#48 生徒会総海選
「はあー、眠い……あ、いや! はあ、はあ……」
朝早く、未だ日も昇らない中。
元魔男ソード・クランプトン改め、現聖マリアナ学園新聞奨学生方幻術剣人は。
飛行自転車とも言うべき空 飛 ぶ人力 法 機をこぎ、新聞配達に勤しんでいた。
今日は全校朝会があることもあり、遅れる訳にはいかない。
剣人は必死の想いで、各家庭に新聞を届けていた。
「ふう、しかし魔女社会のニュースとは。面白いものはあるのか? ……ええと、『魔法塔華院コンツェルンら複数社、ゲーム会社をTOB』か。なるほど魔法塔華院コンツェルンは、ゲーム会社まで買収か。さすがに、裾野を広げ過ぎじゃないか?」
剣人はちらりと、持っていた商品たる新聞の一面を見る。
魔法塔華院コンツェルン――それは彼の所属する凸凹飛行隊の親組織とも言うべき会社であり、本来ならば他人事のように捉えるべきではない事件のはずなのだが。
魔法塔華院コンツェルンが会社の買収に乗り出すこと自体はよくあることであり、剣人も特には気に留めなかったのである。
しかし、それが誤りであったことを彼は、この直後に知ることとなった。
◆◇
「この度……生徒会総選挙を開催致します!」
突然、朝の総会が開かれている校庭でこの発言が響く。
しかし、最も衝撃的だったのはこの直後である。
「ええ〜、既に新聞等で知っていらっしゃる方もいるとは思いますが……この度魔法塔華院コンツェルンが他社と争う形でTOBに乗り出しましたゲーム会社・ピュクシスコーポレーション! この度はそこより販売されていますVRゲーム・W FOを使っての総選挙といたします!」
「えええ!?」
これには全校生徒が、耳を疑う。
◆◇
「言うのが遅れましたわね……そういうことであってよ。」
「いや、どういうことなのよ魔法塔華院マリアナ!」
学内のカフェテラスにて。
(ある意味空気を読んでいないとも言えるが)優雅に茶を飲みながらマリアナは、あまり説明になっていない説明をし。
当然納得のいかない青夢は、マリアナに食ってかかる。
龍魔力四姉妹と共同戦線を組み、幻 獣 機 父艦バハムートを撃破した海戦より一か月ほど後に。
上述の出来事は、突如として降って湧いた。
「朝会で説明したでしょう? 母曰く、いくら尤もらしい公約を掲げた所で、それだけで推し量れるのは精々面接突破能力。真にこの聖マリアナ学園魔女訓練学校生徒会長に求められる素質は、法機戦隊の指揮能力や戦術力! それを推し量れるとすれば、シミュレーションゲームたるWFOだけじゃなくって?」
「いや、それは聞いたけど!」
マリアナは事も無げに、青夢に改めて説明する。
「魔女木! 相変わらずのマリアナ様へのご無礼はそれぐらいにしなさい。……でも、マリアナ様。私たち凸凹飛行隊には、事前に知らせて下さって欲しかったとは私も考えています。烏滸がましいのは承知していますが……」
「いいえ。……そうね、あなた方のおっしゃることはご尤もよ魔女木さん、雷魔さん。」
「! ま、魔法塔華院マリアナ?」
「マリアナ様……」
法使夏の控えめな主張に、珍しくもマリアナは素直に返す。
青夢も法使夏も、これには面食らってしまう。
「……しかし、これはあくまでわたくし自身の問題ということもあってよお二方。無論、わたくしの部下として協力はしていただきますが。あなた方は、ただ黙ってついて来て欲しくってよ!」
「は、はいマリアナ様!」
「うーん、ちょっと待って! あんたの部下になった覚えはないんだけど?」
「ま、魔女木!」
「……あら?」
が、マリアナのこの言葉には。
法使夏はすんなり恭順するが、青夢は難色を示す。
「現職の学園生徒会長にして、凸凹飛行隊隊長のこのわたくしの部下ではないと?」
「いや、あんた確かに生徒会長だけど……凸凹飛行隊長!?」
青夢は次のマリアナの言葉にも面食らう。
凸凹飛行隊長?
