#50 海選待ったなし
「その機体はジャンヌダルクか……なるほど、君が話に聞いていた魔女木青夢だね!」
ナイトメアの騎士ダクス・フォールは、現れた空飛ぶ法機ジャンヌダルクとその操縦士たる魔女――青夢を睨む。
「馬の幻獣機に牽かれるなんて、文字通りの戦車ね!」
青夢もまた、敵戦闘飛行艦―― フォール曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬を睨む。
それを牽引するのはフォールの乗機たる、幻獣機ナイトメアである。
「待ちなさい、魔女木さん!」
「そうよ魔女木、マリアナ様を――隊長を差し置いて!」
「いや、隊長は魔女木だと思うが……何にせよ、おいて行くな!」
「あらら……あんたたちが遅いだけよ!」
そして、青夢を追いかける形で。
マリアナも法使夏も剣人も、自機に乗り合流して来た。
「何ですって!」
「およしなさい雷魔さんも、魔女木さんも! ここでの敵はあの戦闘飛行艦よ、弁えなさい!」
「! も、申し訳ございませんマリアナ様……」
「ちっ、癪だけどその通りね魔法塔華院マリアナ……」
早速喧嘩になりかけた法使夏と青夢を、マリアナは咎める。
「さて、魔女木。今の状況はどうなっている?」
「え、ええ……私があの戦闘飛行艦の横っ腹に、ビクトリー イン オルレアンを撃ち込んだけど……どうやら、急所は外れたようね……」
剣人の言葉に、青夢は報告を返す。
そう青夢のジャンヌダルクが撃ち込んだ必殺技は確かに、夢魔之騎馬を貫通したはずなのだが。
夢魔之騎馬は、未だ不気味に佇んでいる。
「まだまだ手緩くってよ、魔女木さん!」
「ええその通りです、マリアナ様! ここは私が!」
「いや、俺が!」
「ち、ちょっと待ってよあんたたち!」
それを受けて張り切る、凸凹飛行隊だが。
青夢はそんな彼らを見て、慌てる。
彼らが、勝手に突っ走りかねない雰囲気を醸し出しているからだ。
「ああ、ようやくそろったかい凸凹飛行隊とやら! さあ、私の悪夢へおいで……」
そんな凸凹飛行隊を見て。
フォールは両腕を広げ、歓迎の意を示す。
「ん!? この感じは……? 慣れないVR空間にいたせいで疲れているのかしら?」
青夢はその時、何やら違和感を覚える。
何か、夢心地のような――
◆◇
「さあ、皆様……どちらに与してくださるおつもり?」
翻って、昼間のWFOによる海選にて。
自身の乗艦にして生徒会現職艦隊旗艦を務める法機戦艦の艦橋部に陣取るマリアナは。
現職艦隊と対立候補艦隊との境界となる海域に留まる、一般生徒が駆る誘導銀弾駆逐艦又は誘導銀弾巡洋艦の群集に呼びかける。
今まさに次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が始まろうとしていた。
このWFOにおける各海戦の勝利条件は、以下の二点いずれかを満たしたかである。
1.敵旗艦が沈没または大破する。
2.敵艦隊一般生徒の部隊の六割が沈没または大破する。
そうして繰り返し海戦を行い、勝った数と最終票数などにより最終的に勝敗を決めていくやり方である。
「青夢、どうする?」
真白は座乗する駆逐艦の艦橋から身を乗り出し。
青夢に尋ねる。
「う、うーんそうね……」
青夢は首を捻る。
しかし、ご存じの通り。
彼女の腹は決まっている。
いや、正確には選択の余地はないと言うべきか。
青夢はマリアナが座乗する法機戦艦――ひいては、それが旗艦を務める現職艦隊の方を向く。
「そっか……でもごめん青夢!」
「! そっか……真白、黒日。あんたたちは対立候補艦隊なんだね……」
青夢のその反応を見た真白と黒日は。
自らの座乗艦を回頭し、そのまま対立候補艦隊前衛部隊の戦列に加わって行く。
「うん、じゃあ青夢! お互い頑張ろ!」
「うん、精々艦隊戦終わるまで生き延びようね!」
青夢はそんな彼女らに手を振り、自身の駆逐艦も回頭させ、現職艦隊前衛部隊の戦列に加わって行く。
「魔女木、ここにいたか!」
「!? げ、方幻術……」
が、そこへ。
同じく(こちらもやむを得ず)現職艦隊に加わろうとしている、剣人の巡洋艦が。
「さあここでも……お前の力を見せてくれ!」
「う、うん……分かった。」
青夢は、正直剣人が煩わしいことと一般生徒であるためにそこまで活躍はできなさそうなことを憂い。
投げやりに、彼に返す。
しかし何はともあれ。
これで現職と対立候補、両陣営の戦列が成立した。
――ご投票、ありがとうございます! これで、最初の投票結果が出ました。
「! あ、この声!」
突如天から響いた声。
それは青夢、のみならず全ての生徒がログイン直後にも聞いたシステム音声である。
そしてこのシステム音声が言った通り、今両陣営に加わったことが投票となるのである。
その結果は――
――聖マリアナ学園魔女訓練学校、全校一般生徒40000人のうち……現職艦隊35000票! 対立候補艦隊5000票! すなわち戦力非は……7:1です!
