また同じ朝が来ただけ。
※本作は、ユイカ様の楽曲「好きだから。」から着想を得たモチーフ小説です。
歌詞の直接引用は行っておらず、物語はオリジナルです。
『将来、大人になったら僕たち結婚しない?』
『うん!約束だよ。これで私たち、婚約者だね』
幼い頃に決めた小さくて、とても大切でかけがえの無
ない約束。
『それじゃあさ、僕たちずっと一緒だね』
『そうだね。ずっと一緒にいようね』
幼い頃に決めた小さな誓い。
けれどその約束は長くは続かなかったんだ。
小学3年生になって、クラブ活動が始まった。
運動神経の良かった彼は、迷うことなく陸上部に入って。
毎日一緒に登校していた日々は、気づけばあっさり終わっていた。
それから七年。
私はその小さな『約束』、初恋を忘れられずに私の心は七年前に置き去りにしたままだった。
小さい頃の擬似婚約者ごっこ、どこか私は一人でその遊びを続けているだけなのかもしれない。
*************
「ワン、ワン」
「うん、起きるから。ふふ、ちょっとくすぐったいよ、ハルちゃん」
いつもと同じ朝が当たり前のようにやってきた。
胸の上には尻尾をぶんぶん振って私の顔をぺろぺろと舐める子犬のハルちゃんが嬉しそうに座っていた。
いつもと同じ、だけど今日は少し違うのかもしれない。
高校生の一年は、思ったよりも早く過ぎていくものらしい。気づけば、今日から私は高校二年生になっていた。
だけど、朝の始まりは何も変わらない。
ハルちゃんに起こされて、歯を磨いて、顔を洗う。スキンケアをして、朝ごはんを食べる。
家を出る前に、軽くメイクをして髪を整えたら、それでおしまい。
高校二年生になっても、私の朝はいつもと同じルーティーンだった。
「おはよ、紬!今日からあたしたち二年生だね」
「わっ。びっくりしたぁ。本当に高校二年生になっても変わらないね。結依ちゃんは」
「なにぃ、紬。もしかしてあたしが成長してないって言いたいの?」
「違うよ。いつもと同じで元気で可愛いな、って思っただけだよ」
学校への通学路で、結城結依ちゃんと並んで歩く。
中学生の頃、帰り道が同じだったことがきっかけで、いつの間にか一緒にいる時間が増えた。
今では、気づけば隣にいるのが当たり前になっている、私の大切な友達。
結依ちゃんは、話しながら歩いているだけなのに、どこか楽しそうだった。
言葉の端々や、表情から、今日が特別な日だと伝わってくる。
「ねぇ、結依ちゃん。今日はなんだか、嬉しそうだね」
「えー。やっぱりわかっちゃう?てか、紬忘れたの?今日は待ちに待ったクラス替えだよ!」
「あ・・・確かに先生がそんなこと言ってた気がする」
「紬、忘れちゃったの?今年は一緒のクラスになろうね。って昨日LINEしたじゃんかー」
そうだった。昨日そんなやりとりをしたんだっけ。
高校入学した時、結依ちゃんと私はクラスが綺麗に別れてしまった。それに加えて、私が二組で結依ちゃんが五組という少し、遠いクラスになって気軽に行けない距離のせいで結依ちゃんがとても悲しんでいたのを思い出した。
「そうだったね。今日のクラス替え、一緒になれたら嬉しいね」
「ふふ、違うよ。なれたらじゃなくてなるんだよ!」
「私、そんな結依ちゃん好きだなぁ」
「あたしも!紬のこと大好きだからねっ!」
そんないつも通りのやりとり。
いつも通りの日々はこのクラス替えで大きく塗り替えていった。
学校に着くと校門の前では教師たちが新しいクラスの名簿が書かれた紙を配っていた。
「ねぇ、紬。早く受け取りにいこうよ!」
「走ったら転んじゃうよ」
「ふふ、残念ながら私がそんな運動音痴じゃないんだよね」
結依ちゃんが私の腕を取ると長い列に引っ張っていく。
一緒に並ぶと私はひとつ疑問に思ったことを口にした。
