■月星暦一五三四年九月① ちょっくら討ってくる(レオン)
長編完結済み本編『タビスー女神の刻印を持つ者ー』のアナザーストーリーです。
本編の主人公が生まれた場所、生みの両親の元で育ったならのIFストーリーです。
1話〜3話まではレオン、4話〜5話は別の人物の視点で物語は進行します。
下手をうった。
刺客を油断していなかったわけではない。
——まさかあんな手でくるとは。
父の部屋をノックしながら、十四歳の少年は溜息を吐いた。
「父上」
「レオンディールか。こんな時間にどうした」
少年の父は、王を名乗る者だった。
「これから、ちょっくらアセルスを討ってくる」
「はぁ?」
少年——レオンディールの父、ライネスは呆気にとられた顔をする。
「何があった?」
「失敗した。毒を受けた。医師の見立てじゃ、保って五日。解毒方法は無い」
「⋯⋯誰にやられた?」
「ミラだ」
「なんだって⋯⋯?」
ライネスが悔しさを滲ませた顔をする。
当然だ。
ミラはレオンが生まれた時から十四年。当時は乳母として、今は侍女として仕えてきた古参の使用人である。
朝食時に、ミラは給仕中に毒針を刺してきた。
咄嗟に心臓は避けたが、肩を穿たれてしまった。
傷はすぐに切開して毒を洗い流したものの、効力を薄めたに過ぎず、猶予ができただけだった。
腕ならば、切り落として毒の回るのを防げたかも知れないが、肩ではどうにもならない。
「部屋に縛って転がしてある。生かしてあるから、事情は聴いてくれ」
淡々と話す息子に、ライネスの顔が曇る。
「そんな顔をしないでくれ。どうせ死ぬなら、最後にこの大層な『タビス』の刻印を使い尽くして、あなたに勝利を贈るよ」
ライネスの視線が、レオンの右腕を捉えた。
そこには、『女神の刻印』といわれる、生まれながらの痣がある。
レオンが『タビス——女神の代弁者』と言われる所以である。
ライネスが頭を垂れた。
「レオン、すまない。そんな者をお前の側に置いて気付けないなんて⋯⋯」
気にするなと、レオンは不遜に笑ってみせる。
ライネスは息子を抱きしめた。
「親不幸な息子ですまないな、親父」
「全くだ、馬鹿息子。……ちゃんと、戻ってこい」
「分かった。むさ苦しいおっさんの首を手土産にするから、待っていてくれ」
王の部屋を辞すると、次にレオンは姉のイディールの部屋を訪れた。
顔をだしたイディールは、弟を認めて痛ましい顔をする。
父と話していた間に情報は届いたらしい。
「レオン、怪我は?」
「怪我は大したことはない。見てのとおりだ」
嘘ではない。
問題は毒だが、どうにもならぬことを話して心配をかけるのも、時間を潰すのも本意ではなかった。
「サラが連れて行かれたわ。まさか、ミラがそんなことをするなんて!」
イディールの侍女、サラはミラの姪である。
犯行の関連性を疑われたのだろう。
「ミラの単独犯行だろう。サラはすぐに解放されるさ」
かつては罪人の一族までもが罰を受けた時代もあった。
だがレオンはそれを良しとせず、ライネスも今ではその考えに賛同している。
「姉上、これから出る。アインを借りたい」
アイン・マールはイディールの専属従者である。
「俺の従者のカルゴが動揺して役に立たない」
「なるほど」
カルゴとサラは恋仲だったわねと、イディールは快諾する。
「レオン、無茶はしないでね」
「無謀はしないけど、無茶はするさ」
イディールの青灰色の瞳が揺れた。
抱きしめていくる姉の背を、苦笑いでレオンは叩く。
勘が良い姉は、口にはしないが判っている気がした。
アインを連れたレオンは、その足でジェダイトの街の中央神殿を訪れた。
神官長のミドルには先に報せを出しておいた。レオンを認めて、頼んでおいたものを手渡してくる。
「とうとうタビス様のご決起。神殿一同、力の限り助力させていただきます」
「期待している」
受け取ったのは、通行証だった。
「これで首都ウィリデ——アンバルにも入れるのだな?」
「はい。街門の検問官は神殿関係者です。これを見せて『紫雷立つ』と仰ってください。大神殿へご案内する手筈になっております」
女神の加護を受け、その言葉を代弁するタビスは、本来、神官である。
月星では、月には女神がいると信じられている。
月は水を司り、大地の恵みもまた女神がもたらすもの。
だが月に一度——新月の晩、女神は姿を隠す。
その不在を補う為、女神に選ばれるのがタビスである。
王とタビスの言葉が相容れねば、月星人は故にタビスに従う——そういう存在だった。
アセルスが王であるライネスではなく、タビスたるレオンを狙った理由が判るというものである。
「わかった。ミドル、礼を言う」
「ご武運を」
数名の神官を護衛に借り、レオンは騎馬で月星首都ウィリデ——いまやアンブル派が占拠し、アンバルと呼ばれる地に急いだ。