「やりましたね! さすがはマリアナ様!」
「ふん……当然ではなくって?」
法使夏の賞賛に、マリアナは素気無い言葉ながらも笑顔で返す。
「おお、マリアナ様! これでマリアナ様と共に生を終える日が遠のきました!」
「おほほ! ええそうよ宮陰さん……って! まだそんなこと言ってらして?」
「はい、無論! ここではなく、まだ死に場所を選べるということですね?」
「だから、宮陰さん!」
副会長の陽師子は、未だネガティブな言い方でマリアナを困惑させる。
「はーあ、この数は私と同じような買収された娘たちかしら……?」
青夢はやや、斜に構えた評価だ。
「れ、レイテ様!」
「申し訳ございません、私たちのせいで……」
対立候補艦隊のうち、二人で一隻の補給艦を擁する雷破と武錬は一緒にレイテへ、票の少なさを詫びる。
「いいえ、これでいいの! これで逆転すれば……票数なんて、次の海戦で一気にひっくり返せるわ!」
が、レイテは特に意に介していない様子である。
「ええ、お美しきレイテ様! 僕たちがいる限り、あなた様には指一本触れさせません!」
副会長候補のジニーも、闘志を燃やす。
「ありがとうジニー。さあて……皆、ここからが本番よ!」
「はい!!!」
レイテは艦隊を、鼓舞する。
「ええ、そうよ呪法院さん! いつも青夢をいじめているあんな生徒会長ではなく! 呪法院さんが勝ってこの学校を、聖レイテ学園に変えましょう!」
「いや真白、この戦いそんな趣旨だっけ?」
熱り立つ真白の言葉に、黒日が突っ込む。
まあ、何はともあれ。
――では、これより……この戦力比による海戦を、始めます!
「ええ、よろしくってよ!」
「はい、マリアナさん。……あなたを潰します!」
システム音声は、開戦を告げる。
――では……始め!
「第一陣、一般生徒部隊! 駆逐艦は前に出て誘導銀弾の弾幕展開! 巡洋艦は駆逐艦の後方で待機!」
「了解!!」
「了解よ……こうなったら自棄くそだわ!」
マリアナの言葉を受けた現職艦隊第一陣、駆逐艦と 巡洋艦は先手必勝とばかりに攻撃を開始する。
「レイテ様!」
「ジニー、法母より空飛ぶ法機編隊展開! 第一陣、一般生徒部隊! 巡洋艦前に出て誘導銀弾弾幕展開! 駆逐艦はその後方で待機!」
「はい!!」
「青夢……あんたがそこで内部工作するぐらいの時間は、あたしたちが稼いであげるからね!」
対立候補艦隊も、負けじとばかり。
艦による制海権は諦め、法機による制空権確保に動き出す。
さらに広義的には無人の法機とも呼べる、誘導銀弾をも合わせて攻撃を仕掛けて来たのである。
「マリアナ様、敵機群来襲!」
「わ、我々も」
「慌てないでよくってよ雷魔さん、宮陰さん! ……わたくしたちが物量で勝ることは既に予想済み。勿論、呪法院さん達もそれを承知で、制海権など最初から諦めるであろうこともね!」
「ま、マリアナ様……」
マリアナは未だ計算内とばかり、弾幕を突破しようとする敵法機群を睨む。
「でも甘くってよ、呪法院さん! 如何に航空主兵論が主な今日だとしても、制海権を舐めてはいけないと教えて差し上げてよ!」
マリアナはそう言うや、座乗する法機戦艦に命じる。
たちまち法機戦艦の第一主砲は、その砲門を対立候補艦隊に向け、火を吹いた。
その艦砲射撃は、現職艦隊の展開する弾幕より少し下の宙を舞い。
そのまま同じく弾幕を展開している対立候補艦隊第一陣、巡洋艦群の付近に着弾し、海面を、ひいては艦隊列を乱す。
「ぐうっ!」
「く、黒日!」
「き、きゃああ!」
「ま、真白、黒日!」
「今よ、現職艦隊第一陣! 駆逐艦群、誘導銀弾を弾幕としてではなく! 敵巡洋艦群及び法機群に照準し発射なさい!」
「り、了解!」
これにより出来た好機は、逃さんとばかり。
マリアナは自艦隊の駆逐艦群に命じ、更に攻勢を強める。
それにより発射された誘導銀弾群は、対立候補艦隊の巡洋艦や法機編隊に着弾していく。
