15.王女と幸福
チエルノフ国王陛下との話し合いの後は、アドルフ王子殿下とピコリス嬢の断罪劇に向けて動きました。
国王陛下から臣下へ事情の説明を行ったり、次期国王としてトーマス王子殿下が立太子される事が正式に決定されたり、アドルフ王子殿下とピコリス嬢の今後について、表向きの調整と本当の処遇の調整等々、やるべき事は沢山ありました。
卒業パーティでの決行時は、流石に緊張しました。
ほぼわたくしのひとり舞台のようになってしまうのですもの。
国王陛下にはわたくし達の説得が随分効いたようです。あれ以来、立場を知らぬ振る舞いは取らなくなりました。卒業パーティーでも大人しく最後まで役目を果たして下さいましたしね。生前退位後は王妃と共に高位貴族の幽閉塔に入りました。
トーマス王子殿下は、立太子の決定と公表としての立太子式、更に一年後には国王陛下の生前退位と本人の戴冠を控え、大忙しでした。
そして、わたくしも。未来の王妃として準備すべき事が沢山ありました。
今までの"ルナリア"をなぞるだけの人生ではなく、わたくしがわたくしとして向き合う日々はとてもやりがいがあります。
最近、当時のトーマス王子殿下と一緒に証拠集めをしていた日々を思い出す事がしばしばあります。
新しい事実を知る度に、素直に驚きを示す彼の表情。わたくしの適当な発言に呆れつつも軽口で返してくれるところ。夕暮れの少し暗くなった図書館で同じ本を覗いたこと。ちょうど鉢合わせた食堂で、嫌いな食べ物が同じだと分かって驚いたな、なんて。
あの頃のようにゆっくり過ごす時間は取れなくなってしまいましたから、懐古してしまうのでしょう。
わたくし達の結婚式は、トーマス王子殿下がチエルノフ国王になる戴冠式の後、同日に執り行われました。
それから毎晩同衾する事になりましたが、トーマス様は奥ゆかしく、恥ずかしがって中々進展しません。
わたくしもそれがおもしr…こほんこほん。愛おしいので、急かす事はしませんでした。
その代わりに、毎夜寝物語として、わたくしの前世の話をするようになりました。
伴侶となった大切なお方に、話しておきたいと思ったのです。トーマス様のお兄様達に関係する事でもありますから。
でも、いつからかお話はほぼ全て『花いず』のルートについての話になってしまいました。
特に、第一王子ルートを見つける為にどれだけ苦労したか、見つけた時にどれだけ感動したか、内容がどれだけ他と一線を画していたか、わたくしにとってその物語がどれだけ特別かを余すところなく話しました。
トーマス様はとても微妙な顔をしていました。
いくら異世界のゲームの話だろうと、実の兄夫婦に対してオタク丸出しで語られるのは良い気分ではなかっただろうなと思います。後から反省しました。
トーマス様が国王になられて暫く後、少し落ち着いた頃にわたくし達は視察を兼ねた新婚旅行に行く事になりました。
お忍びで国民達には何も知らせず、平民の格好をして各地を回ります。
ある街で、ある商店に足を運びました。
扉を開けると、緊張した面持ちの初老の男女がこちらを見つめています。
「あの。うちの店は庶民の生活品なんかを取り扱ってるだけで、あなた方のお眼鏡に適う物は何もねえ。な、なんのご用がおありで?」
男性が警戒したように声を掛けてきます。
周りを見回して、困ってトーマス様に目を向けると、
「こちらに若い夫婦はいないか?」
と、トーマス様が聞きました。
慌てた様子で男性が答えます。
「いません!美男美女で仲睦まじい、成人したての夫と若妻なんてここにはいません!お、俺らの事誰かが見間違ったんじゃ…!?」
「あんた…!」
女性が男性の二の腕をつねって、男性がイテッと声を上げます。
トーマス様と、どうしたものかと顔を見合わせていると、
「ルナリア様!!」
商店の奥から、可愛らしい声が聞こえて来ました。
「ピコリス様!」
現れたピコリス様は、とてもお元気そうで安心しました。むしろ学園にいた時より明るい雰囲気に包まれています。
思わず彼女の両手を取りました。
「お前ら…店の前に馬車を横付けする平民はいねぇんだが?」
奥から、今度はアドルフ様が出ていらっしゃいました。
「そうか?貴族向けに商売するくらいの商人なら、馬車で移動すると聞いたぞ?」
「そういう奴はそもそもこの店に来ねえよ。」
「おい、エディ!あんま失礼な事言ってっと店追い出すぞ!そういう店の下男がここで買い物してるんだから、実質俺らが支えてるようなもんだ!」
「…ちょっと強引じゃね?」
アドルフ様も、お店のご主人ととても楽しそう!
