには自分は若くない。相手を支えて、また相手にも支えられ、対等な立場で立っていたい。だから、まずは秘書として、仕事を完璧にこなしたい。花蓮は強く思った。



久しぶりに青海に戻ってきた。

ライオネルと花蓮。そしてイドラの3人。


花蓮は髪を茶色く染めて、本名の「キヌタ・カレン」を名乗ることにした。生まれは遠い異国。海を越えた島国の出身。


相変わらずの様子の屋敷には変わらない様子のグレイと、成長したディレイ。そして侍女のラミが花蓮を出迎えてくれた。ラミが涙を浮かべて花蓮を抱きしめる。


「本当に、お会いしたいと思っていました…。居場所くらい教えてくださっても、よかったではないですか 」

「ご、ごめんね…でも、みんなに合わせる顔がなかったと言うか 」

「あぁ!水臭い! 」

「ほんと、ごめんってば! 」


そんな二人の様子を微笑ましく全員が見ている。ライオネルの秘書のグレイが「お前の方が俺よりも後から来た新人秘書ってことになるんだから、思いっきりこき使ってやるよ 」と花蓮の肩を軽く叩く。

ディレイが照れくさそうに「村にも一緒に飯を食いに行きましょうね! 」と声を掛けてくれる。

花蓮は飛び切りの笑顔でそれに応えた。


「みんな、これからよろしくね… 」


そんな花蓮を輪の外からライオネルが優しく見守っている。

これからは、彼女とともに歩く。今すぐは無理でも、いずれ自分を受け入れてもらう。


ライオネルは、静かに決意していた。





ここで完結です。

ここからは推敲などを何回か行い、加筆訂正をするかと思います。色々とご感想などもいただければと思います。ありがとうございました。

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