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いもうと無双は異世界転生と共に〜38才こどおじの異世界英雄譚〜  作者: 蒼い月
竜のねぐら

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失った物、得た物

「兄様、いま戻りました。」


 アツコが無遠慮にラグさんの家の扉を開け放ち言った。

 人の家なんだからノックくらい…という言葉を飲み込む。昨日今日と色々な事がありすぎた。人と異なり疲れを知らない竜の身体であっても、精神的な消耗は激しいに違いない。


「ちゃんとお城まで送り届けてきたよ。それにしても、思ってたよりずっと大きくて綺麗だったかも。私達が行った町の壁なんて今にも崩れ落ちそうだったもんね。それに比べれば相当なお金持ちだと思うよ。」


 サヤが目にした情景を思い出し、感嘆の声を漏らす。


「金貨数千枚程度なら少し脅せばすぐに支払う思います。受けた被害から考えれば、それでも安いとは思いますが。」

「それは止めておいた方がいいだろうな。そんな事をしたら、すぐに亜人が人間から金貨を奪ったってストーリーに置き換わるだろ?」


 そうだ、真実など関係ない。

 かの有名なカエサルの言葉に『人は己の信じたいことを信じる』とあるように、人は事実よりも自分に都合の良い創作を好むのだ。ましてや相手がこの世界で迫害されている亜人であれば、尚更に。


「本当なら村の復興に使えるといいんだけどなぁ…。」


 不用意な独り言にラグさんが複雑な面持ちで首を横に振る。


「すいません…。」

「いいのよ。村の皆だって心の奥底ではそう思ってるわ。働き手が居なくなって、残ったのは女子供ばかり。食糧の貯蔵庫だって幾つも焼かれてしまったもの。人間がどう思おうが関係ない。報いを受けさせるべきだって声も大きかったのも事実だから。それが命かお金かの違いこそあってもね。」


 ラグさんの家で開かれた会合は、悲嘆と怨嗟、そして怒号が飛び交う混沌としたものだったという。


 それは当然だろう。

 親が、兄弟が、恋人が、子どもが、友人が…理不尽で一方的な暴力によって数刻のうちに奪われたのだ。


 永遠に。


 怒りや悲しみ、言いようのない不安。その矛先は必ずしも元凶であるグレンツァや傭兵達だけに向けられるわけではない。


「なんか私達も前よりもっと嫌われちゃった気がする…。」


 ワカナが口にした通り、オレ達も村のオーク達にとっては『人間』『よそ者』であることには変わらない。オレ達がいたから村が焼かれたと感じている者もいれば、オレ達をグレンツァの仲間だと思っている者もいる。

 死者を生き返らせようとしたものの、結果としてラグさん達しか蘇生しなかったことに不満を持つ者、人間と手を組んでこの村を乗っ取ろうとしているのではないかと疑いを持つ者、そして全ての元凶がラグさん達だと決めつけ敵視する者。


 しかし、そのような状況のなかでも腹は減るし、陽が落ちれば寒さが身に染みる。


 誰に恨みを向けるにしろ、それは余裕のあるものの行動で、多くのオークは目の前に山積する問題を一つずつ解決しなければいけないのだ。


「オレ達はこれから町に出ようと思います。ラグさん、ダグさん、皆、本当にお世話になりました。」

「…そう、行っちゃうのね。寂しくなるわ。」

「今から!?せめて今日だけでも泊まってこうよ。」


 ワカナの言葉。気持ちはよく分かる。


「いや、すぐに出よう。オレ達の姿を見れば辛くなる人が多くいる。これ以上辛い思いはさせられない。今なら誰の目につくこともなく出られるだろう。それでいいんだ。」

「ありがとう。私達にとってはその気持ちだけで十分だわ。でも、せっかく最後だもの。食事だけでもしていって。皆で仕込んだ狼肉がようやく熟成したの。先に少し盗み喰いしちゃったけど、美味しいのよ。本当に。」


 ラグさんは笑顔で言う。オレは無言で頭を下げ、この村でとる最後の食事を楽しむことにした。


「美味しい…美味しいよこれ!!全然臭くないし、柔らかい!!」

「前に食べた肉と同じものだと思えません。」

「言われなければ狼肉だって分からない。確かに凄い進歩。」

「美味しいね、アツコお姉ちゃん。」

「そうね。」


 妹達が口々にほめたたえるように、前回食べた時の『味わう地獄』と表現できそうな強烈な臭みは微塵も感じられず、野趣あふれる旨味が凝縮された力強い味わいに魅了される。


「今まで捨てていた物だって工夫次第でこんなに美味しくなるって勉強になったわ。ワカナちゃん、ナナセちゃん、手伝ってくれてありがとね。それに皆も本当にありがとう。あの日襲われていた私達を助けてくれたから、こんな美味しいお肉を食べられたのよ。今日も、これからも。生きてるって素敵ね。」


 ラグさんの頬を涙がつたい、それが伝播するようにダグさんや子ども達も涙を流した。


「はい。」


 オレは思わず込み上げるものを抑えこむように短く答えると、知らずのうちに深々と頭を下げていた。

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