エピソード6*魔王さまと魔法
お風呂から上がって鉄季君に案内されるまま食堂へ入った私は先に席に座っていた黒須磨君にお風呂のお礼を言おうと口を開きかけたが、彼の背から立ち上る異様な黒い気配に足が竦んだ。
なぜだろう、なんだかものすごく怒っているような気がします!
子犬のように小刻みに震えながら鉄季君の背に隠れると、彼は黒須磨君を見て不思議そうに首を傾げた。
「ユキ、なんか機嫌悪い?」
恐れ知らずな鉄季君、ストレートに聞くと黒須磨君はふんと不機嫌に鼻をはならして私をちらりと見た。
「君、今日からここに住んでいいですから」
『え!?』
黒須磨君の言葉に私と鉄季君の叫びがハモッタ。
鉄季君はなにか幽霊でも見ているような目で黒須磨君を見詰めると、黒須磨君は手に持っていた紅茶を静かに飲んだ。
「帰る必要はないと判断しました。どうせ行くあてもないのでしょうからここに住んでいいと言ってるんです」
その言葉で私はなんとなく察した。
……お父さんが電話に出たんだ。
なにを話したのか大方見当はつく。黒須磨君には悪いことをしてしまった。
「あの人間嫌いが珍しい。まあ、サキちゃんが新しい同居人になってくれるっていうのは嬉しいけど」
感情の見えにくい顔でそう言われてちょっと背筋が冷えた。またなにか実験的なものに付き合わされたらたまったものではない。
「二人とも席についたらどうです? さきほどから後ろでゴーレムが待ってますよ」
慌てて振り返ると本当に人間にしか見えないゴーレムが温かな湯気をゆらめかせる食事を運んでいた。
どの席に座るべきか迷っていると鉄季君に背中を押されて黒須磨君の隣の席に座らせられ、彼自身は向かい側に腰を降ろす。
それを待って、メイド姿のゴーレム達が食事を運び、食卓はあざやかに彩られた。
「いただきます」
「いただきまーす」
「い、いただきます……」
こんな豪勢な食事、食べたことないです!
震える手でフォークとナイフを掴む。テーブルマナーなんて分からないが、たぶん二人とも私が失敗しても怒らないだろう。
二人の見よう見まねでお肉を切って、口に運ぶ。温かな味わいが口の中に広がり、心の底から震えが走った。
「サキちゃん? 泣いてるの?」
「え?」
鉄季君の言葉に顔を上げれば、ぽろりと目から涙が零れた。
「あ、え? えっと、あれ?」
あとからあとから溢れ出してくる涙にせっかくのお肉の味がしょっぱく変わる。
どうしようもなく胸が苦しい。
「口に合いませんでしたか?」
ぎょっとした様子でこちらを見ながら黒須磨君は、そっとハンカチを差し出して来た。私はそんな高そうなハンカチで涙を拭くことはできず手で拭いながらぶんぶんと首を振る。
「いえ、すごく美味しいです! ただ……こんなあったかいご飯、久しぶりで」
そうだ、いつもお父さんの後にこそこそと小さくなりながら台所の隅で冷たいご飯を食べていたから、こんなにあったかいご飯は久しぶりだったのだ。
あったかいご飯ってこんなに胸いっぱいになるもんなんですね……。
「……そう」
お父さんと話したのであろう黒須磨君は悟ったようにそれ以上はなにも聞いてこなかった。鉄季君も突っ込んではこない。それがすごくありがたかった。
食事を終えると、黒須磨君は屋敷の案内してくれた。
思った通り、とんでもなく広い屋敷で一度だけでは覚えきれない。しばらくは迷子になりそうだ。
「道に迷ったら近くのゴーレムに話しかけてください。行き先を告げれば案内してくれますよ」
不安げな顔をしているのがバレたのか黒須磨君は溜息をつきながらそう言った。
色々案内してもらっている中、頭がぐるぐるになりながらも必死についていっていると、ふと窓の外が気になった。相変わらずこの家の上にだけ暗い雲がかかっており、外は薄暗い。庭も木は枯れ、花の一輪も咲いてはいなかった。