「結依ちゃん。隣の列の方がすごい空いてない?そっちの方が早く知れるんじゃないの?」
結依ちゃんは何言ってるの?って顔をするとドヤ顔で語り始めた。
「やっぱり紬はわかってないなぁ。隣で紙を配ってる先生見てみなよ」
「えっと、体育の武田先生がどうかしたの?」
「紬、よく考えてみてよ。あんなクソ教師からもらったクラス替えの紙なんてきっとゴミみたいなクラスが書かれてるよ。運気が吸われちゃう」
ほら見てみなよと結依ちゃんが指をさした先には列に並んでおけるか!って言っている男子生徒が、武田先生からクラス替えの紙を受け取ると生徒が悲鳴をあげながら膝から崩れ落ちていく。
結依ちゃんが言っていた事はどうやら本当みたいだ。
「本当だ・・・」
「ねっ、言ったでしょ。紬がそのまま武田から受け取ってたらあんなのになってたんだから感謝してよね。そうだ!今日のコンビニ新作スイーツでいいよ!」
結依ちゃんはドヤ顔でそんなことを言う。
お金持ってたっけとバックから財布を取り出し、中身を確認すると一千円札が一枚だけ入っていた。とても寂しい。
今日のお昼ご飯を抜けばいけるかな・・・
「んー、紬。そんな悲しい顔しないでよ!しょうがないなぁ、今日のところは心の広いあたしに免じて許してあげよう」
「ふふ、やっぱり結依ちゃんは優しいね」
そんないつも通りの会話をしていると列が進んでいき、やがて私たちの番が回ってきた。
「芽衣ちゃん先生、早くプリント頂戴!」
「今日も結城さんは元気だね。朝霧さんもおはよう。ほら、クラスを確認してから指定されたクラスに入りなさいよね」
「あ、おはようございます。芽衣先生」
「挨拶なんていいよ、早く行って確認しようよっ!」
後ろから芽衣先生の「こら、結城さん!」という声が聞きながら私は結依ちゃんに手を引かれながら靴箱の前までやってきていた。
「ねぇねぇ、紬。早く確認しようよっ」
「ふふ、ちょっとは落ち着こう?」
「紬には分からないかもしれないけど、私がどんな気持ちでこの一年を過ごしたか・・・紬にはわかるまい!」
「ごめんね。ほら、私も寂しかったよ」
不貞腐れた結依ちゃんをよしよしと撫でて慰めていると私たちの隣をとても懐かしい男の子が通り過ぎていき思わず目で追ってしまった。
「ん?どうしたの紬、なんかあった?」
「んーなんでもないよ。なんか結依ちゃんの肩に変なのがついてるなぁーって、思っただけだよ」
「え゙ッ!?待って!?紬取って」
ギャーギャー騒ぐ結依ちゃんを置いといて私の中には先ほどの男の子の存在だけが胸の中をぐるぐると回っていた。
有馬蒼。私の幼馴染でそして初恋の相手。
『将来、大人になったら僕たち結婚しない?』
今でも、彼を見かけるたびにこの言葉が頭をよぎり本当にめんどくさい女だなぁ、と常々思う。
「ほら、結依ちゃん。ちょっと動かないで————ほら、取れたよ」
結依ちゃんの肩についていた桜の花びらをそっと取り、それを見せた。
「よかったぁ、虫だったらこれの二倍くらいは騒いでたかも」
「それは流石に、大袈裟過ぎないかな」
「紬———虫は舐めちゃダメだよ。あいつら噛んだり刺したりしてくる、うん。いわば女子高生一番の敵と言っても過言じゃないんだよ」
「前も湿気が女子高生一番の敵って言ってなかったけ?」
「ジャンルが違うんだよね。分かってないなぁ紬は」
『キーンコーンカーンコーン』とホームルームの5分前になるチャイムがなり、私たちは急いでクラス表を確認する。
たくさんあるクラスと名前を確認していく。
あった。自分の名前は二組と書かれた欄に書かれていた。
え?ある名前が視界に入った。恐る恐るもう一度確認するとやはり私の名前の下に”有馬 蒼”という名前が記載されていた。
