第7話 『才能』
「そう言えば、東雲先輩」
「? 何だ、少年?」
リビング前の庭で自転車のタイヤを外して中にあるチューブを引き出しながら、縁側にある足場に座っている先輩に話しかける。
先輩と一緒に来た撫子は、自転車を挟んで反対側にしゃがんで興味深そうに自転車を見ている。
「僕、家の場所は教えてないですよね? 何でわかったんですか?」
「ふっ、勘だ」
「か、勘って……」
「ははっ、冗談だ。泉姉弟は知っているだろう?その弟の方に聞いた」
そう言って笑う先輩はさっきまでの雰囲気が嘘みたいだ。
と言うか。
「先輩、水月と鏡花さんと知り合いなんですか?」
「知り合いと言うかまぁ、幼なじみだな。鏡花とは長いこと同じクラスだからな」
そう語る先輩は、何だか懐かしそうに遠くを眺める。
その顔に一瞬見惚れ、慌てて顔を逸らす。
「? あやと、どうしたの? 顔、赤い」
「な、何でもないよ」
「? 変なあやと」
でも、顔を逸らした先に居る撫子に指摘される。
……逃げ場なんてなかったし、無表情で言われた一言がグサッときた。
「……ところで少年」
「? な、何ですか?」
見とれてたのに気付かれた、と思って、若干声が上擦る。
「キミの母親の入院している病院まで、どのくらいかかるんだ?」
「あ、はい、近くにあるバス停から直通のバスがあるから、それに乗れれば30分位ですけど……」
そう答えながらも手を動かしていく。
バケツに水を入れて、その中にチューブを少しずつずらしながら入れていく。
撫子は無表情なんだけど、どこか面白そうにバケツの中を覗いている。
「……あやと、チューブからあわが出てる」
「うん、ここに開いてる穴がパンクの原因なんだよ」
バケツから濡れたチューブを引き出してタオルで拭き、穴のあたりの水気を取る。
その後で、紙やすりで少し削ってから、専用のグルーを塗って、パットを張り付ける。
で、もう一度バケツの中に入れてみて……と。
「……今度は、あわ出ないね」
「まぁ、塞いじゃったからね」
少ししょんぼりした声の撫子。
手を止めて先輩の方を向くと、撫子を少し驚いた、だけど優しい眼で見ている先輩。
「……先輩? どうかしました?」
「! あぁ、いや、撫子がそんなに感情を表に出すのが珍しくて、な」
そう言って嬉しそうに話す先輩。
……一体、普段の撫子はどれだけ無口なんだろう?
それが少し気になりながらも、外したチューブをタイヤの中に入れ、均一になるように時折叩きながらホイールに嵌めていく。
それから、フレームにタイヤをつけて、ナットで固定して空気を入れてようやくパンク修理が終わった。
「ほぅ、案外手際がいいじゃないか。1時間程度しか経っていないしな」
「時折直してましたから。初めてやった時は、慣れなくて2時間くらいかかってたかもしれません」
バケツの水を庭に巻き、工具を片付けながら東雲先輩に応える。
工具箱に使った工具があるか確認しながら仕舞っていると。
「あやと。わたし、これに乗ってみたい」
「これって……自転車に?」
「うん」
無表情なんだけど、どこかわくわくしてる雰囲気の撫子にジッと見つめられる。
乗せる事は出来るけど、そしたら病院に行くのが遅くなるしなぁ……。
そう考えながらどう撫子に応えようか悩んでいると。
「撫子、今日は少年の母親の件が優先だ。
残念なのはわかるが、自転車なら、またここに来た時に乗せてもらうといい。
少年も、それでいいだろう?」
「あ、はい……」
「むぅ……わかった、あねさま」
渋々、と言った感じで納得した撫子。
このまま不機嫌なままなのもアレだし……。
「大丈夫、今度来たときには一緒に乗せてあげるからさ」
「……ほんとう?」
そう言いながらしゃがんで、撫子の頭を撫でる。
彼女は僕の目を見て聞き返してくる。
僕はそれに頷いて。
「本当だよ。だから、約束」
「! うん、約束」
撫子に右手の小指を差し出す。
一瞬驚いた表情を見せるけどすぐに元の無表情に戻って、僕の小指に自分の小指を絡ませてきた。
無表情なんだけど、彼女の表情がどこか嬉しそうに見えたのは気のせいかな……?
