舞踏会 前編
久しぶりのユージン。10/3.加筆しました。
ユージンと会う機会は、思ったより早く訪れた。
長期休暇が始まろうかという頃、国内の貴族への顔合わせを兼ねた歓迎の舞踏会が王宮にて行われることになった。
「花の精霊がいるとしたらお姉様のような姿をしていると思わないか?セバスチアン。」
「えぇ、まったくもって。セルゲイ殿下、不埒な虫が寄ってこない様にお嬢様をお願い致します。」
「もちろん、お姉様のパートナーである僕が蹴散らすので大丈夫だよ。」
「ふふ、殿下。精霊なんて恐れ多いですわ。でも、ありがとうございます。」
支度を済ませて現れたアナスタシアは、セルゲイの言葉が大袈裟でないほどの儚い美しさがあった。
おそらく学園での心労がその儚さに拍車をかけているのだろう。だからこそセルゲイは、アナスタシアの気持ちが少しでも軽くなればと背伸びした言葉をかけるのだった。
「ターニャのおかげですわ。いつも素敵にしてくれるもの。」
「わが娘ながら、良い仕事をしています。」
「お嬢様さまが生まれた時からお側におりますので、私以上が居ないと自負しております。ですが、こちらへ来る際のお側付き争奪戦は壮絶でございました・・・。」
いつもの表情のかわらないターニャではあったが、お側付きの座を獲得するとうのは相当大変だった様で、うんざりとした雰囲気が出ていた。
学園での騒動もあって注目されるであろうアナスタシアの為に、ターニャはもてる技術全てを注ぎ込んでより魅力的なアナスタシアを作り上げた。
髪をアップにあげ、マノフ王国を表す青をベースにしたオフショルダーのドレスはアナスタシアを気高くまた、少し背伸びしたような雰囲気があやうい色気を印象付かせるのだった。
王宮からの迎えの馬車に乗り、前回訪れた場所とは違う建物へと向かった。その建物はマノフの王宮建物と同じように石造りであり、ところどころに繊細な彫刻で精霊も模したものが装飾されていた。
セルゲイのエスコートで建物内へ入ると、まずは頭ひとつ小さい少年がエスコートしている姿にほほえましい視線が集まった。
その後アナスタシアを見て、好意的な目もあれば、良くない種類の視線が寄越される。
2人が最後だったようで、こちらを気にしながらも王家一家が現れるのを待つために正面へと向き始めた。
そんななかブラウンの髪に赤い鮮やかなプリンセスラインのドレスを着た令嬢が、2人に近づいてくる。
「アナスタシア嬢、今日も麗しいですね。」
「セルゲイ殿下もお可愛いらしいですわよ。それにしてもアナスタシア様とても素敵ですわ。」
「ありがとうございます。モエ様もとても華やかで素敵ですわ。」
「・・・一度僕のことをどう思っていらっしゃるのかお話したくなりますね。」
そうこうするうちに王家一家が会場へと現れ、音楽が奏舞踏会が始まりを迎えたのだった。
侍従の案内でアナスタシアはセルゲイと共に国王へ挨拶へ向かった。
「本日はマノフ王国の為に舞踏会を開いて頂き、国王の代理として感謝の意を申し上げます。」
「殿下、学園の生活はいかがですかな?本来なら王太子が学園にて殿下の手助けをするはずが、こちらの都合で申し訳なく思っておる。」
「お心遣い有難うございます。自国では得られない新しい知識が学べて充実しております。」
国王はセルゲイへ言葉をかけたあと、アナスタシアに向けて優しい目を向けた。
「アナスタシア嬢、この度は愚息が迷惑をかけた。この件はお父上とも相談させて頂きたいと思っておる。」
その言葉は、国王としてだけではなく、ユージンの父親としての顔を見せていた。
「恐れ多いことでございます。学園では良き友人にも出会えて充実しております。」
アナスタシアの返答に昔を懐かしむような、そんな顔を少し覗かせ話を結ぶのだった。
「それは良かった。時間の許す限り楽しんでいかれよ。」
正式な礼をして場を次のものに譲り、再びホールへと出た。
学園でのことはやはり国王の耳に入っていたのだと、アナスタシアは思い。少し憂鬱な気分になった。
(マノフ王国での第一王子とのことも勿論わかってらっしゃるのよね・・・きっと。)
そんなアナスタシアを気遣って、セルゲイは繋いだ手に力を入れて見上げた。
「お姉様は馬鹿兄上にはもったい無い方です。くやしいですが、ユージン殿下は兄より全てにおいて優れていると思います。僕もお姉様の幸せを願っているひとりなんですよ!分かりましたか?ユージン殿。」
そして、やや非難めいた目を向けてアナスタシアの肩越しに向かって語りかけたのだ。
「思った以上の高評価でうれしく思うよ。アナスタシア嬢、よろしければファーストダンスを私とお願いします。」
「えぇ、喜んで。」
ユージンの伸ばされた腕に手を乗せ、ダンスフロアへと向かう。ユージンとアナスタシアが輪の中央へ入ると、楽団による演奏が奏られ始めた。
向かいあってお辞儀をしてユージンと組み合い、ステップを踏みながら近づいたり離れたりしながら踊る。
近く度にユージンから薫ってくる柑橘系の香りに酔ったのか、アナスタシアは触れ合った手や、時に腰に回される腕を妙に意識してしまう。
「髪留め、付けてくれたんだな。」
「はい。」
ジハノ王国に到着した日、ユージンにプレゼントされた思い出の『桜の髪留め』を今回ターニャは、手持の髪留めと組み合わせて下町で買ったと感じさせない仕上がりにしていた。
ユージンの言葉をうけて顔をやや見上げると、微笑みをたたえたて自分を見つめるユージンの黒曜石の目とあった。
なぜだか顔が熱くなってきたアナスタシアは不自然に再び視線を下げたのだった。
そんなアナスタシアをみて、ユージンはいたずらに笑いながら顔を近づけ耳許で、
「やはり似合っているな。綺麗だ・・・。」
「あ、ありがとうございます。」
低音の声と息が耳許をかすめ、更に赤くなったアナスタシアは乱れそうになるステップをなんとか耐えながら踊り切る羽目になった。
(もうっ意味ありげに耳許でささやかないでほしい・・・。今まで似たような事があってもかわせたのにユージン様だと上手くいかないわ。・・・落ち着け私。)
無駄に精神力を使う羽目になったアナスタシアは、やっと曲が終わりホッとした。
そして、ユージンにエスコートされて円の外に外れようとしたとき、見知らぬ青年がアナスタシアに向けて話しかける。
「アナスタシア様、次は私と踊る栄誉を頂けませんでしょうか。」
「っ・・・」
「申し訳ないが、アナスタシア嬢は病み上がりなのだ。今も1曲ですでに体が辛そうだと感じないか? 次の機会にしてほしいのだが。」
アナスタシアが返答するより先に、いつもより冷たく感じさせる声音で青年に断りを入れて、
「貴女のからだが心配だ、さあテラスで涼んだほうがいい。」
そう言って、アナスタシアの手をとったままテラスの方へ移動した。
舞踏会の話続きます。 国王との挨拶の際の背景がサラッとし過ぎていたので加筆しました。