奈落の王
「何が起こったの?なんか出てきたんだけど!!」
体高が10メートルに迫ろうかというアツコを遥かに凌駕する巨躯。背中から生える蝙蝠のような羽は天を覆い、赤銅色の肌には地獄を想起させる業火を纏っている。
「アバドン…。」
ミカヅキが呟く。
そう、それは紛れもなくヨハネの黙示録に登場する奈落の王『アバドン』そのものだった。
「ワカナ、ルーフェを退避させるんだ!!ミカヅキ『プロテクション』で魔法の障壁を張ってくれ。サヤは逃げ遅れている兵士の救助を急いでくれ!!」
不味い、ミッドガルドではアバドンは広範囲攻撃魔法を持つ高位モンスターで、記憶にある限りレベルは最低80、最大で100にもなる。
高位モンスターはエンカウントのタイミングや環境、クエストによってレベルが上下するため、ミッドガルドどおりのモンスターであったとしてもその実力の全容までは分からないが、それ故にこの世界でどれほどの力を持っているかはなおさら想像もつかない。
「ゴアアアアッッ!!!」
アバドンは足下に転がる兵士達には目もくれずアツコに向かい飛びかかり、その大木のような腕を振り下ろし、一本一本がロングソードほどもあろうかという鍵爪でアツコの鱗を引き裂こうとする。
しかし、アツコはその動きを難なくかわし、大きく後ろに跳ねのいて距離を取る。
両者の一挙手一投足に応じるかのように大地が揺れ、ぶつかり合う音は衝撃波となって皮膚を震わせる。まるで往年の怪獣映画のようさド迫力さだ!!
「なに嬉しそうに見てるの!!大魔法を使うんでしょ、詠唱を続けて!!」
ミカヅキのツッコミにふと我にかえる。そうだ、オレは今回の冒険活劇を締めくくる役を仰せつかっているのだ。
台本からは粗筋がズレているが、どちらにしろルーフェやエロ垂れ目、そして兵士達に退いていくアツコの姿を刻み込まなければならない。
オレが再び詠唱に入った瞬間、アバドンが大量の悪魔を召喚しアツコめがけ突進させる。これは高位悪魔の基本戦術だ。
眷属で時間を稼ぎ、詠唱に時間のかかる高位魔法を放つのだ。
「ミカヅキ、アバドンの魔法に巻き込まれるぞ!!『プロテクション』のほかに『マジックバリア』を重ねがけしてくれ。サヤも魔法障壁のなかに入って防御態勢をとるんだ。ワカナはルーフェを頼む………くるぞ!!!!」
天空からピキリと何かが壊れたような音が響き、開かれた空間から轟音と共に雷が放たれる!!
亜空からアツコに向かい一直線に突き刺さるそれは、紛れもなく神位魔法『トールハンマー』だ!!
トールハンマーが呼び起こした雷鳴は、同時にオレのこれから唱えるはずだった大魔法が二番煎じに終わる事を告げていた。
「やったのか!?そもそも、あの悪魔みてえな化け物はなんなんだよ………味方なのか、それとも敵なのか。ちくしょうこの肝心な時に身体が言うこと聞きやしねえ。」
ワカナに支えられたルーフェはゆっくりと身体を起こし弱々しい声をあげる。
『トールハンマー』の直撃を受けたアツコからは黒煙があがり、ピクリとも動かない…まさか!!
「どうやらダメみたいね…。」
「そんな…。」
「これからどうすればいいの…。」
ミカヅキ、ワカナ、サヤは次々と絶望を口にする。
そこには誰もが想像すらできない恐ろしい光景が待ち受けていたのだ………。