「(まさか、撫子があそこまで心を開くとはな。……これは、少年の才能かな?)」
腕組みをしながら僕らを見てる東雲先輩は何かを考えてるようだったけど、すぐに切り替えて。
「少年、すぐに出られるか?」
「あ、えっと、10分位もらえれば最低限の準備は出来ますけど……」
「なら、すぐに準備を始めてくれ。出来次第、すぐにでも向かおう」
「は、はい!」
僕に指示を飛ばす。
先輩が待ってくれている間に準備を終わらせ、言ったとおり10分で出発できるようにして。
「東雲先輩、準備できました」
「了解だ。なら、行こうか」
「だいじょうぶ、あやと。私たちがいるから」
先輩と撫子の後ろを追いかけるように歩き出す。
心配してるのが顔に出てたのか、撫子に励まされながら――。
◆
「絢人、遅い」
「ご、ごめん、巡姉さん!」
バスに揺られること30分弱、ようやく少年の母親の入院している病院に着いたな。
降りてから少年が駐輪場の方に居る白衣を着た女性に何か言われているのを見るに、身内だろうか?
「……絢人、そっちの子は?」
「あ、うん、学校の先輩の――」
「神撫学園3年、東雲椿姫と言います」
その人の興味が後ろをついていたこっちに向いたな。
すぐに意識を切り替えて、丁寧にあいさつをしておく。
「ご丁寧に、どうも。先守巡、この子の母親の妹……だから、この子の叔母になる。
……それと、そんなにかしこまらなくていい。取り繕うの、疲れるでしょ?」
「……見破られましたか。では、改めて。神撫学園3-Ⅰ、東雲椿姫と言う。よろしく」
まさか、初見で地ではないと見破られるとはな……。
私も、まだまだという事か。
「そう、よろしく。会ってすぐで悪いけど、帰らせてもらうわ。
ここに居たいのは山々なんだけど、次の学会に間に合いそうにないから。
そう言うわけで絢人、後はよろしく。何かあったら連絡して」
「わかったよ、姉さん。学会、頑張って」
「お気を付けて」
そう思っている内に、バイクのエンジン音を轟かせて巡女史が駐輪場から去って行く。
……あの音は病院では迷惑にならないのか?
「……先輩、どうかしましたか?」
「! あぁ、いや、問題ない。さ、キミの母親の病室に向かおう」
「あ、はい」
彼の先導で、彼の母親の居る病室へ向かう。
途中でエレベーターに乗り、4階で降りて少し歩く。
そして、部屋の入り口に『先守要』と書かれたネームプレートがあるのを見て、少年がノックの後部屋に入る。
私も、人形状態の撫子を抱えて同じく部屋へ。
「……あら絢人、来たのね」
「……親が入院してるって言うのに、来ないわけがないでしょ?」
彼と話している女性が、彼の母親なのだろう。
顔色は悪く、呼吸器のマスクをつけており、意識はあるがかなり苦しそうだ。
「あら? そちらの方は……?」
「東雲椿姫と言います。彼とは……部活の先輩・後輩になります」
「そう……こんな息子でよかったら、どんどん使ってね」
少年の隣にある椅子に腰かけ、彼と同じように顔を近づけて話す。
多少息苦しそうにしているから、あまり無理に話させることは出来ないな。
「私は少し席をはずそう。少年、親子水入らずの時間を過ごすといい」
「……ありがとう、ございます」
それだけ言って、私は病室を出て、少し外の空気を吸うために屋上に向かった。
◆
「アハハハハ! ヤッパリ来タネ、撫子」
絢人たちの居る病院から800mほど離れたビルの屋上、その貯水タンクの上。
甲高い声をあげて嗤う、青いドレス姿の少女が居た。
「ソレニシテモ、アノ金髪ハ誰? 撫子ノ関係者カナ……?」
嗤うのをやめ、少し思案するドレスの少女―ヘイト。
「ンー……考エテモワカラナイシ、一緒ニ来タラマトメテ殺セバイイヤ」
