真の化け物
銅板から凄まじい光が放たれ、眼前に双頭の化け物が現れる。
二つの口は人を丸のみに出来るほどに巨大であり、口角からはよだれの代わりに瘴気が漂っている。
「な、なんだ、後ろにも化け物が!!ひぃぃっ!!!!」
オルトロスは怯える傭兵を爪で引き裂くと、天高く放り投げ、そして丸のみにした。
「あぁぁぁぁ!!!!!!!!」
傭兵共が絶叫し、森の奥へと逃げていく。ふん、後から追いかけて全員この化け物のエサにしてやる!!その前にこの女だ!!
「いけ、化け物!!あの女を噛み殺せ…いや、まずは腕を食いちぎれ。その後に脚だ。手足を喰い、芋虫のような惨めな姿となった女を私の前に持って来い!!」
私の言葉に化け物は遠吠えで答え、その爪を天に大きく振りかざす。女は自らに待ち受ける凄惨な運命に絶望しているのか、身じろぎすらできない。
「やれぇ!!!!!!!!!」
化け物の爪が弧を描き、女に叩きつけられる。
死んだ、間違いなく死んだ、あの女が!!
私の耳を切り落としたあの女が!!!!
しかし、なんと愚かな化け物か!!手足を喰い、私の前に持って来いと命令したのに一撃で殺すとは!!
あの女が自らの所業を悔い、私にひれ伏す暇さえ与えぬのは、化け物といえでも所詮犬畜生と同等の知能…興覚めだ。
まあいい、あの女の死体を持ち帰り、インゼル家のコレクションに加えてやろう。インゼル家は一度受けた屈辱はけして忘れぬ。その良い証左となろう。
土煙の中からドサリとなにかが落ちる音が聞こえ、続いて大きな振動が大地を揺らした。
目の前には前足を失い崩れるオルトロスの姿…なんだ、何が起こっている?
「躾の悪い犬ね、あなたの言う事を聞く気が全くないじゃない。代わりに少し躾ておいてあげたわ。…ところで、とっておきって言うやつは、いつ出てくるのかしら?じらされるのは好きじゃないの。」
なに?なんだ?どうした…なんで?
女が無傷で…足が、化け物の足がとれている…崩れているのは化け物か?
いや、この女こそが…。
「ごぁぁぁあ!!!!」
犬がくぐもったうめき声をあげ、化け物に襲いかかる。
そうだ、やれ、化け物を殺せ。
犬が化け物を頭から丸のみにしようとし、けれどもその口が閉じることは無い。
ああ、そうか、化け物が手を添えているからか。
化け物はニヤリと笑みを浮かべ、力任せに犬の口を縦に引き裂いた。
空に犬の黒い血しぶきが舞い、化け物が犬のもう一つの頭を潰す。
「あ…あぁあ、あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
この声は私があげているのか?
なぜ私はあの女から逃げている?
股間が冷たい。臀部にはぬるぬるとした感触がある。
そんなことはいい。
なぜ私はあの女から遠ざかろうとしている。
インゼル家は逃げることはしない。この耳の償いを、その愚かな行為の代償を、あの女に血で償わせるのだ。
「あぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!くるなぁぁっぁぁあああああ!!!!!!!!!」
なんだ、私は何を言っている。
そうだ、切り札はまだ私の手元にある。あんな犬っころよりも遥かに恐ろしい真の化け物が。
あのいけ好かない大神官は言っていた。これは一国すら滅ぼしうるものだと。
構わん。構わない。構うものか。
私は逃げない、私は勝つ、私はインゼルなのだ。あの女を屈服させる。その代償が国であろうが世界であろうが関係はない。私の君臨しない世界など意味がない。
さあ来い。追いかけて来い。私の馬が泡を吹き、脚が折れ、地面に突っ伏した時が貴様の最後だ。
それまでもう少しだけ駆けるのだ。
勝利に向かい、駆けるのだ。




