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第1話: 『スキルなし』の烙印

 水晶に手を触れた瞬間、指先がじわりと熱くなった。


 ……ああ、この感触。喰ったやつだ。


 白い光が台座から立ちのぼる。俺の頭の少し上に、文字が浮かびはじめた。


 石造りの広間。同じ齢の受験者がずらりと列をなしている。壁際には見物の大人たち。正面で、才能協会の審査官が退屈そうに座っていた。


 その視線の全部が、今は俺ひとりに集まっている。


 才能の儀。決まった齢になると、否応なしに受けさせられる儀式だ。手をかざせば、授かった才能と等級グレードが空へ書き出される。誰の目にも見える形で。


 要するに、額に値札を貼られる日である。


 で。俺の頭上に出た文字は、こうだった。


 『スキルなし』。


 広間が、水を打ったように静まりかえる。


 それから、笑いがさざ波みたいに広がっていった。


「……ぷっ。おい見ろよ、『スキルなし』だってさ」


「才能の儀で無判定なんて、初めて見たぞ」


「あの荷物持ち、よく今まで冒険者やってこれたな」


「勇者様も、とんだ穀潰しを拾ったもんだ」


 好き放題言ってくれる。まあいい。予定どおりだ。


 むしろ、笑ってくれてありがとう。そう言いたいくらいだった。この判定を、俺は一年かけて丁寧に仕込んできたのだから。


「レン」


 人垣の向こうから、聞き飽きた声がした。


 金髪を陽の光みたいに整えた男が、聖剣の紋章を胸で光らせている。ゆっくりと歩いてくる。


 勇者セルディオ。俺が一年ばかり世話になった討伐パーティの看板だ。


 こいつは、人を見下すときだけ青い目を細める。今も細めていた。


「やっぱりな。うすうす感じてはいたんだ。お前からは、なんというか……才能の匂いがしない」


 匂い、ときたか。鼻がいいことで。


「勇者様。それ、才能じゃなくて、たぶん俺が三日風呂に入ってない匂いっす」


「茶化すな」


 セルディオの笑みが、すっと温度を落とす。


「いいか。お前のためを思って言うんだぞ、レン。『スキルなし』ってのは荷物持ちにも使えんってことだ。しかも——得体が知れん」


 得体が知れん。


 この国では、それは笑い話じゃ済まない一言だ。


 現に、俺の半歩横にいた受験者がそっと距離を取った。気づかないふりで。


 何も産み出さない者。鑑定にすら映らない者。そういう相手をどう扱うか、この国の人間は本能で知っている。役立たずでは済まさない。


「拾ってやった恩を忘れたか? 俺は人徳ある勇者だからな。無能でも面倒を見てやった。だが、正体の知れん奴を側には置けん」


「へえ。人徳」


「なんだ、その目は」


「いえ。さすが勇者様だなあ、と」


 人徳ある勇者。荷物持ちを拾ってやった心の広い俺。


 そういう見栄えのいい絵の背景の、小道具。それが、こいつにとっての俺だった。知ってた。最初から。


「出ていけ。今日限りだ」


 セルディオが、追い払うように顎をしゃくる。俺は肩をすくめた。


「はいはい。じゃ、お世話になりました、勇者様」


 深々と頭を下げてやる。慇懃に。


 顔を上げたとき、俺は笑っていたと思う。たぶん、こいつが思っているのとは、まるで違う理由で。




 城門をくぐる。王都を背にして、俺はようやく息を吐いた。


 石畳がいつのまにか、踏み慣れない土の道に変わっている。誰の目もない街道でひとりになる。俺は独り言みたいに呟いた。


「……いや、うまくいったな。演技の甲斐があったわ」


 種を明かそう。『スキルなし』。あれは嘘だ。


「正確に言うとな。あれ、俺が自分で作ったんだよ」


 才能協会の鑑定は、要するに『他人の才能を読み取る技』だ。だったら話は早い。読み取る技そのものを、先に喰っておけばいい。


「この一年、鑑定官がパーティの連中を値踏みする現場を何度も見てきた。その"読み取る技"を横からいただいた。それだけの話さ」