「…………ここで花は期待しない方がいいですよ」
庭を見ていたのに気が付いたらしい黒須磨君は私の心を読むようにそう言ってきた。
「なぜここでは花が咲かないのです?」
「…………そうですね……ついて来てください」
階段を下り、食堂を通り抜けた先に裏庭へ行く為の扉があった。それを開け、私達は庭へと足を踏み入れる。
黒須磨君は無造作に小さなプランターを持ち上げると私に見せた。
「一応、努力したことはあったんですが。この通りです」
プランターの中にはしおしおに枯れた花らしきものが植わっている。
「ユキは闇属性の魔力が強すぎて植物に悪影響を及ぼすんだよ。触っただけで枯れるわけ」
「そういえば最初に言ってましたね……」
はじめて会った時、彼は花を枯らせてしまうと言っていた。『魔王』だから枯れてしまうのだと。
「普通の魔法使いはそういうことはないんだけどな。ユキは特別なんだよ」
「魔法使い……本当にいるんですね」
遠い雲の上の存在だと思っていた。私の周囲には魔法使いはいなかったし、テレビの中だけのお話だとも思っていた。それどころじゃない生活を送っていたのもあるけれど。
「いますよ。俺も鉄季も魔法使い。魔法学校に通っています」
「今ちょっと色々あって休学中だけどな」
「鉄季君は、魔法でお花を蘇らせたりできないのですか?」
「魔法って万能じゃないんだよ。それに俺は無属性魔法使いだからなぁ。土属性魔法使いならなんとかできるかもだけど」
プランターの中のお花がちょっと可哀想に思えてきて、なんとかしたくなった。枯れている姿がなんだか私に似ているとも思ったから。
そっと手を近づけて、枯れた花を包み込むように両手を広げると。
「え!?」
ぱあっと両手が黄金色に輝き、枯れていた花がみるみるうちに生気を取り戻し瑞々しい姿に戻ったのだ。私も黒須磨君も鉄季君も目をまんまるにしてその花を見詰める。
「う、嘘だろ……サキちゃんってもしかして」
「もしかしなくとも……魔法使いでしょう」
花から二人の視線が私に移って、おどおどしてしまう。
「魔法使いって、私がですか!?」
「スカウト漏れって本当にあるんだな」
「彼らだって万能じゃありませんよ。これは学校に連絡しないといけなくなりましたね……」
突如発現してしまった魔法の力に不安になりながら黒須磨君に視線を向けると、彼はどこか穏やかに微笑みを浮かべた。意地悪そうでも作り笑顔でもない、本当の笑顔だと思えた。
「大丈夫ですよ。きっと、あなたはここに来て魔法使いになるのが運命だったんです」
苦しみから逃げ出し、一人彷徨い、彼らと出会って、魔法使いとなる。それが私の運命。先を思うと不安にもなるけれど、きっとこの運命は幸運へと導く道だと信じたい。
私の行くべき道を、このとき私は見つけたんだ。
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「起きなさい、いい加減にしないと本当に遅れますよ」
誰かに揺り動かされて私は寝ぼけた頭でむっくりと顔を上げた。
「え……あれ……?」
視界に映るのは見知った学校の教室だった。目の前には呆れた顔のユキ君が覗き込むようにして立っている。
「ようやく起きましたね」
「…………ユキ君、大きくなりましたねぇ」
「……寝ぼけてますね? いいからさっさと行きますよ」
授業に遅れる、とユキ君に担がれるようにして立ち上がる。
懐かしい夢を見ていた気がする。本当に懐かしくて、涙が出そうなくらいの温かい思いでを。
いつまでもその思いを抱いていたい。そう思いながら、怖い顔をして待っているユキ君の隣へと走って行った。




