39 冬の始まり
北部の魔族領の問題は解決した。
散々手間取ってた割りには随分とあっさりした終わりだったが、まあ姉が良いなら良いだろう。
姉は北東魔族領を我に治めて欲しかった様だが、あんな荒れ果てた領土を貰っても立て直せる人手が無いので丁重に断る。
元々姉が所有してた領土なのだし、向こうの重臣等もいきなり我が持って行けば反感を覚える筈だ。
だがあの領に住まう魔族の幾らかは、我の町に流れて来る事にはなるだろう。
かの地の旧支配者を、姉が封印も消滅もさせずに身柄を持ち帰ったのは多くの兵等が見ていた。
一部の側近の身なら兎も角、一般の兵等までもが其れを見た以上、口に戸は立てらまい。
旧支配者に恨みを抱いていた民等は、姉の行為に不満を持つ。
其れでもその地に住まい続けるか、新しく拡大中の我が領に移り住むか、恐らくは半々程度だと我は見ている。
人が増えれば困るのは資材と食糧だが、此方に関しては今回の報酬も兼ねて姉から融通して貰える事になっていた。
中立地域北部に居る我等以外の集まりである、連合を称する連中もそろそろ瓦解する頃合いだろう。
ただでさえ豊かになった我が領へ移り住む者が増えているのに、嘗ての住処であった北東魔族領も解放されたのだ。
自治に拘り意地を張れる状況では最早無い。
そんな事よりも、町の拡張が忙しかった。
人が住むには住居が必要で、其れが足りなければ民は勝手に建て始める。
しかし一度でも其れを許してしまえば、町の開発計画に大きな狂いが出たり、土地の所有権利等が後々の大きな問題となってしまう。
故に人口の増加に負けぬ速度で、住居の建設を行う必要があった。
そしてそんな時に役立つのが我が幻想魔術。
北部魔族領が合併され、エシルの町に帰還してから一ヶ月、我は技師等と共に只管住居建築に勤しみ続けている。
刻一刻と迫る冬までこの作業は続く。
雪が降る季節になれば人口の流入は止まる筈だろうし、やって来た者等を家無しで凍えさせる訳にもいかない。
朝に起床し、午前中は文官等の報告を聞いて指示を出し、昼間は各建築現場を回って技師等の要望通りに術を使う。
日が暮れれば建築員等の酒盛りに顔を出して、家に帰ればサーガやリリーに酒の匂いに顔を顰められる日々。
正直全く魔王らしくは無いけれど、忙しくも其れなりには楽しい。
町が急速に広がっているのと人口の増加で、治安維持を行う軍の負担が急増したが、それを解決したのはガルだった。
ガルが森の狼種等を従え、軍への協力を行ったのだ。
今では町中を守兵が警邏する際は、必ず一頭は狼種の魔物を連れて行く事になっていた。
フォレストウルフと呼ばず、態々狼種と呼ぶのは魔族と暮らすようになって進化した個体が増えて来た為である。
シャドウウルフにアイスウルフ等々、町で見かける狼種の姿はバラエティに富む。
他にも町で暴れた荒くれ者を、ガルが叩きのめして軍に入隊させたりもしたらしい。
その活躍や狼種が近しい存在となった御蔭で、その代表であるガルは町でも人気が高いとか。
人気と言えば、我やガルが不在の際に町を守っていたサーガやリリーも同様だ。
サーガは我の代理人として町の者の前に姿を現す事が多いし、各種の魔術、特に治癒魔術の使い手でもあるので、怪我人が彼女の元へ運ばれて来る時もある。
若さ故に彼女を侮る者が居ない訳では無いのだが、そういった者は大体もっと若い、もしくは幼いと言ってしまって良い姿のリリーの蔓に絞められて反省をする羽目になっていた。
それでもリリーは多くの魔族の魔力を受けて発芽した影響か、基本的には町の民には非常に好意的だ。
魔族の側でもそんな彼女を好ましく思うらしく、特に直接魔力を分け与えた事のある女達からは娘の様に扱われている。
他にあった出来事と言えば、そうそう、先日我がガル達と修行の為に潜ったダンジョン、中立地域と北西魔族領の境辺りに在ったアレが、エシルの町に向かって徐々に接近しているらしい。
あのダンジョンの入り口は既に完全に中立地域内に入っており、冒険者達の攻略拠点が使用出来なくなったと姉の領から報告、或いは苦情が届いたのだ。
我に苦情を言われてもと思ったが、久しぶりにステータスを確認したら『ダンジョン管理』と名の付いた謎の技能が生えていたので、我のせいで間違いなかった。
どうやら本当にあのダンジョンには懐かれていた様子である。
まあ懐いてやって来るのを追い返すのは忍びない故、姉には謝罪を入れておこうと思う。
姉と我の関係から言えば、拗れる事はまずあり得ない些細な問題だ。
けれども些細では済まない問題も、一つある。
「つまり冬が終われば派兵は確実か」
我はワケット、元行商人で、今は文官の纏め役になっている彼からの報告書に目を通していた。
東の人間領の中でも最も中立地域に近い国、ロルック王国の中で魔族討伐、我が領に攻め入る機運が高まっているらしい。
ロルック王国は先に魔物領からのスタンピードの際に最も被害を受けた国である。