これまで一緒のクラスになったことがなかったから今回も違うと思っていたけど・・・・
とっても、嬉しい。
自然と頬が上がってしまう。
「私は二組だったよ!紬はどこのクラスだった?」
「うん?私も二組だったよ!」
「やったね!やっと一緒のクラスになれたよぉ。てか、紬。なんか嬉しそうじゃん」
「そりゃあね。結依ちゃんと一緒になれたから・・・」
「ふふ、私は見逃さないよ。その表情は女の子の顔———」
『キーンコーンカーンコーン』とチャイムがなり、結依ちゃんの声を掻き消すように鳴った。
このチャイムはホームルームを告げるもので私たちは走って二年二組の教室に走り込んで行った。
「すみません。遅れました」
「セーフ。危なかったね、紬。あっ、芽衣ちゃん先生じゃん」
「残念ながらアウトよ。結城さん。次からはもっと早く教室に入りなさい」
「ホームルームが終わってなければセーフなんですよ」
「ほら、屁理屈言わないの。席は出席番号順よ。二人とも早く座りなさい」
どうやら担任は芽衣先生らしい。
先生に促されて席を確認すると私はいつもと同じで廊下側の一番前の席だった。
反対に結依ちゃんは私とは対極の位置である窓側の一番後ろの席だった。
いつものように結依ちゃんが席について駄々をこねていると芽衣先生に軽くあしらわれて「ちぇ」と言いながら席に座っていた。
ふふ、やっぱり結依ちゃんは面白い子だなと思う。
「問題児のせいで時間が押してるから少し巻いてホームルームをするわよ」
「誰が問題児よ!」
クラス中は結依ちゃんと先生のやり取りでわっと笑いが起きた。
そのあとは何事もなく、二年生全体の予定。始業式は放送で行われる等が淡々と説明されていく。
芽衣先生の話はちゃんと聞かないといけないと分かっているのにどこか先生の声が遠くから聞こえてくる。
ずっと意識は私の後ろに座っている一人の男の子。有馬 蒼に向けられてしまっている。後ろを横目で見ると彼はだるそうにしながらも先生の話をしっかり聞いているようだった。手にはペン、机には付箋が置かれている。カリカリとペンを走らせる音が聞こえてきてきっと真面目な彼は大事なところをメモしているのだろう。
そんな他愛もない。彼から発せられる音が近くにいると実感させてくれて恥ずかしくなり、机に突っ伏してしまう。
「こら!朝霧さん、初日から寝ない!」
「ひゃい!?すみません」
先生に注意されて一気にクラスの視線が私に向けられて余計に恥ずかしくなり、顔が真っ赤になる。
その視線の中には彼のものもあるのだろうと思うと少し嬉しく思ってしまう自分がいた。
それから程なくしてホームルームが終わり、新しいクラスで初めての休み時間が始まった。
先生からは休み時間が終わったら自己紹介をしてもらうぞー。と言われているので一年生の頃に同じクラスだった人同士が集まりすでいくつかのグループが出来上がっていた。
そんな中、私は、後ろにいる初恋の相手でもある有馬蒼くんが、頬杖をつきながら一人でボーとしていた
今が話しかけるチャンスと分かっていながらも話かける勇気はちっともなくて本当に自分のことながらあきれてしまう。
「はぁ」
「どうしたの?紬。ため息なんて吐いて。そんなにさっき注意されたことが恥ずかしかった?」
「そりゃあね。はじめましての人からたくさんの視線を向けられると恥ずかしくもなるよ」
「そっかぁ。あたしはいつも注目浴びちゃうからなー」
「そういえば。休み時間終わったら自己紹介があるんだよね」
「めんどくさいよね。ここのクラスの子達とはもう顔見知りだから自己紹介なんてしなくていいのに」
「・・・本当に顔が広いんだね」
「それがあたしの取り柄だからね。紬もあたしのこと見習いなよ」
ういういと肘で結依ちゃんに小突かれているとチャイムがなり、自分の席に戻っていく。
