新たなる研究者たち(前編)
レオン・アルヴェインがこの世を去ってから、二十年。
世界はさらに変化していた。
科導はもはや、一部の研究者だけが扱う特殊な技術ではなくなっていた。
生活。産業。医療。教育。
あらゆる分野に浸透している。
しかし。その発展の中心にあったものは、決して強大な力ではなかった。
理解。検証。改善。そして。失敗から学ぶ姿勢。
それこそが科導文明を支える根幹となっていた。
王立科導学院。
そこには、かつてレオンが使っていた研究室が保存されていた。
机。書棚。古い実験器具。そして。一つの科導灯。
初代アルフレッドが作り、レオンが改良し、何世代もの研究者が受け継いできたものだった。
しかし。研究室は博物館ではなかった。
現在も。若い研究者たちが使用している。
「また失敗しました。」
研究員の少女が机に突っ伏した。
名前は。アリア・フェルミナ。二十歳。
王立科導学院の若手研究者だった。
彼女の専門は。魔素情報解析。
つまり。第四体系研究の後継分野だった。
隣で別の研究員が笑う。
「何回目だと思います?」
「数えていません。」
「十七回目です。」
アリアは顔を上げる。
「そんなにですか。」
「はい。」
「でも。」
「十八回目で成功するかもしれません。」
彼女は笑った。
失敗を恐れているわけではない。
むしろ。失敗こそ研究の一部だと理解していた。
しかし。アリアには一つ悩みがあった。
彼女の研究テーマ。魔素情報通信。
それは。レオンが最後に残した研究の続きだった。
目的は。魔素を利用して、遠距離間で情報を交換すること。
現在でも通信技術は存在する。
しかしそれは人工的な科導装置によるものだった。
アリアが目指しているのは。
もっと根本的なもの。魔素そのものを利用した通信だった。
もし成功すれば。大規模な装置は必要なくなる。
自然環境に存在する魔素を利用し。
低エネルギーで情報交換が可能になる。
しかし。問題があった。
魔素は単純な伝達媒体ではない。
環境によって変化する。
濃度。流れ。周囲の生命活動。
全てが影響する。
つまり。魔素通信とは。
単に信号を送る技術ではない。
世界そのものへ情報を渡す技術だった。
ある日。
アリアは古い資料を調べていた。
レオンの研究記録。
その中に。一つの文章を見つける。
> 「魔素とは、世界に存在する記憶のようなものかもしれない。」
アリアは考える。
もし。魔素が情報を保持できるなら。
それは単なる通信ではない。
過去の情報。環境の変化。生命活動。
そうしたものが記録されている可能性がある。
しかし。同時に危険性もある。
もし魔素に情報が蓄積されるなら。
誰かがそれを読み取れる可能性がある。
個人の魔素反応。生活記録。研究情報。
あらゆるものが対象になるかもしれない。
アリアは研究倫理委員会へ報告した。
すると。予想通り反対意見が出た。
「危険すぎる。」
「個人情報を守れない。」
「技術として公開すべきではない。」
しかし。一方で賛成意見もあった。
「医療に革命を起こせる。」
「災害予測に利用できる。」
「未知の自然現象を理解できる。」
議論は続いた。
便利だから使う。危険だから封じる。
その二択ではなかった。
アリアは悩んだ。
かつての研究者たちも。同じ問題に向き合ったのだろうか。
その夜。彼女はレオンの記念資料室を訪れた。
そこには。彼の最後の記録が展示されていた。
> 「技術とは、可能だから作るものではない。」
> 「必要だから作り、責任を持って使うものである。」
アリアは静かに読む。
そして。気付いた。
レオンは。技術を恐れていたわけではない。
未来の人間が。技術とどう向き合うかを考えていた。
翌日。
アリアは研究計画を変更した。目的を変更する。
魔素通信の完成ではない。
まず。魔素情報が何であるかを理解する。
それは。かつてアルフレッドが火炎魔導を研究した時と同じだった。
結果を求める前に現象を理解する。
研究室。
アリアは新しい実験装置を起動する。
微弱な魔素変化。
記録。解析。比較。
そして。数週間後。
一つの異常が見つかった。
自然界の魔素反応。
その中に。規則的な変化が存在していた。
偶然ではない。完全な自然変動でもない。
まるで。何かが情報を送っているような変化。
アリアは息を止める。
「これは……。」
研究記録を見る。レオンが残した問い。
> 「人間以外の存在も、魔素を利用しているのではないか。」
その答えが。初めて見つかろうとしていた。