 鑑定が俺を読もうとする。だが、当の鑑定はもう俺の腹の中だ。読もうとした力が、俺の中で空を切る。結果、額には何も映らない。


「『スキルなし』の出来上がりってわけだ。……我ながら性格が悪いな」


 俺の力の名は、万象写し(ばんしょううつし)。世界に、たぶん俺しか持っていない。


「技が振るわれる瞬間を、この目で見る。それだけで喰らって、俺のものにできる」


 しかも、ただの物真似じゃない。


「喰った技は、作り替えられる。威力を盛る。性質を変える。別々の技を継いで、新しい一手にする」


 喰らって、作り替えて、俺だけの技にする。それが《万象写し》だ。


「だからさ。『スキルなし』の烙印は、俺にとっちゃ最高の隠れ蓑なんだよ」


 誰も、無能を警戒しない。


 無能の前では、みんな油断して技を振るってくれる。——つまり、喰わせてくれる。


「追放? 上等だ。むしろ好都合ってやつ」


「これでもう、勇者様の背景で荷物を持たなくていい。誰にも正体を悟られず、好きなだけ喰って回れる」


「ま、当面は無職だけどな」


 ……さて。


「ここまで来たなら、もう一個だけ種を明かしとくか。どうせ、聞いてる奴もいないしな」


 俺には、前世の記憶がある。


「軽く言ったけどな。これがまた、そこそこ重い話なんだよ」


 ずっと昔。ここじゃない世界で、俺は一度死んでいる。


「灰色のビルが空を刺しててさ。人の群れが朝から、改札を流れていく。そういう世界だ」


「あっちの俺は、朝から晩まで『数字』で値踏みされてた」


 成績。順位。成果。産め、稼げ、役に立て。


「産まない奴に、居場所はない。……そういう国だったよ」


「で。俺はその物差しの上で、何ひとつ産めなかった。誰も救えず、何も残せなかった。あっけない最期だよな」


 だからさ。


「この世界で、初めて『才能の儀』ってやつを見たとき。俺は危うく吹き出しかけたんだ」


 水晶に手をかざす。頭の上に値札を出す。産む力があるかどうかで、人間を等級分けする。


「——なんだよ、これ。看板を掛け替えただけで、中身は前の世界とおんなじじゃないか」


 みんな大真面目な顔でやっている。だが、これはたぶん壮大な思い違いなんだよな。


「……っと」


 俺は軽く手を振った。


「この話は、まだ早い。しまっておこう」


「念のため言っとくとな。この《万象写し》は、前世でもらったご褒美チートじゃない」


 これは、この世界で生まれ持った俺の力だ。


「前世が俺にくれたのは、記憶と……この目だけ。世界をどこか他人事みたいに眺める、薄ら寒い目だよ」


 それでも、だ。


「二度目の命をもらったなら、今度こそってな。そう思ってた時期も、あったんだよ」


 右の手袋に、俺は無意識に触れていた。


 その下に、古い傷がある。手の甲を斜めに走る、白く引き攣れた線だ。指でなぞると、そこだけ皮膚が薄い。少しひやりとする。


 なぞった拍子に、遠い日の陽の色が目の裏で弾けた。一度だけ。すぐに消えた。


 ……この傷は、間に合わなかった日のものだ。


 二度目の人生でも、俺は結局たった一人の妹すら救えなかった。


 軽口が、ふっと止まる。


「……ミラ」


 前世の記憶があろうが、なかろうが。あの日の俺は、まだ小さな子どもだった。その手は、何にも届かなかった。


 いい。今は、それでいい。


「もう二度と、間に合わないなんて言わせない」


 そのために、俺は喰らう。




 感傷に浸る間もなかった。街道の先で、女の悲鳴が上がる。


「……ほら来た」


 こういうのは、だいたいお約束で起こる。


 林の切れ目に、横倒しになった行商の馬車。荷を放り出して逃げ惑う商人。その頭上。


 黒い巨体が、翼を広げていた。


 牙鴉ガアク。上位個体だ。鴉の姿をした魔物で、風を刃に変えて飛ばす。厄介な固有技を持っている。


 ちょうど今、そいつが喉を膨らませて——


「あ、風を吐くぞ。あれ」


 俺は走りながら目を細めた。