隊長など、決めた覚えはない。
「い、いつ誰がそんなこと決めたのよ!?」
「魔女木! そんなの決めるまでもないわ……マリアナ様が隊長なことなんて、元から決まっていたことじゃない♡」
「……ほえ?」
「あら。」
が、尚も食ってかかる青夢に対し。
法使夏は一抹の疑問も示さず、甘えたような声で言う。
「何と言おうと、マリアナ様が隊長なの! 異論は認めないわ!」
「ええ、少しは分かっているじゃなくって雷魔さん。」
「ええ〜……」
青夢は歯痒い想いながらも、呆然とする。
が、その時。
「いや! ……俺はむしろ、魔女木の方が適任と思うが?」
「! そ、ソー……じゃなくて、方幻術剣人……」
思わぬ所から、援護射撃が来た。
青夢は本来ならば喜ぶべき所だが、あの龍魔力四姉妹との共同戦線以来やや付き纏い気味の彼の意見に、寒気を覚えてしまう。
「ちょっ、あんたの意見は求めてないわ方幻術!」
「まあ待ちなさい、雷魔さん。……そうね、あなたも我が凸凹飛行隊のメンバー。ならばミスター方幻術、あなたの忌憚ない意見も聞かせていただこうじゃなくって?」
「ま、マリアナ様!」
剣人に拒否反応を示す法使夏だが。
マリアナは隊長としての威厳を示すためなのか、彼の意見にも耳を傾け始める。
「ああ、元テロリストの身としてはありがたい限りだ。」
剣人は、マリアナに向き直る。
「ではまず……何故魔女木さんが隊長にふさわしいと思って?」
「ああ、何と言っても……魔女木には、先頃の"オペレーション後手後手"により。よく経緯は分からないが、騎士団に少なからぬダメージを与えた実績がある!」
「うわぁ……」
「! な、なるほど……」
「? ま、マリアナ様?」
剣人の答えに、青夢は紅潮し。
マリアナも、少しではあるが揺らいだ様を見せる。
法使夏はそんなマリアナの様子に、首を傾げる。
「その他の戦いでも、魔女木は先頭に立って来ただろう? あの時――使魔原ミリアの時も……ぶっ!」
「! 雷魔さん……」
「あんたがミリアの名前を口にするな!」
続ける剣人だが、どうやら地雷を踏んだようで。
法使夏からは、水をかけられてしまう。
「す、すまない……だが! いずれにせよ魔女木は、常に先頭に」
「だけど! ……あんたの言うその"オペレーション後手後手"だって、結局決め手にはならなかったし! ミリアだって……まあそれは私の力不足だけど……そうね、確かに先頭に立とうとした姿勢、それは私も認めてあげるわ!」
「ら、雷魔法使夏……」
青夢は法使夏の、やや上から目線な言い方に首を捻りつつ。
少しは、救われた想いである。
とはいえ、もはや"オペレーション後手後手"は自身の中でも黒歴史となっている。
あまり、触れられたくないのだ。
「でも! 実績で言えば、マリアナ様だって出していらっしゃるわ。後方でいつも、あんたや私を的確にサポートしてくださってた!」
「まあそれもそうだが」
「後方、ね……もうよろしくってよ、雷魔さん!」
「! マリアナ様……」
が、マリアナはそこで法使夏の言葉を遮る。
「そうね、確かにまだ凸凹飛行隊長なんて決めたこともないわ……ならば! わたくしも口ばかりではなく、生徒会総選挙で示すまでであってよ!」
「ま、マリアナ様……」
マリアナは立ち上がり。
そのまま、カフェテラスを出て行く。
――今回もあなた大した活躍はできませんでしたね?
―― 後方でいつも、あんたや私を的確にサポートしてくださってた!
「お母様、雷魔さん……なるほど、それがわたくしの活躍できない訳だったのね。」
マリアナは廊下を歩きつつ、母と法使夏の言葉を反芻していた。
そう、自分は後方。
先ほど剣人に言われた通り、先頭に立とうとすることを無意識的に避けて来たのかも知れない。
それならば、活躍できなくて当たり前だったか。
「お母様……マリアナは、きっとご期待に沿って見せます……」
「何やねーちゃんたち! 随分楽しそやな!」
「! え、えーと確か」
「魔女辺赤音や、赤音って呼んでや!」
「あ、ああ……て、転校生の方ね!」
「あ、ああよろしく……」
再び、カフェテラスでは。
先頃転校して来たアラクネに酷似した顔を持つ、魔女辺赤音が青夢たちに絡んで来た。
「(前々から思ってたけど……この関西弁と声、やっぱり)」
青夢は赤音に絡まれながらも、その特徴からある人物を思い浮かべていた。
そう、それはあのマルタの魔女。
「……ねえ、赤音、さん。あなた」
「ああ、そや! もう、WFOにログインする時間やで! ほらほら、スマホ出さな!」
「え? ……あ、本当だ!」
「そ、そうよ魔女木!」
「もう間もなく、始まるぞ。」
赤音に尋ねようとする青夢だが。
見れば、既に生徒会総選挙のための時間になっていた。
「hccps://wfo.wic/……セレクト、ログイン! アカウント名……」
そのまま生徒たちは。
揃って、ログイン術句をスマートフォンに向かい唱える。
「!? こ、これは……」
青夢はログインの刹那、既視感を覚えた。
これは、何かに似た感覚――
が、それについて考えを深めるより前に。
彼女はVR世界へと、誘われて行く――
◆◇
「部隊長! 2時の方向に敵戦闘飛行艦の艦影!」
「OK! さあ……ここで手柄を上げるわよ!」
「はい!!!」
青夢たちがWFOに初ログインした日の夜。
熱木飛行場より飛び立った魔女自衛官が擁する空飛ぶ法機アマゾネスの部隊は。
魔男の飛行艦と思しき艦影を発見し、急行していた。
すると、現場空域にあった影は果たして。
馬型の幻獣機・ナイトメアに牽引されている戦闘飛行艦であった。
「ぶ、部隊長これは!?」
「馬の形の幻獣機に牽引させるなんて……文字通りの戦車ってことかしら。」
その姿に、魔女自衛官たちは唸る。
「しかし、ここは先手必勝よ! 全部隊、誘導銀弾発射!」
「了解! ……セレクト、デパーチャー オブ
誘導銀弾! エグゼキュート!」
「……エグゼキュート!!」
部隊長が命じ。
たちまちアマゾネス各機より、誘導銀弾が多数放たれ。
それにより魔男の戦闘飛行艦は爆発する。
「やった! やりました部隊長!」
「ふん、呆気なかったわね!」
魔女自衛官たちは、歓喜する。
が、次の瞬間。
「!? ぶ、部隊長! 未だ敵戦闘飛行艦、レーダーに反応あり……健在です!」
「!? な、何ですって!?」
魔女自衛官たちが、驚く間に。
何と爆発による雲は、あっという間に引いていき。
幻獣機ナイトメアに牽引された戦闘飛行艦が、再び姿を表す。
「ははは! ようこそ、自衛官諸君……この幻獣機飛行艦夢魔之騎馬が君たちを、悪夢にておもてなししよう!」
艦内に座乗するナイトメアの騎士ダクス・フォールが両手を広げ、高らかに笑う。