「きゃああ!」
「ひいい!」
「黒日! 私の弾幕の下に来て!」
これにより対立候補艦隊は、少なからず被害を受けた。
「れ、レイテ様!」
「くっ、総員後退! ここは、一旦退がるわ!」
レイテもこれは堪らんとばかり。
艦隊も法機編隊も、一度退がらせる。
「マリアナ様、敵を後退させました! しかし」
「分かっていてよ、雷魔さん! …… 駆逐艦群、やや後退! 雷魔さん、補給艦を駆逐艦群の後ろに! 駆逐艦群補給、巡洋艦群、前へ! 敵艦隊に向け、誘導銀弾発射! 宮陰さん、こちらも法機編隊を展開して!」
「は、はい!」
「マリアナ様! ……承知しました!」
マリアナは二の矢とばかり、手を緩めず。
消耗しつつあった駆逐艦群を補給させ、巡洋艦群による弾幕を展開させる。
しかし駆逐艦には機動力で劣るために、法機編隊を展開しそれを補おうとしている。
「れ、レイテ様! 敵艦隊より誘導銀弾群多数発射! さらに法機も」
「ひとまず落ち着きなさい! 駆逐艦群展開、巡洋艦群を後ろに退げるから金女さんたちは補給艦で補給を! 駆逐艦群は向かい来る誘導銀弾群や法機編隊を迎撃しつつ、敵巡洋艦群の側面を攻撃しなさい!」
「り、了解!」
レイテも手を拱いている訳ではなく。
そのまま駆逐艦群を展開し、前衛を担わせる。
「物量も趨勢も圧倒的に不利……だけど! まだ、手立ては残されているわ……」
しかしレイテにも、まだ手札は残っていた。
そう、生徒会の職は生徒会長・副会長・会計・書記の四種。
この中で、未だ出て来ていない職といえば――
◆◇
戦闘海域の海中を、密かに進む影があった。
「はっはっは……皆、書記を忘れてもらっちゃ困るでえ! そや……この書記対立候補赤音様をなあ!」
本人の弁にもあった通り対立候補艦隊書記・赤音による潜水法母だ。
「さあて、まずは……敵艦隊の補給艦を叩くんや! そうすれば」
そう、書記候補の役割は。
趨勢を見極める能力を活かし、裏から戦いを牛耳ることである。
「……11時の方向に、敵補給艦確認や! さあ、あたしが狙ったるさかいに…… 魚雷霆発射管開放! 魚雷霆、発射用意や!」
赤音はスコープを覗き込み、法使夏の座乗する補給艦の艦底部を照準する。
「はいっ! さあ、これで行って来なさい!」
法使夏はそんなこととはつゆ知らず、引き続き一般生徒たちの駆逐艦や巡洋艦の補給任務に当たっていた。
そこに赤音率いる潜水法母がゆっくりと、それでいて執念深く近づいて行く。
そうしてそのまま、魚雷霆を発射――
「……爆雷、発射!」
「ぐうっ! ……何や、先客かい!」
しようとして、妨害を受けた。
一発の爆雷が、赤音の潜水法母の近くで炸裂したのである。
「くっ、魚雷霆発射管閉鎖! こら危ないなあ、翳めただけでも発射管壊れてそれで浸水して沈没する所やったでえ!」
赤音は慌てて発射管を閉鎖し。
その上で、爆雷を発射した主を睨む。
それは、赤音と同じく潜水法母を駆る者――すなわち、現職艦隊の書記候補。
「さあ、マリアナ様。ここに奴がいます。今、爆雷の炸裂した付近の座標です……」
冷静かつ寡黙な、日占星術那である。
「ええ、よくってよ日占さん! さて……敵潜水法母は日占さんに任せるべきかそれとも……」
連絡を受けたマリアナは、目の前にズラリと並ぶ一般生徒の部隊を見る。
「それとも駆逐艦や巡洋艦にお願いするか、悩み所ね……」
マリアナは決断を、迫られていた。
「れ、レイテ様!! 海中から水しぶきが!!」
「ええ、予想以上に早く見つかったわね。しかし……どう来ますか、マリアナ様?」
対立候補艦隊の後方、旗艦と補給艦の間にて。
雷破と武錬の言葉に状況を察し、レイテは敵艦隊を睨む。
赤音を差し向けた時点で元より、そうそう上手くいってばかりとは思っていないレイテは。
どちらかといえば自分より先制攻撃を仕掛け、相手の出方を窺う作戦に出ているのである。
さあ、どうなるか――