新たなる研究者たち(後編)
古代遺跡。
その壁面に刻まれた文字を前に。
アリア・フェルミナたちは、しばらく動けなかった。
なぜなら。そこに記されていたものは。
単なる古代文明の記録ではなかったからだ。
それは。
人間以外の存在が残した。
魔素による情報記録。
これまでの歴史では。
魔導とは。人間が発展させた技術だと考えられていた。
魔力を持つ者が魔経絡を通じて魔素を操る。
魔石を利用して科導具を動かす。
術式を設計し、現象を再現する。
それが魔導の全てだと思われていた。
しかし。この遺跡は。
その前提を覆していた。
「これは……。」
同行していた魔素解析専門家が呟く。
「文字ではありません。魔素の変化そのものです。」
壁面に刻まれているのは。
石に彫られた記号ではなかった。
魔素構造。特定の配置。
周囲の魔素と反応することで意味を持つ記録。
つまり。この遺跡そのものが。
巨大な科導装置だった。
アリアは慎重に解析を始める。
しかし。すぐには読み取れない。
なぜなら。人間の術式とは構造が全く違うからだ。
人間の科導は。
目的を明確にする。
必要な現象を定義する。
術式を構築する。
そして。
魔素へ働きかける。
しかし。この記録は違った。
命令ではない。制御でもない。
まるで。
周囲の環境そのものへ情報を残している。
アリアは思い出した。
レオンの最後の研究記録。
> 「魔素とは、世界に存在する記憶のようなものかもしれない。」
もし。魔素が情報を保持するなら。
この遺跡は。単なる建造物ではない。
三千年。
あるいはそれ以上前の記憶を保存する媒体なのだ。
研究は慎重に進められた。
無理に読み取ろうとはしない。
まず。遺跡がどのような原理で情報を保存しているのかを調べる。
それは。かつてアルフレッドが行った研究と同じだった。
未知を前にした時。答えを急がない。理解することから始める。
数週間後。アリアたちは一つの事実を発見した。
この遺跡は。情報を保存しているだけではなかった。
周囲の生命活動を記録していた。
植物の成長。動物の移動。魔素濃度の変化。気候の変化。
何千年分もの環境記録。
つまり。この遺跡は。古代の研究施設だった。
アリアは驚く。
「彼らは。自然を観察していたんです。」
人間が現在行っている研究と。同じだった。
観察する。記録する。理解する。
ただし。方法が違った。
人間は道具を作った。
彼らは。世界そのものと共存した。
その発見は。王立科導学院へ大きな衝撃を与えた。
緊急研究会議が開かれる。
研究者の一人が言う。
「これは新技術です。」
「人間も利用できるようにすべきです。」
別の研究者が反対する。
「待ってください。」
「まだ理解できていません。」
「利用を考える段階ではありません。」
議論は激しくなった。
しかし。アリアは静かに聞いていた。
そして。ある言葉を思い出した。
レオンの言葉。
> 「可能だから作るのではない。」
> 「必要だから作り、責任を持って使う。」
アリアは発言する。
「私は。」
「すぐに技術化するべきではないと思います。」
研究者たちが見る。
彼女は続けた。
「これは。
「私たちが発見した新しい道具ではありません。」
「新しい隣人を理解するための発見です。」
その言葉に。会議室は静かになった。
数か月後。
王立科導学院は新しい研究分野を設立した。
名称。
「共生魔素学」
目的は。
魔素を利用することではない。
魔素と関係を持つ全ての存在を理解すること。
人間。動物。植物。未知の生命。
そして。世界そのもの。
それは科導の新しい時代だった。
数年後。アリアは初めて一般向け講演を行った。
会場には多くの学生が集まっていた。
「先生。」
一人の学生が質問する。
「では。これからの科導は。」
「どんなものになるのでしょうか。」
アリアは少し考える。
そして答える。
「昔の科導は。」
「人間が世界を理解するための学問でした。」
「これからの科導は。」
「世界と一緒に考えるための学問になるでしょう。」
学生は首を傾げる。
「世界と一緒に?」
アリアは頷く。
「はい。」
「私たちは今まで。」
「世界を観察する側だと思っていました。」
「でも。本当は。」
「私たちも世界の一部なのです。」
その言葉は。
百年後の教科書にも残された。
科導第一時代。
アルフレッドとエゼキエルが。
魔力だけが価値を決める世界を変えた。
科導第二時代。
レオンが。
知識と技術によって文明を発展させた。
そして。
科導第三時代。
アリアたちは。
人間だけではない世界との関係を築き始めた。
歴史書には。こう記される。
> 「科導とは、力を得るための学問ではない。」
> 「理解する対象を広げ続ける学問である。」
そして。最初の研究室。
アルフレッドが残した古い科導灯は。
今日も静かに光っている。
その光は。
過去から未来へ。知識を受け継ぐ者たちを。
今も照らし続けている。




