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異世界転生

「兄様…兄様…」


 誰かが呼ぶ声が聞こえる。


 優しく、憂いを帯びた、どこか懐かしい声。


 返事をしようとするが声が出ない。


 これは夢だろうか?


 身体に力が入らず、どれだけ力を込めても指一本動かない。


「兄様…兄様…」


 頬になにかが伝う。


 涙だ。


 これはオレの涙だろうか?


 それとも…。


「兄様!!兄様!!」


 呼びかける声は一層大きくなり、その響きは鼓膜を通り越し、脳内で反響を重ねる。


「兄様!!」


 オレを呼ぶ声に導かれるように目を開けると、そこには見知った顔があった。


 やはりこれは夢だ。間違いない。


 なぜなら、オレの前で涙を流している女性はNPC、そうゲームの世界の住人なのだから。


「あ、起きた。」

「兄さん大丈夫ですか?どこかお怪我は?」

「いっちゃんようやく復活だ。これで全員揃ったね。じゃあ、冒険始めよ~。」

「でもお兄ちゃんボーっとしてる。まだ意識がはっきりしてないのかも?とりあえず目覚まし代わりに頭から水でもかけてみよっか。」

「寝起きだからでしょ。っていうか、初手嫌がらせやめなさい!!」

「静かに!!兄様、私達がわかりますか?まだ話せないようでしたら、うなづくだけで大丈夫です。」


 聞き覚えのある5つの声。

 5人の顔を目で追い、コクリと顔を縦に動かす。


「よかった…本当によかった…」


 頬を伝う涙の量が増える。

 もちろん、その涙のあるじはオレじゃない。


「…ここは?」


 声を振り絞り問いかける。

 少しずつ身体に力が入るようになってきたものの、まだ自分の身体ではないような、どこかフワフワとした感覚が四肢を支配している。

 今は声を出すだけで精一杯と言ったところだ。


「ミッドガルド…だと思いたいけど、似て非なる別の世界ね。恐らくだけど。」


 少し距離をとって立っている少女がけだるげに答える。


「ミッドガルド!?」


 思わず聞き返す。


 『ミッドガルド』は8年ほど前にリリースされた、第二世代フルダイブ式MMORPGだ。

 専用のフルダイブ用ゲームデバイスを使うことで、まるでゲームに実際に入り込んだかのような感覚でプレイ出来る、というのが売りのフルダイブ式MMORPG。

 ミッドガルドはその第二世代に数えられるゲームで、高いゲーム性と『ある強み』により、今なお根強い人気を誇っている。


 その強みというのは、最新AIを駆使したキャラクリエイトとボイスオーダーメイド機能、そして何より理解ない人々から『キャバクラAI』などと呼ばれるNPCのトークAIだ。


 この機能がどれだけ革命的かというと、例えば『細身で中性的で少し生意気なネコ耳エルフ』などというアバウトなワードを入力するだけで、瞬時にいくつものアバターやボイスの候補が作成され、さらに細かく性格を設定することで、自分の想像により近い容姿・性格・声を持ったNPCとフリートークが存分に楽しめるという、オレのような寂しいこどおじにとっては天国のような環境が用意されているのだ!!


 まあ公式発表によると、この機能はあくまで


『プレイヤーのクリエイティビティを形にすることを助け、シームレスでフレキシブルな冒険にコミッションするための、ハイエンドな未来思考AIと進歩的人類の歴史的マリアージュ』


らしいのだが、ストゼロをキメながら書いたとしか思えない黒歴史的紹介文の内容をまともに受け止める人間などいるはずもなく、発表から実際にベータ版がプレイされるようになるまで、多くの批判と訴訟を抱えたと言われる、曰くつきのシステムでもある。


 というのも、こういったゲームのさがとして、プレイヤーはハーレムパーティーを組みたがるわけだが、運営が『プレイヤーの自由闊達なクリエイティビティをフォローするため』という名目で、NPCを作成するに当たっての画像・音声・動画取り込みという『おい、それ絶対悪用される事わかったうえで実装しただろ!!』という悪魔の機能をつけてしまったのだ。


 こうなると、プレイヤーがやる事はただひとつ。


 好きな芸能人や自分の周りの人間をゲーム上に再現し始めたのだ!!!


 まあ、男なら誰しも思春期にゲームのキャラに好きな子の名前をつけるという黒歴史を量産するかと思うが、『ミッドガルド』では極めて高解像度で違和感なく再現された人間が喋り、共に旅までしてくれるわけだ。


 恋愛という過酷すぎる自由競争に敗れた弱者男性に溢れた日本において『ミッドガルド』が流行らない事があるだろうか!?


 いや、ない!!!!!!!!!!


 かくしてミッドガルドには、明らかに同じ芸能人をモチーフにしたNPCが闊歩することになったわけだが、当然このシステムは著作権、肖像権、何よりモデルとなった人間の人権を侵害しているとして大問題となった…というか、問題にならないはずがなかった。


 しかし、世間を巻き込んでの大騒動に発展するかに思われたこの問題は一気に沈静化した。


 人権派として悪名高い某女性議員が『ミッドガルドのシステムは仮想人格を有する女性への不当な搾取である』という誰もが『もっとツッコミどころあるだろ!!』と感じる超理論を展開し反ミッドガルドの旗頭になったにも関わらず、なんと彼女自身がミッドガルドでNPCへの性的搾取をしていたことが判明したのだ。


 しかも、そのプレイ内容が『イケメンだけが入ることを許された日本有数の超ボンボン高校の学生寮に、親の借金の返済の代わりに貧民代表として下働きをするなかで、イケメン達の情事を次々と目撃してしまう』という一般人類には高度すぎる内容だったため、ミッドガルド反対派も過激派も議員の崇高な思想についていけず、議員自身も何事もなかったかのようにスルーしたことでミッドガルドへの批判はアンタッチャブルなものになったのだ。


………いや、いま改めて経緯を思い出しても酷い話だな!!


 とにかく平穏が訪れたミッドガルドでは、若干の自主規制こそ入ったものの、多くのプレイヤーがその雑な網目をかいくぐり、自分の思い思いのNPCを作成しているのだ。


 そして、いまオレの目の前にいる5人こそ、ミッドガルドで共に旅をしてきた、オレが一人当たり100時間以上かけて作り上げた妹NPC達なのだ!!


 ちなみに妹とは言っても、実際の妹を模したものではなく、あくまで理想の妹というか、男の夢というか…恐らく多くの、たぶん9割型の男性ミッドガルドプレイヤーが行なっている、ハーレムパーティーの亜種なわけだが、そこについては武士の情けという事で詳しくは突っ込まないでほしい。

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