しかし、すぐにどうでもよくなったのか、難しい表情をやめて貯水槽の上に寝転がる。
時刻は13時、日が一番高い位置にある時間だ。
「日ガ沈ムマデ時間モアルシ、少シフラツイテコヨ」
そう言うや否や貯水槽の上で立ちあがり、ビルとビルの間の裏路地に飛び降りる。
相当な高さのビルから飛び降りたはずだが、裏路地に着地した時の音は静かだった。
「にゃ……?」
歩き出した彼女の足音に気付いたのか、ゴミ箱の近くで丸まっていたぶち猫が顔をあげる。
興味がわいたのか、そのまま起き上がりヘイトの後を付いて行く。
だが、間合いが悪かった。
ぶち猫は彼女の脚にすり寄ろうとして彼女のドレスの裾を踏みつけ、僅かに爪を立てていたせいでそのドレスのフリルの一部を破いていた。
「! フフフフ、ネェ、猫サン、コッチニオイデ……」
小さく聞こえたフリルの敗れる音に気付いたヘイト、表情は変わっていないがその目の奥に暗い光が灯る。
直後に彼女は立ち止り、それに気づいたぶち猫が一度身を引く。
「にゃ?」
いきなり立ち止った彼女に驚き、一度離れたぶち猫だが余程甘えたいのか、振り向いてしゃがんだ彼女にすり寄ろうと再び近づく。
またドレスの裾に足が触れるか否かの、次の瞬間。
「――ジャアネ」
突如として血飛沫が上がる。
その血は彼女の物ではなく、さっきまで彼女の目の前にいたぶち猫の物。
「アーア……折角選ンダドレスナノニ、アンナ猫ノ所為デ破レタ上ニ汚チャッタ」
ほんのわずかに残念がるヘイトは歩き去った。
――その場に残されたのは小さな血だまりの中で、眉間を釘で貫かれ、地面に縫い付けられて絶命している先ほどのぶち猫だけだった。
それから、1時間程。
「いつもなら餌の時間には真っ先に来ているはずなのに、今日はどうしたのかしら?」
大きめのトートバッグを肩にかけ、黒のロングスカートに薄い青の長袖のブラウスを着た女性がそうつぶやきながら路地裏に入ってくる。
紅いカチューシャを付けた長い黒髪の彼女は、美少女に分類される外見からこんな場所には不釣り合いなはずだが、さもそこにいるのが当然と言うように迷うことなく路地裏の道を進んでいく。
「今日はあの子の大好きな、サバ缶を持ってきたのに……」
微笑を浮かべトートバッグから取り出したのは、猫用のサバ缶。
しかもそれは、よくある大手量販店で売っている安いものではなく、専用の店で売っているそれなりの値段がするメーカー品だ。
「まぁ、いいでしょう。あの子の縄張りはこの路地裏、なら必然的にこの近くにいるでしょう」
取り出したそれをまたトートバッグに仕舞い、歩き出す彼女。
普段の彼女を知っている者からすれば、わずかとはいえ上機嫌な彼女を見たら、近しい1人を除いては目を疑うか近づかないよう避けて通るだろう。
「……あら?」
路地裏の角を1つ曲がった所で、彼女は気付く。
嫌に路地裏が静かで、血の匂いがしていることに。
「ふふふふ、何が出てくるかしら?」
普通の人なら引き返して別の通りに向かうだろうが、彼女―夢神更紗は迷うことなく歩みを進める。
その氷のような美貌に、冷たく嘲笑じみた微笑を浮かべながら――。
本当にお久しぶりです、フュージョニストです。
まずは、更新が約5か月も遅れて申し訳ありませんでした。
長期休職からの職場復帰、復帰直後に発生したトラブル対応などに追われて、移転先で連載の二次創作側をちまちまとしか更新できていませんでした。
また時間がかかってしまうとは思いますが、次回は激突まで持っていければと思っております。
ご意見・ご感想、誤字・脱字の指摘などありましたら頂けると嬉しく思います。
次回も、よろしくお願いします。