↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スキルなし』と鑑定され追放された俺、実は見た技を全部喰らう《万象写し》だった件  作者: さぼてん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4話: 初依頼、完食

 草の海がふいに静かになった。


 虫の音が消えている。


 ……お。


 薬草を摘んでいた俺の手が止まった。


 東の薬草地は腰まで草が伸びた、だだっ広い野原だ。


 柵のすぐ外。振り返ればオルゼンの門と、見張りの小さな影が見える。


 柵の外でも、門番の目が届く範囲は規則の上では「壁の中」扱いになる。だからFランクの俺でも来ていい。


 そういうぬるい場所のはずだった。


 なのに虫が鳴きやんだ。


 草地で音が消えるってのは、たいてい、でかい何かが近づいてる合図だ。


「おーい、坊や。手ぇ止まってんぞ」


 少し離れた草むらからしゃがれた声が飛んできた。


 モーク。今朝この薬草地で一緒になった、先客のおっさんだ。


 背中に籠を負って、腰を折って草を掻き分けている。


「摘み方、教えてやったろうが。根を残せ、根を。抜いたら来年生えねえぞ」


「へえ。じゃあ、来年また来ますね」


「Fランクの新人が、来年まで冒険者やってるかね」


 モークがけけっと笑った。


 悪気はない。この街じゃ、無能を心配するってのはこういう笑い方をするものらしい。


「モークさん」


「あん?」


「静かにしてもらえます? ちょっと」


「なんだよ、急に」


 俺は答えず草の先を目で追った。




 風がこっちへ流れてくる。


 その風に獣の匂いが混じっていた。


 脂と湿った土と、金気《かなけ》の匂い。


 薬草の甘い匂いをぐいと押しのけてくる。


「モークさん。門、近いですよね」


「そりゃ、目と鼻の先だ」


「はぐれの小物が出るって、聞きました?」


「聞いた聞いた。だからここは安全なんだよ。門番が弩構えてんだから、でかいのは近寄らねえ」


 でかいのは、近寄らない。


 その言葉が終わらないうちに草の向こうが盛り上がった。


 地面が揺れる。


 どすん、と重い足音がひとつ。


「……モークさん」


「お、おい。なんだ、ありゃ」


 草を割って出てきたのは、小物なんかじゃなかった。


 俺の背丈の、倍。


 猪の形をした黒い巨体。


 背中いっぱいに鈍く黒光りする棘《とげ》がびっしり生えている。


 鉄棘猪《てっきょくちょ》。上位個体だ。


「聞いてた話と、ずいぶん違うな」


 俺はへらっと笑おうとして、少しだけ失敗した。


 小物じゃない。門番の弩がどうこうって図体じゃない。


 こいつは、はぐれた末にうっかり門のそばまで迷い込んじまったってやつだ。


 運が悪い。俺たちも、こいつも。


「モークさん、下がって。ゆっくり」


「む、無理言うな。腰が」


 鉄棘猪がぶるっと背を震わせた。


 その瞬間、俺の目が勝手に開く。


 棘が、逆立った。一斉に。


 来る。




 鉄棘猪の背中から、黒い棘が雨みたいに撃ち出された。


 狙いは俺じゃない。


 腰の抜けたモークのほうだ。


 その一瞬、俺の中で二つの声がぶつかった。


 喰え、と一つが言う。今の技、見えてる。喰える。


 もう一つが、言う。喰うより先に、やることがあるだろ。


 ……ああ、うるさい。答えなんか、とっくに出てる。


 俺は地を蹴った。


 喰う手前で腹の中の風を引きずり出す。


 牙鴉《ガアク》から喰って作り替えた、俺の風。


「颶風牙《ぐふうが》」


 横薙ぎに風の刃を放つ。


 飛んできた棘の群れが、風に叩かれてあらぬ方へ弾け飛んだ。


 全部は間に合わない。


 一本がモークの肩をかすめて、籠を突き破る。


「うおっ、ぐ……!」


「生きてます?」


「い、生きてる。生きてるが、籠が……薬草がぁ!」


「そっちかよ」


 俺はモークの襟をつかんで後ろへ引き倒した。


 肩から血が滲んでいる。かすり傷だ。深くはない。


 間に合った。


 ……今日は、間に合った。


 誰にも言わない。ただ、それだけを、俺は胸の中で確かめる。


 昔、間に合わなかった背中が、一つだけある。


 あの日から、俺は間に合うために喰ってきた。


 まあ——今は、目の前のでかいのが先だ。




 鉄棘猪が鼻を鳴らした。


