魔獣降誕
「侯爵様よぉ、豚共の雄はあらかた焼いたが、どうするよ?縄に繋いだやつも1、2匹焼いとくか。」
傭兵の中でも一段と下卑た笑みを浮かべた男が馴れ馴れしく声をかけてくる。気がつけば周りに並べられた豚の燭台は30を超えている。
傭兵共は指示を理解する脳も持ち合わせていないのか、雄を殺しきる前に雌も何匹か殺しているようだが、豚の雌雄を見分けるのが億劫な気持ちはわからないでもない。
「その一番大きい豚と犬以外は殺して構わん。だが薪がわりに脂がのった雄も焼くのを忘れるな。あの女が近くにいれば煙に気づくかもしれん。」
「あの女っていうのは誰のことかしら?」
いきなり差し込まれる言葉に思わず身体が硬直する。
この傲岸不遜な声。とうとうこの時が来た!!
「待っていたぞ。」
私の声に女が笑みを浮かべる。
「侯爵様を待たせてしまったようで恐縮ね。でも楽しそうじゃない、男だけでバーベキュー?それにしても派手にやったわね。」
女からは動揺が一切見られない…豚共を仲間とは微塵も思っていないようだ。
「男ばかりで調理に難儀していてね。ちょうど女性に手を借りたかったところだ。ところでお仲間の姿が見えないが一人かい?」
「ええ、一人で森林浴をしていたら、楽しそうに遊んでいる声が聞こえて、寄ってみたの。」
周りに並べられた豚共の死骸、そして完全武装した一団を前にしてこの余裕。その薄ら笑いがどうひん曲がっていくのかと考えると、胸の高鳴りを抑えるのに苦労する。
「そういえば君のお仲間が随分興奮していてね。眠ってもらっているんだが、起こした方がいいかな。」
縄に繋いだ豚は魔法で眠らせてある。
この女の様子からするととても切り札になるとは思えないが、化け物を呼び出すための時間を稼がなければならない。起こして適当に会話をさせられれば良いが…。
「その必要はないわ、別に豚と話すこともないのよね。それより私を待っていたのなら何かとっておきのお土産を用意しているんでしょ?せっかく準備してくれたものを、プレゼントしてもらう前にどうこうするような無粋な女じゃないの。サプライズプレゼントは好きだから。」
脳に一気に血が上るのがわかる。
この高慢な態度!!思いあがり!!
その自信に満ちた仮面を引っぺがし、屈服させるためにここまで来たのだ!!
「そうか、レディーをあまり待たせるのも申し訳ない。始めさせてもらおうか。」
「旦那よぉ、これがあんたが言ってた、いけすかない女か?とんでもない別嬪さんじゃねえか!!それに身体のほうも最高だな…あんたには申し訳ないが味見させてもらってもいいか?」
興をそぐ無粋な言葉。
豚の鳴き声にも似た品のない声に、低俗な傭兵共が同意の笑みを浮かべる。
女の態度からして時間を稼ぐ必要もなさそうだが、こいつらに金を払うのも馬鹿らしい。この女に適度に間引きさせるか…。
「私の友人が君に興味があるようなんだが、土産を準備しているあいだ少し相手をしてやってくれないか?君を楽しませられるといいんだが。」
「それはどうもご丁寧に。こんな辺鄙な場所でもメインの前にはしっかりと前菜が用意されているのね。流石は大貴族もてなしといった所かしら。せっかくだし、堪能させてもらうわ。」
私は顎で傭兵共に指示をする。
「侯爵様のお許しも出た事だし、楽しませてもらうとするか。おいお前ら、あんまり激しくやって壊すんじゃねえぞ。」
「せめて俺の番までは冷たくなってない事を祈るぜ。」
低能共が蛆ほどの脳みそ絞りだした出来の悪いジョークを聞きながら、私は大神官から借り受けた銅板を取り出す。
指先をナイフで刺し、銅板に刻まれた古代文字を血で満たしていく。
「嬢ちゃん、大人しくしてれば怪我させないどころか天国に連れてってやるよ。だからそんな物騒な獲物はしまって、寝転んで足開き…あぁ?」
私の眼前で一匹の傭兵の頭と胴体が生き別れになる。いや、この場合、死に別れと言うべきか。
その光景を皮切りに傭兵共が怒声をあげながら襲いかかるが、女はハエでも払うかのような素振りで次々と切り捨てていく。
頭を、腕を、脚を、鼻を、目を、そして耳を。
まるで相手を不具にしていくことを楽しむかのように切り刻む姿には、美しさすら感じる。
間違いない、この女は狂人だ。それもとびきりの。
女に嬲られ、傭兵共は半狂乱になりながら取り囲むが、全滅は時間の問題だろう。いや、女は最初の数人を除き、あえて致命傷を与えないように立ち回っているように見える。
待っているのか、この私を。
面白い、ならば試してみろ。王国きっての大貴族の血で目覚める真の化け物の力を!!
「神王の名のもとにこの世にその姿を顕現せよ!!魔獣オルトロス!!」