教室の扉がガラガラと開き担任の芽衣先生が入ってくる。
「お前ら席に着けぇ〜て、結城さん席についてるなんてすごいわね」
「なんで名指し!?」
結依ちゃんと先生の茶番でクラスが暖かくなっていくのを感じる。
「まぁ、茶番は置いといて。それじゃあ待ちに待った自己紹介の時間よ。順番は出席番号でいいわね。それじゃあ・・・朝霧 紬さんからお願いね」
「はい。初めまして朝霧 紬といいます。好きな———」
「トップバッターだったから緊張したでしょ。ありがとうね。次は有馬 蒼君お願いね」
「はい、どうも初めまして有馬 蒼って言います。部活は陸上部に所属しています。それから———」
それから次々と新しいクラスメイトたちが自己紹介をしていく。
最初は自己紹介なんてめんどくさいと思っていたけど、成長した蒼くんが好きなものや何をしてるか知れてとても嬉しい気持ちで胸がいっぱいだった。
それから始業式も終わり、結依ちゃんと一緒に帰路についていた。
「じゃあね、紬!また明日ね」
「うん。また明日」
結依ちゃんと別れて角を曲がると電柱に寄りかかってスマホをいじっている蒼くんがいた。
え!?なんてここに蒼くんがっ!?
て、家隣なんだからここにいても何もおかしいことはないよね。
どうしたんだろう。誰かと待ち合わせとかしてるのかな?
挨拶をするかしないかを迷ってオロオロしていると蒼くんはこちらに気付いたのか耳からイヤホンを外すとこちらに歩いてきた。
「よっ、さっきぶり」
「???」
蒼君の友達が私の後ろにいるのかと思い振り返るけどそこには誰もいなかった。
混乱していると蒼くんは笑いながら私に向けて指をさした。
「はは、何してるんだよ。そっか、俺は紬に挨拶したんだよ」
「え・・・あっ、さっきぶりだね。蒼くん」
「うん。こうして話すの久しぶりだな。せっかくだし一緒に帰らない?」
「いいの!?」
思わず身を乗り出して聞き直すと蒼くんは「うお」って驚くとケタケタ笑っていた。
「ごめん」
「謝るなよ。やっぱり紬は昔と変わってなくて・・・いいな」
最後の方の声がうまく聞こえずに聞き返すが「なんでもねぇよ」と一蹴されてしまった。
なんて言っていたのか疑問に思いながらも蒼くんと久しぶりに会話できたことが嬉しくて小さな疑問はすぐにどうでも良くなった。
「ほら、いくぞ」
「うん!」
私たちは家までの帰り道でたくさんのことを話した。中学生時代何をしていたか、最近の出来事、最近好きなもの。それはそれはたくさん話をした。
だけどそんな時間は長くは続かずに気付いたら家の前に着いてしまっていた。
「家・・・着いちゃったね。それじゃあまたね」
流石に家の前でずっと話しているわけにはいかないし、蒼くんの時間を奪うわけにもいかないので別れを切り出して、柵に手をかけた瞬間、後ろから手を引かれた。
「紬、待って」
「ん?どうしたの」
「俺さ、小学校、中学と違ってさ、高校では朝練無いんだよね」
「???よかったね?」
蒼くんの大きな手に包み込まれている腕からは僅かに力が込められているのがわかった。
「だからさ、昔みたいに一緒に登校しない?」
私はその言葉を聞いた途端に嬉しさから顔が一気に真っ赤になり、心臓がドクドクと大きく跳ね上がった。これがどっちの意味かわからないけど。とても嬉しい。
羽織っていたブレザーで顔を半分隠しながらコクコクと頷いた。
繋がったままの腕に力を込めているのに気付いたのか蒼くんは「ごめん、痛かったよな」と言いながら腕を放した。
「それじゃあ、また明日な」
「・・・うん。また明日」
蒼くんに掴まれていた腕にはうっすらと跡が残っていて、そこから蒼くんの温もりを感じるような気がして、そっと胸に腕を抱くととても穏やかな気持ちになれたような気がしたんだ。




