57.オセ
◇◆◇
「はぁっ……!」
俺は片手剣を振るい、バアルにダメージを与える。……雛山もやる気になり、前衛メンバー全員でバアルと戦っている。猫と蛙の頭が再生するが、直後に全員の攻撃を叩き込まれて消滅、という流れを繰り返す。こうやって消耗させ、霜月の準備が整うのを待つ。
「天草さんっ……!」
雛山も、懸命に木刀を振るう。天草だったバアルを攻撃するのは心苦しいだろうが、それがあいつのためだと信じ、必死に戦っている。
「蜘蛛切っ……!」
「「神の爪」……!」
「サリエル……!」
他の面々も、バアルに渾身の一撃を叩き込んでいく。けれど、バアルが呻き声を上げると同時、穿たれた傷が塞がっていった。相当消耗はしているはずだが、この驚異的な回復力とは……普通に倒そうとしてた場合でも、厄介なことこの上ないだろう。
「天草……お前のために、これだけの人間が出てきたんだぞ。いい加減、目を覚ましたらどうだ?」
切断された蛙頭が再生しだしたところへ、俺は片手剣を突き刺して強引に回復を止める。
「いつまでも寝惚けてるから、叩き起こすしかないじゃないか」
そのままミカエルを突っ込んで、内部を抉り出した。黒い瘴気や塊が血肉のように零れ出し、人型の頭がもがき苦しんでいる。今のは特に大きなダメージになったようだ。
「お前のことを大切に思ってる奴がこんなにいるんだ……観念して起きて来い」
ついでに蜘蛛の脚も何本か切り裂いて、体勢を崩した。脚も復活するが、一度崩れた体はそう簡単に立て直せない。蛙頭の傷口も治りが遅いし、このまま行けば、かなり有利になるだろう。
「いい頃合みたいね……みんなお待たせっ!」
しかも丁度、霜月が到着した。他にも何人か連れているが、方術を使うのに必要な人員なのだろう。
「全員離れて……!」
霜月の号令と共に、全員がバアルから距離を取る。そして、大規模な方術の気配が膨れ上がり―――
「穢れた信仰に塗れし悪魔よ、我が祈りと神の名の元に清廉となれ―――退け悪魔よ……!」
白い光がバアルを包み込む。それは、強い祈りが形となった、清浄なる光。バアルが纏った穢れを祓い、本来の姿を炙り出す。―――かなり簡略化しているが、バアルを人間に変える方術だ。大分弱体化させたし、これで天草を助けられるかもしれない。
「天草さん……!」
「しーたん……!」
雛山や双葉、その他のメンバーも、その行方を見守っていた。……やれることはやった。だが、方術は急ごしらえの簡略版だし、必ず成功する保証はない。そうなれば、後は祈る他ないのだ。
「天草……」
微力ながら、俺も祈りを捧げる。神にではなく、天草に―――ここまでしたんだ、もう認めてやる。大切な仲間のために、俺は祈った。早く戻ってくるように、無事に帰ってくるように、と。
「……ぅぁ」
すると、光の中から声が聞こえた。それは、とても小さくて、聞き逃してしまいそうなくらいだったが、確かに聞こえたのだ。
「もう少し……!」
更に光が強くなり、瘴気がどんどん抜け出していく。穢れを祓う力が、バアルの力を完全に殺いでいった。
「ぁ……」
そうして、光の中から、徐々に姿が現れた。バアルの本体―――天草の姿が。
「天草さんっ……!」
「しーたんっ……!」
雛山たちの声に呼応するように、光が一瞬膨らみ、そして萎む。そして―――
「あ……」
光が弾けて、消え失せる。残ったのは、バアルの本体―――その姿は、見間違えようがない。それは確かに、天草だった。
「天草さん……!」
直後、雛山が天草に駆け寄った。地面に突っ伏した天草を抱き起こし、体を揺する。
「しーたん……!」
双葉や他の者達もそれに続き、天草は大勢の人たちに囲まれていた。……とりあえず、これで作戦終了だな。
「……ふぅ」
俺は武器を下ろすと、左腕の力を抜いた。すると、体の左側に定着していたバアルの因子が、徐々に霧散していった。……目的を達成して、火事場の馬鹿力みたいなものがなくなったのだろう。とはいえ、いつまでもあったらそれはそれで邪魔だし、こちらのほうが都合がいいのだが。
「……まあ、大変なのはこれからなんだがな」
無事に終わったのは何よりだが、人間からバアルになり、更に人間に戻ったとなれば、上層部が黙っていないだろう。全て元通りにはならない。……まあ、そんな野暮なことは後でいいか。
◇
……数日後。
「迷惑掛けてごめんね、織部君……」
「気にするな」
学園地下にある面会室にて。俺は天草と面会していた。……一度バアルとなった天草は、異端者として地下牢に収監されていた。一応、俺みたいに事情を知っている奴は面会できるが、それもかなりの制限を掛けられている。
「雛山とは話せたのか?」
「うん、さっきね。……雛山さんにも言ったんだけど、明日、移送になったの。だから、織部君とは、もう―――」
「二度と会えない、ってか?」
「う、うん……」
天草は俯いて、気落ちしたような声を漏らす。……一度バアルに身を落とした以上、異端者として異端審問を受けなければならない。エクソシストの総本山であるバチカンまで移送されるのだろう。そこで行われる宗教裁判は、想像を絶するほどのものらしいが、昔と違って有罪ありきの出来レースではないとのことだ。そこだけは救いだろう。
「別に会えなくなるわけじゃないさ。俺みたいな例もある。まあ、バアルから人間に戻れた貴重なサンプルだから、色々実験されるかもしれないがな」
「えぇ……それはちょっと」
「俺も通った道だからな。……そういう意味では、二度と会えないってのも間違いではない。だが、うまくいけば戻ってこれるかもな」
「……」
実験動物の先輩としてアドバイスをした後、俺は立ち上がった。もうすぐ面会時間が終わるし、とりあえず元気そうなのだけ確認したからもう十分だ。
「織部君……雛山さんのこと、お願い」
「分かってるっての」
天草の言葉を軽く流して、俺は面会室から出た。
「……」
「……待ってたのか?」
「うん」
面会室を出ると、部屋の前に雛山がいた。俺のことを待っていたらしい。俺はそのまま、無言で歩き出した。
「……」
「……」
地上への道を行くと、雛山がついて来る。お互いに無言のまま、寮への道を歩いていった。
「……寂しくなるね」
その途中、雛山がそんなことを漏らした。……天草の移送については聞いているはずだ。故に、天草のことについてだろう。
「そのうち、また会えるだろ。気にするな」
「うん。……織部君、最近優しくなってきた」
「そうか?」
雛山に言われて、確かに俺自身、当初とは比べ物にならないくらい柔和になったように思えた。こいつと接するようになって、何か変わったのだろうか。
「織部君」
「ん?」
「呼んでみただけ」
「おい」
そんなありきたりな会話をしながら、これからもこんな風に過ごしていくのかと思った。無論、今回の天草のように誰かがいなくなることはあるだろう。けれど―――
「……」
隣に立つこの女は、無理矢理にでも俺に付き纏ってきそうだ。正直辟易するが、それも悪くないと思っている自分が、何より恐ろしかった。