 棘がもう一度逆立ちはじめる。


 二の矢だ。さっきより深く背を沈め、力を溜めている。


 さっきのが小手調べなら、次は本気の一撃だ。


 結構。


 本気の技ほど、喰い応えがある。


 俺はモークの前に立った。


「モークさん。目、閉じてていいすよ」


「なに言って——」


「見せもんじゃないんで。ちょっと恥ずかしい台詞を言うんで」


 鉄棘猪の背が限界まで反り返った。


 黒い棘が、一本残らずこっちを向く。


 放たれる。その一瞬。


 俺の目がそいつを丸ごと呑み込んだ。


 喰った。


 腹の底がぐっと引かれる。


 喰った技が、皮膚の裏を這って染みてくる。


「悪いな。その棘、しっかり見せてもらった」


 撃ち出された無数の棘。その一本ずつが俺の目にはちゃんと見えていた。全部まとめて、腹の中の風で巻き取る。


 喰った技を頭の中で組み替える。


 こいつのやり方は、「散らす」だ。広く、浅く、数で押す。


 なら、俺は逆をやる。


 喰った棘を、腹の中の風でぐるりと巻く。


 巻きが締まるほど、握った拳がみしりと軋む。


 散らばるはずの数百本を、一本に。


 細く鋭く、螺旋《らせん》に束ねて。


「散らすのがお前の芸なら」


 握った拳の先に風をまとった一本の錐《きり》が生まれる。


「俺は、一点に束ねる」


 俺はそれを、鉄棘猪の眉間へ向けた。


「喰らえ——

 【万象《ばんしょう》・螺旋穿棘《らせんせんきょく》】」


 草地に、一条の風が唸った。


 風をまとった棘の錐が、鉄棘猪の眉間をまっすぐ撃ち抜いた。


 どう、と。


 でかい図体が、地響きを立てて、草の中に沈んだ。


 棘の一本も、二度と逆立たなかった。


「……散らばる棘より、一本のほうがよく効くだろ」


 言ってから、首の後ろが熱くなった。モークさん、ほんとに目ぇ閉じててくれ。


 俺は拳を開いて、詰めていた息を吐いた。


 門のほうで、見張りが鐘の綱に手をかけたまま固まっているのが、小さく見えた。




 草地に、静けさが戻ってくる。


 巻き上がった土埃がゆっくり地に落ちる。


 薙ぎ倒された草がまだ小さく揺れている。


 鳴りやんでいた虫が、恐る恐るまた鳴きはじめた。


 俺は振り返って、尻餅をついたままのモークを見下ろした。


「モークさん。目、開けていいすよ」


「……開けてた」


「あ。開けてたんすか」


「開けてたよ! 全部見てたよ! なんだ今の、おい、なんだ今のは!」


 モークが腰の痛みも忘れて俺の袖をつかんでくる。


「棘だ! あいつの棘が、風になって、一本に……」


 そこでモークの言葉が途切れた。


 目が、ふらりと泳ぐ。


「……お前、ギルドで噂の無判定の坊やじゃなかったのか!」


「無判定っすよ。ほら、これ」


 俺は外套の内からあの『スキルなし』のカードを出して見せた。


「ちゃんと、無能って書いてあるでしょ」


「書いてあるが! 書いてあるけども! 無能が鉄棘猪を一撃で……そんな無能があるか!」


「いや待て。風の魔法か? お前、魔法使いだったのか」


「魔法ってほどのもんじゃ。ちょっとしたこつっすよ」


「こつで猪が沈むか!」


「沈みましたね。現に」


「屁理屈こねてんじゃねえ!」


「あー……今のは、あれです。運です。あいつが勝手に棘を撃ってきて、風に当たって、いい感じに」


「あんな風の曲がり方があるか!」


「ほら。細かいこと気にすると、薬草採りに響きますよ」


「響くわ! こっちは肩、刺されてんだ!」


「肩、見せてください。血くらいは止められるんで」


「器用だな。無能のくせに」


「無能は器用貧乏って、相場が決まってるんすよ」


「そんな相場あるか」


 モークが真っ赤な顔で怒鳴った。


 怒鳴りながら、その顔は半分笑っている。


 命拾いした人間の笑い方だ。


 ……まあ、こうなるよな。


 派手にやりすぎた。無能を装う身としては、完全にやらかした。


 でも、あの棘をモークに全部浴びせるよりは、ずっといい。


 そっちのほうが後味が悪い。




 モークの肩を、手持ちの布で縛ってやった。


 深くない。歩いて帰れる。


「坊や……いや、レン、だったな」


「はい」


「お前、なんでこんなとこで薬草なんか摘んでる」


 モークが真面目な顔で聞いてきた。


「そんな力があんなら、すぐにでも上のランクに上がれるだろうが」


 いい質問だ。答えづらいだけで。