被害が大きかったのなら大人しく回復に努めれば良いものを、先のスタンピードは中立地域に進出した魔族の陰謀で、ロルック王国は其れを討伐すると宣言したそうだ。
確かにスタンピード後に建設された砦を見れば、我等の関与を疑いたくなるのも仕方は無いかも知れない。
「あのままではロルック王国は国力低下の隙を突かれて隣国に侵攻される可能性が大きかったのです。国として魔族に戦いを挑むと宣言すれば、隣国からの侵攻はとりあえずなくなると踏んだのでしょう」
ワケットの言葉を聞いて、少しだけ納得が行った。
成る程、確かに人類の敵である魔族と戦うと宣言したロルック王国に攻め入る行為は、人間国家としてはタブーだろう。
ロルック王国にとっては中立地域に最も近い国との立地を活かした時間稼ぎの策と言った所か。
「だがそれではまるでその隣国との戦争よりも我等と戦う方が楽だと言われておる様で、……面白くは無いな」
我が言葉に、ワケットが苦笑いを浮かべる。
元行商人、まあ今でも行商隊を裏で仕切るワケットにとって、敵に侮られて面白くないといった感情には共感しがたいのだろう。
意外と情には篤い奴だが、其れでも大きな視点で重視するのは実利なのだ。
「我が方の実態を把握しておらんのでしょうな。準備されてる物資の量から推察するに、凡そ二千から三千程の兵が動員される予想です」
また随分と中途半端な数である。
その数では例え我が居なくとも、多くの魔族が集まったエシルの町は落とせないだろう。
「恐らく我や町の存在は知らず、砦だけが目立ったか。まあ良い。ロルック王国に勇者やその子孫は?」
人間は個体としては弱いが、決して侮ってはいけない存在だ。
ゴブリンやオーク程では無いが、繁殖力が強く、子を産む速度も早い。
何でも十カ月程で赤子を生むと聞く。ちなみに魔族の子は母の腹の中に八年から十年程居るのが普通である。
そして其処から十五年もすれば、一人前の兵士になれるほどに成長するそうだ。
繁殖力が強ければ、当然数が多くなる。数が多くなれば、その中から強力な力を持った個体も現れ易い。
並の兵士の強さは、我が呼ばれる原因となったサーガの村を襲った連中とほぼ同じ位だろう。
あの連中の中でも首領と魔術師であった参謀は別格で、部隊長クラスに相当する。
サーガの村が滅びたのは、首領と魔術師の存在が大きかったそうだ。
単純に兵士相当の相手だけなら、魔族の男はそうは負けない。
繁殖力以外にも、人間には大きな力がある。
其れは四柱の神の存在だ。
名前は知らない。祈る気等毛頭無いので、知る必要も無い。
ただ奴等が人間に、勇者に与える力の種類から、騎兵の神、武器の神、英雄の神、旗手の神と呼んでいた。
騎兵の神は勇者に神騎兵、八メートル程のサイズの巨大な彫像、まあぶっちゃけて言うと異世界の知識で言う所の巨大ロボとやらを。
武器の神は聖剣、聖槍の類を。
英雄の神は類まれな身体能力や魔術の力を。
旗手の神は己に付き従う者の士気や力を高める象徴を、選んだ人間へ加護として与える。
神からの加護を受けた人間を勇者と呼ぶが、時折複数の神からの加護を受けた勇者が出現する事もあった。
恐らく今の我でも、複数加護持ちの勇者の相手は出来ないだろう。
何でも初代の勇者は四柱の神全てから加護を受けた化け物だったらしい。
さてこの勇者に与えられる加護だが、厄介な事に子孫に対しても劣化しながらも遺伝する。
そしてその劣化した加護を人間は探究、模倣し、更に劣化した疑似的な加護を造り出した。
神騎兵から従騎兵を、聖剣から魔剣を、英雄から強化兵士を。
だから決して人間は侮ってはいけない。
まあ尤も、あの了見の狭い神等が加護を模倣した人間をそのまま見逃すとは到底思えないが。
世界を巡る戦いに、例え人間が勝利したとしても、人間に未来は無いだろう。
「ロルック王国に力を遺した勇者の子孫は居ませんが、従騎兵が十程存在します。今回の派兵に動かすかどうかは微妙な所ですが……」
言い淀むワケットだが、存在する脅威は動くと想定して準備した方が良いだろう。
従騎兵の相手が出来るのは、我にガル、それとリリーだ。
前回の戦いに引き連れて行って経験を積ませた兵等も総出で当てれば一騎は相手に出来るだろうが、折角育ちつつある兵を従騎兵の相手なんぞで損耗させるのはあまりに惜しい。
彼等には初陣の者等を統率する仕事もある。
エシルの町で集めれる兵数に、狼種の魔物を加えれば五百に届く。
更に砦が完成すれば、
「まあ情報通りの数しか動かんのなら余裕であろうな。兵等も良い経験が得られよう。だが注意は怠らぬように。引き続き彼の国の動きは調べてくれ」
我の言葉に、ワケットは一礼して退出して行く。
情報量、保有戦力、物資の豊富さ、そして背後に敵を抱えぬ身軽さ等、思い付く要素は全てにおいて上回っていた。
其れでも何が起きるかわからぬのが、人間と魔族の戦いなのだ。
備えだけは怠らぬ様に、冬の間も忙しい日々が続くだろう。




