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エピソード5*魔王さまとお風呂




「とにかく汚いので風呂に入ってきてください」


 と、汚れ物よろしくつまむようにして私を風呂場に放り込んだ黒須磨君は扉をぴしゃりと閉めた。

 そんなに汚れてるでしょうか……。一応、鉄季君にお茶をご馳走になる前に土まみれの手は洗ったんですが。


しょんぼりしていると向こう側からくぐもった声が聞こえる。


『着替えとタオルは用意させますからご心配なく』


 言い終わると彼がその場から立ち去る足音が聞こえ、無音となった。

 私は一周、投げ込まれた脱衣所を見回す。洗面所や化粧台、衣装棚までそろった広々とした空間だったのも驚いたけれど、壁や床に敷かれているタイルが自分の姿を映してしまうくらい磨き抜かれていて天井からつるされたシャンデリアの明かりに眩暈がする。


 豪邸! 豪邸ですっ!


 この脱衣所だけで今朝まで住んでいたアパートと同じくらいの面積がある気がする。脱衣所がこれではお風呂はどうなっているのか、好奇心に負けて私はお風呂へ通じる引き戸を開けば、そこには白乳色のお湯が注ぎ込まれた大きく広い風呂があった。


 お、温泉が……お家の中に温泉がある……。


 お湯が出ているのは壁に取り付けられた怪物の顔を象った像の口からで、これぞまさしくお金持ちのお風呂! といった風だった。

 私は緊張して震える手でなんとか衣服を脱ぐと身を縮め込ませながら湯船に近づいた。つま先でちょんとお湯につけると滑らかな肌触りの温かな感触を感じられる。

 はやる気持ちを抑えて近くにあったタライをとって体を洗ってから白乳色の湯の中に肩までつかった。


 極楽とはまさにこのことですねー。


 全身の疲れと汚れが全部なくなるような心地。産まれてこの方、手足を伸ばしてお風呂になど入ったことがなかったので両手を広げてもどこにもぶつからないことがとても新鮮に思えた。

 仰向けになってぷかぷかと漂ってみる。

 天井も高くて、湯気ではっきりと上の明かりが見えない。


 なんてのんびりとした時間。昨日の今頃は、家事に追われて冷めたご飯を食べて、手足を限界まで縮めないと入れないお風呂に入ってた。


 改めて思う。私、あそこから逃げ出して来たんですね……。


 今まであったものすべて捨てて、リュック一つ背負って逃げてきた。結局は子供一人でなんとかできるわけもなく、黒須磨君に家に連絡を入れられてしまったのだが。


 …………黒須磨君、電話はどうだったんだろう。誰か出たんだろうか。あの家にはいつも私一人のようなものだったし。もしいたとしてもあの人が私をわざわざ迎えに来るとは思えなかった。


 急にこれからのことが不安になってしまって、なんとか雑念を払う為に頭でも洗おうと湯船から出て見るからに高級そうなボトルに入ったシャンプーを見つけてしまった。使っっていいのかどうか迷い慄きながら髪を洗った為、それ以上は考えずに済んだ。



 お風呂から上がると脱衣所にはいつの間にか黒須磨君が言ったように着替えとタオルが用意されていた。

 髪と体を拭き、着替えに腕を通したのだが触れた事のない柔らかな感触に驚いてしまった。いつも着ているごわごわする感じなどどこにもない。するりと滑っていくこの生地はなんなんだろう。

 疑問に思いながらも私はフリルのついたブラウスに薄桃色の膝辺りまでの長さのスカートと上着を着て脱衣所を出た。すると一人の女性が音もなく現れにっこりと微笑んでから左手を上げていく道を示した。

 お金持ちの家にいるような使用人の標準的な恰好をしていたのでこのお屋敷に勤める人だろうと私は失礼のないように微笑み返した。


「あの、少しお世話になってます。土倉咲音と申します」

「…………」


 女性はただ微笑むばかりだ。なにかすでに失礼なことでもしでかしてしまったのではないかと慌てた。


「あの、なにか私失礼なことでも――」

「サキちゃん? 誰と話してんの?」

「鉄季君!」


 背後から声がかかり慌てて振り返れば鉄季君が立っていた。肩にタオルを乗せて顔がうっすら赤く蒸気していたので彼もお風呂上りなのかもしれない。


「元気そうでよかった。で、何してるんだ?」


 一応私の事は心配していたようで一言そう添えると、彼は無表情なまま首を傾げる。


「なにって使用人さんにご挨拶を……」

「ああ、それはいいんだ」

「え?」

「それ、人間じゃないから。ゴーレム」


 ゴーレム? というのがよく分からないが鉄季君の人間じゃない発言に驚いて彼女を見返してみれば微笑みを一切崩すことのない完璧な装いで立ち続けている。それは感情のない精巧な人形のようにも感じられた。


「魔力と命令で動いてる人形。ユキは人間が好きじゃないからな、この屋敷には俺とユキ以外の人間はいない。だからこいつらに気を使う必要ないから」


 飯食いにこうぜ。と手を掴まれて引っ張られた私はまだ彼女が人間じゃなかったという事実が呑み込めなくて呆然とした視線を彼女に送ってしまった。

 彼女は私の視界が消えるまでずっとその笑顔を顔に張り付かせたままだった。








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