蠢く悪意
チエとヒヨシ男爵の娘をチエが姉、男爵の娘が妹に変更しました。
次の学園の休みの日にアナスタシアは、久しぶりにエリザベス邸へお邪魔していた。
それはもちろんナツに会う為である。
ナツは引き取られてからは好奇心の塊だったが、最近は落ち着きを取り戻しただけでなく、本来身に付けるはずだった教育が正しくなされた効果が気品となって出始めている。
「アナスタシア様、あの・・・お体もう大丈夫ですか?」
「もう大丈夫ですわ。ナツ様にご心配をかけさせてしまったわね。」
「そんな・・・ことないです。心配したいです。それに家から出られないのは辛いので・・・。」
「ナツ様・・・」
昔の事を思い出してか、暗い表情を浮かべる幼いナツにアナスタシアは何かしてあげたい気持ちになった。
「そうだわ、前にお約束していたピクニックに参りましょうか?」
「ピクニックですか!」
「ほう、ピクニックか・・・よいの。」
「いつにしましょうか。」
「今日は?」
「さすがに今からですと遅いですわ。次のお休みにしましょうか。」
日程を決めていく2人に、エリザベスは少し思案して。
「その話、少し待ってもらえないか。」
「どうなさいました?」
ナツもエリザベスを見て、少し不満そうに首を傾げている。
最近はすこし背伸びしているナツの子どもらしい所を見て、エリザベスが慈愛に満ちた目で微笑んだ。
「ナツ、膨れっ面なぞせずともピクニックを中止になどせぬよ。ただ、アナスタシアに借りを返してもらおうかとの。」
「借りでございますか。」
不適な笑みを浮かべるエリザベスに思わず圧倒されるアナスタシア。おそらくユージンとの逢瀬をとりもった対価なのだろうと思いついたアナスタシアは仕方ないと、エリザベスの次の言葉を待った。
「わらわは第一王子狙いで来ておると宣言しておったのを覚えておるか?」
その言葉にアナスタシアは軽くうなずく。その様子をみたエリザベスは我意を得たりと話を続ける。
「なかなか、あやつは捕まらないのだ。何をしておるのかさっぱりでな。婚約者の集まりとしてなら強制的に出ざるを得ないだろう。」
確かに、第一王子は普段どのような職についているのかユージンに聞いた事が無かったとアナスタシアは思ったが、彼との出会いが悪すぎて聞きたいとも思えなかったのだ。
「わかりましたわ。ですが、ユージン殿下はまだお戻りでないですし・・・。」
「それだがな、ナツの件もあって、ユージンと妾たちの交流はありすぎるほどだと思わんか。恐らく周りも感じておると思うのだ。だから気にするほどではないと思うぞ。まっ逢いたい気持ちはわからなくはないがの。」
「アナスタシア様はユージン殿下に会いたいの?」
「・・・っエリザベス様っ!」
にやにやと笑うエリザベスに、思わず非難めいた目をするアナスタシア。ましてや幼いナツに何と言って良いのかあたふたしていると。
「私はセルゲイ殿下をピクニックに呼びたいです。」
「セルゲイ殿下を?」
「はい、いつも楽しい話をして下さるのです。」
アナスタシアはいつナツとセルゲイが会う時があったかと考え込んでいると。
「セルゲイには度々、こちらに来てもらって外交的な話をしておってな。その縁なんじゃが・・・。あやつ本当に10歳なのか?」
エリザベスの物言いに、アナスタシアは思わず笑ってしまう。確かにセルゲイは兄を上回る知性の持ち主であるが故に、ジハネに来ることになった訳なのだが。
「いいのでしょうか?」
「あやつはアナスタシアの保護者代わりだからの、ましてやナツは婚約者候補としてはすでに名だけであろうし問題なかろう。」
そうと決まればとエリザベスは書をしたため、そば付きに王宮へ届けるよう指示するのだった。
「エリザベス様、アナスタシ様。お嬢様がお疲れの様ですので、お部屋へとお連れいたします。」
眠そうにしているナツに気づいたチエは、2人の許しを得て不満顔のナツを部屋へとうながす。しかしナツは諦められないようで。
「アナスタシア様、ピクニック楽しみにしています。できればもっとお話をしていたかったです。」
そう言って、もう少しこの場にいる事を許して貰えないかとエリザベスの方をちらりと見る。
「ナツよ。まだ無理はしないほうがよい。ピクニック前に熱を出してしまってはいけないからな。」
「はい・・・。それでは失礼致します。」
そう言ってナツは、しぶしぶ軽くスカートの裾を持って挨拶をしたのち部屋を出たのであった。
「それにしても、セルゲイ殿下をの・・・最近大人びた態度を取ろうとしておったのはその影響だったのか。」
少しほっとしたようなエリザベスにアナスタシアは気になった。
「いかがいたしましたか?」
「いや、ナツと共に引き取った侍女のチエが何かしておるのかと気になっておったのだ。やっと子供らしさを取り戻したと思っておったからな。」
「そういえば、チエはヒヨシ男爵の・・・。」
「そうなのじゃが、どうも気になってな。調べてみたのだが、やはり茶会でヒヨシ男爵の正妻の娘が言っておった事は間違いなかった。」
「たしか、出自が確かでないと。」
「どうもヒヨシ男爵が正妻と婚姻する前に出会って成した子のようでな。男爵は当事者だからもちろん分かっておるわけだが、記録に残っているわけでは無いのだよ。しかしな、わらわの髪の色と同じで、どうも目の色がヒヨシの系統にしか出ない色らしい。それが決め手で娘と認められたそうだ。」
「そのような話があったのですね。ですが、なぜお付きの侍女をされているのかしら。」
「わらわもそこが気になってな。しかし、正妻の娘を見ておると体よく追い出されたのかも知れぬがな。」
公爵とはいえ、王族とちがって侍女は商家の出または一世代貴族の娘くらいである。ヒヨシ男爵は位は低いとはいえ、公爵家の縁続きである為にいつもまるで自分たちが公爵家であるかのように振る舞っていた。そのような家が婚外子とはいえ認めた娘を侍女として送るなど、何かあると感じてしまうのも分からないことではないのであった。
「私はチエがナツ様の側に今も居て良かったと思います。私も母を亡くしてからはターニャに助けられましたわ。」
「そうか・・・。ふふっ。」
エリザベスがアナスタシアの後ろに控えているターニャを見て、良いものを見たと微笑んだ。
アナスタシアはどうしたのかとターニャを見ると、フルフルと震えながらターニャは目に涙をたたえていた。
「ターニャ?」
「おっお嬢様にそのように思っていだだけでいだとは・・・」
「本当にいつも助けて貰ってるわ、ありがとう。」
「ゔぅ・・・。はぁっ。いけません。あまりに嬉しくて場を脇まえず失礼致しました。」
感激に身を震わせるターニャであったが、視界にエリザベスが入った事で我に帰ったようで、目元を素早く整え何事も無かったかのように振る舞い始めた。
「アナスタシアは愛されておるの。」
「ふふっ。そうですの。」
2人の語らいは、夕食まで続いた。もちろん夕食の場に現れたナツはたいそう喜んだのだった。