 牙鴉の喉から、三日月の形をした風の刃が放たれる。商人めがけて。


 その一瞬を、俺の目が捉えた。喰った。


「悪いな。今の技、しっかり見せてもらった」


 商人を突き飛ばす。風の刃をかわす。地面が抉れた。


 立ち上がりながら、俺は口の端を上げる。


 喰らったばかりの風の技を頭の中で組み替える。もっと鋭く。もっと重く。


 あいつが放ったのを、そっくりそのまま——倍にして。


「——見せてもらった。お前の牙、もう俺のだ。


 喰らって、作り替えて、倍にして返す。


 【万象ばんしょう颶風牙ぐふうが】」


 風が、逆しまに吼えた。


 牙鴉は、自分が吐いたものよりずっと鋭い刃に胴を両断され、声もなく地に落ちる。


 林に、羽根が一枚ひらひらと舞い降りた。


 尻餅をついた商人が、俺を見上げていた。口をぱくぱくさせるだけで、声にならないらしい。顔は、紙みたいに白い。


 喰って、作り替えた。それだけだ。


「……うん。相変わらず便利な力だ。いやチートすぎだろ俺」


 自分で言って、自分で少し恥ずかしくなった。誰も聞いてないからいいけど。


「あ、あんた……」


「無事か? 荷、拾っといたほうがいいぞ。牙鴉は群れる」


「た、助かった……! あんた、いったい何者だ。まさか王都の勇者様の——」


「元、な」


「元?」


「ついさっき、無能だって追い出されたばっかりだ」


 商人が、ぽかんと口を開けた。


「む、無能って……あんた、今その鴉、一撃で……」


「見間違いだろ。それより、その荷だ。牙鴉は血の匂いで群れる。早く積んで行きな」


 俺は肩越しに、王都のほうを一度だけ振り返る。もう、あの背景の絵の中には戻らない。


「今日から、ただの通りすがりだ。名前もいらない」


 商人は、それでも何度も頭を下げた。拾い集めた荷を抱えて去っていく。


 残された街道を、俺はひとり辺境のほうへ歩き出す。


 この先には、辺境都市オルゼン。冒険者ギルドの大支部がある。荒くれと魔物の近い街だ。


 誰も俺の顔を知らない。ちょうどいい。


 喰らって、作り替えて、名を上げる。「無能」の仮面の下で、この世界の技を片っ端から。


 ——もっとも。


 俺はこのとき、まだ知らなかった。


 この世界には、俺のような「喰らう力」の持ち主を指すもう一つの呼び名があること。


 そして、その呼び名で呼ばれた者たちがどんな目に遭わされてきたのかを。


 風が、背中を押した。


 俺は歩調を上げて、まだ見ぬ街へと足を向けた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。覇王樹さぼてんです。


 新作は「無能と侮られた主人公が、実は規格外の力で無双する」——という、恥ずかしげもなく王道ど真ん中のやつを書きます。技名を叫んで一撃で片付ける、あの気持ちよさを全力で。


 そこにひとつ、隠し味を足しました。レンは前世の記憶を持つ転生者です。ただし前世は、彼にチート能力なんて一つもくれていません。くれたのは「この世界を、どこか他人事みたいに眺める目」だけ。なぜそんな設定にしたのか——その答えは、物語が進むほど効いてきます。


 主人公の《万象写し》という力も、ただのコピー能力にはしたくなくて、「喰らって、作り替える」ことにこだわりました。この「作り替える」が、後々ものすごく効いてきます。


 そしてこの作品には、裏があります。レンの右手の古傷。まだ名前しか出していない「もう一つの呼び名」。それから、今回チラッとだけ触れた「間に合わなかった日」。無双で気持ちよく笑ってもらった分だけ、いつか、その裏側で泣かせにいきます。そういう二段構えのお話です。


 次回、辺境都市オルゼン。無能を装ったレンが、冒険者ギルドで最初の名を上げます。よろしければ、評価やブックマーク、感想をいただけると、次を書く手がめちゃくちゃ速くなります。では、また次回で。

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