ご婦人が、手を繋いだままニコニコしていたわたくし達のところにいらっしゃいました。
「あ、あなた様がその…ルナリア王妃殿下様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです。あなたが、ピコリス様を支えて下さったテリーヌ様ですね。お話しはかねがね聞いておりました。」
テリーヌ様の目から、涙が溢れました。
驚いていると、彼女はこちらをまっすぐに見つめます。
「ありがとうございました…!この子が貴族に連れて行かれた後、あたし達がどれだけ後悔したか…。タバサの意志を守れなかっただけじゃない、あたし達はこの子を本当の子供のように思ってたって事、改めて思い知らされた。貴族が相手でも、決して引かなければ良かったと…。だから、この子が五体満足で帰って来た時、どれだけ嬉しかったか。全て、あなたのお陰です、ルナリア王妃殿下。ありがとう…。」
「お礼を言いたいのはこちらです。彼女達を平民にする際、どこで暮らすかは大きな問題でした。あなた方がピコリス様のみでなく、アドルフ様のことも快く受け入れて下さった事でわたくし達の悩みは解消されました。ありがとうございます。」
「ふふ、聞いていた通り、お優しい方ですね。あたし達からしたら、跡取り息子まで連れて来てもらって大助かりですよ。ピコ達の事は、これからも任せて下さい。まあ、あたし達の方がくたばるの早いだろうけどね!はは!」
テリーヌ様が、目をクシャッとさせながらウインクをします。それ対して、ピコリス様が泣きそうな笑顔を向けているのがとても印象的でした。
「アドルフ様も、何かご不便はありませんか?」
ピコリス様と手を繋ぎながら、お話しが盛り上がっているトーマス様達の元へと向かいます。
目ざとく見つけたアドルフ様が、サッとピコリス様を引き寄せました。
相変わらず、わたくしとでもピコリス様がくっつくのが我慢ならないようです…とても興味深いですね。
隠れてニヤニヤすると、トーマス様が横から手を伸ばして来ました。わたくしの頬に手を当てて、トーマス様の方を向かされます。何事かと驚いていると、
「兄さんを見て、そんな顔をするな。」
すこし拗ねたようなお顔がありました。
あら?あらら?これは、もしかしてもしかするのかしら?
「一丁前にそんな事をなさるのですから、早くわたくしの事を自分のものにしてしまえばよろしいのに。」
そっと囁くと、顔を真っ赤にして思いっきり顔を逸らしました。でも、ピコリス様から奪った私の左手はそのままです。
…なんて可愛いのかしら。
くすくす、と笑い声が聞こえてきて、そちらをみると、他の皆さんがこちらを見て微笑んでいます。
わたくしも、笑い声を上げました。
わたくしが"ルナリア"を追ったのは、みんなの幸せなどという献身的な理由では決してありません。
わたくしの愛した物語のキャラクター達に、物語の結末のように美しい世界でずっといて欲しいという、極めて利己的なものでしかありませんでした。
…でも。その中に、自分自身を入れてもらえる事がこんなに嬉しい事だとは思っていませんでした。気付いた時からわたくしは、結末まで必死で走っていましたから。
帰りの馬車の中で、トーマス様の顔を見つめます。
「なんだ…。あんまり見つめないでくれ。」
少し顔を赤らめたトーマス様に、ひとつ誤解を解かなければいけない事があるかもと思いました。
「わたくし、いつもお話しする中で、第一王子のものが一番好きと申しているでしょう?」
「…ああ。」
やはり、トーマス様は少し寂しそうな顔をします。
「わたくし、あのお話が好きなのであって、第一王子が一番好きな訳では無かったのよ?」
「…?どういう事だ?」
「わたくしの一番好きだったのは、自分自身もある意味不遇な環境で育ったのに、兄を心配して、ヒロインと結ばれても自分の不幸を伝える事はせず、見た目も中身も正に王子様なのに実はとてもシャイで恥ずかしがり屋の可愛い方だったの。あちらでは好きなキャラクターを"推し"と言うのだけれど、わたくしの一番の推しは第二王子だったのよ?」
トーマス様の顔の赤さが増す。
隣り合うその頬に触れて、顔を近付けた。
「どんな結末でも、好きな人達が幸せなら良いと思っていたわ。でも、結果としてわたくしが一番好きな人がわたくしの隣にいてくれているの。言っている意味、分かるかしら?」
コクン、と頷いたあなたに。
満足して軽いキスを落とした。