「目立ちたくないんすよ。俺、下から見上げるのが好きで」


「意味が分からん」


「ですよね。俺も、たまに分からなくなります」


 俺は倒れた鉄棘猪のほうへ歩いた。


 背中の棘は、丈夫な矢尻や針に化ける。素材として、そこそこの値がつく。


 根元から何本か抜いて、革袋に詰める。


「モークさん。これ、半分持ってってください」


「い、いいのか。こいつ、鉄棘猪の上物だぞ。矢尻にすりゃ、しばらく食うに困らねえ」


「じゃあ、なおさら半分どうぞ。俺一人じゃ運べないんで」


「手間賃ってことか」


「そういうことで」


 本当は、運べる。喰った風で浮かせりゃいい。


 でも、それを言うとまた質問が増える。


 だから、半分やる。


 モークが棘を抱えて、しみじみと俺を見た。


「レン。俺は今日のこと、ギルドで話すぞ」


 お。


「あー……できれば、内緒に」


「無理だ。こんなおもしれえ話、黙ってられるか」


 モークがけけっとまた笑った。


 今度は、朝の侮った笑いとは違う音だった。


「はぐれの鉄棘猪を、Fランクの新人が一撃だ。ネルのやつ、腰抜かすぞ」


 ……仕方ない。


 こういう手応えは、こっちが望まなくても勝手についてくる。


 あのけけっという笑いが、これから酒場で何度も繰り返される。


 名前ってのは、たぶん、こういう小さいところから売れていくんだろう。


 狙って売るより、案外、その方が早いのかもしれない。




 門をくぐって、街へ戻る。


 肩を縛ったモークが、隣で興奮冷めやらぬ様子で喋り続けている。


 あの棘がどうの、風がどうの。半分は聞き流した。


「なあ。あれ、どうやったんだ。棘が急にくるっと一本にまとまって」


「さあ。俺にもよく分かってないんすよ」


「分かってないやつが、あんな真似できるか!」


「勢いって大事っすよ。勢いでなんとかなるもんです」


「なるかぁ!」


 俺は革袋の中の棘に、そっと指で触れる。


 喰った直後のあの感覚が、まだ腹の底に残っていた。


 技を喰らうと、ほんの少し内側が重くなる。


 温いような澱《おり》のような、うまく言えない感じ。


 毎度のことだ。すぐ消える。……たぶん。


 まあ、いい。今は、それより。


 初依頼、薬草。おまけに、はぐれの上位個体。


 空腹の朝から始まった今日は、締めにずいぶんな一品にありついた。


「なあレン。お前、ほんとに何者なんだ」


 モークがふと、真顔で聞いてきた。


 俺は、門の上の見張りを一度だけ見上げた。


 無能の坊やが、格上を一撃で沈めた。その話が、これから街を回る。


 悪くない。悪くないが——ちょっと、早いな。


「ただの、逃げ足の速いFランクっすよ」


「どこがだ」


「足も口も、そこそこ回る。それだけです」


 俺は軽く肩をすくめて、革袋を担ぎ直した。


 噂が広まれば、面倒な連中も、そのうち嗅ぎつけてくるだろう。


 ……まあ、そのときは、そのときだ。


 門をくぐるとき、人垣の向こうから、誰かがじっとこっちを見ていた気がした。


 振り返ったときには、もう誰もいなかった。



覇王樹《さぼてん》です。四話まで来てくださって、ありがとうございます。


 お待たせしました。無双回です。三話でレンにさんざん待ちぼうけを喰わせた分、今回は思いっきり派手にやらせました。喰って、作り替えて、技名を叫んで一撃。あの気持ちよさのために、この物語を書いていると言っても過言ではありません。書いていて、僕がいちばん楽しかったです。


 新技の《螺旋穿棘》。あいつの「散らす」技を、レンが「束ねる」技に作り替える——ここに、この主人公のこだわりを込めました。ただの物真似じゃない。喰ったものを、自分の一手に変える。この「作り替える」が、ずっと先で、とんでもなく効いてきます。今はまだ、ただの必殺技の顔をしていますが。


 それから一つだけ。棘の雨から、レンが真っ先にしたことを、覚えておいてください。喰うより先に、庇う。腹の中で二つの声がぶつかって、答えはとっくに出ていた、というあの一瞬。あそこに、レンがなぜ喰い続けているのか、その理由の半分が眠っています。残り半分は、もう少し先で。


 次回、無能なのに妙に強い新人の噂が、ギルドを回りはじめます。よろしければ、次もお付き合いください。評価やブックマークをいただけると、次を書く手が、鉄棘猪より速くなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。