あらがうもの(6)
最近通い慣れてきた、中庭という名の森を研究棟に向かってアナスタシアは歩いていた。
ガサッ、ガサガサッ
音が聞こえる方を見ると、ハシュがいつものように土のたくさん入ったバケツを持って茂みから出てきた。今日はいつもの姿の上に口にスカーフをして居るので、知らない人が見たら回れ右して逃げた上に学園の警備兵を呼ぶくらい怪しかった。
(この光景前もあったわ・・・。)
「なんだ?」
「いえ、よくここでお会いするなと思いまして。」
「一応、担当授業を持つ身だからな。生徒が来る時間に合わせて戻っているだけだ。」
(なるほど、生徒の授業の為にだから、私が来る時間に合わせて戻ってきていたのね。)
「もう大丈夫なのか?」
そう言って、ハシュが顔を近づけてアナスタシアの顔を見つめているようだった。ただでさえ分厚いメガネなのに、前髪が目元にかかっているので見ているのかどうかさえ分からない。
(確か、鼻と口のラインが整っていたのよね。どんな目をしているのかしら。)
ふとそう思ったアナスタシアは手をおもむろにハシュの前髪へと伸ばした。
その手が前髪に触れるかどうかというところで、気づいたハシュは慌てて顔を後ろへ逸らした。
「藪にいたから汚れている、もしかぶれるような葉がついていたらどうする。」
「・・・お心遣いに感謝いたしますわ。」
(顔を見られたくない理由があるのかしら、まるでとってつけたような理由だわ。でも、嫌だと表立って言わないのね。)
言動の割に意外と気遣いが出来て紳士的なところは分かっていたが、こちらが不躾なことをしたのに相手を気遣うなど想像以上だった。
「私も許可を得ずに触れようとしました。許していただけますか?」
「あぁ、よい。シズにもよく前髪がうっとおしいと言われてる。急に襲ってこないだけあいつよりましだ。」
「先輩は襲ってきますの?」
「ありとあらゆる手を使ってな。・・・本当にうかつに昼寝ができない。」
スカーフが邪魔して最後の方は何を言ってるのかアナスタシアには聞こえなかったが、シズの様子が容易に想像できて笑ってしまった。
研究棟に着いて室内に入るとハシュは手に持っていたバケツを無造作に置いて自室へと向かおうとしたので、アナスタシアは声をかけた。
「先生、こちらの苗木はどちらへ植えましょうか?」
「ん?君はこちらに座って休んでいたほうがいい。1週間も休む病気が治ったばかりだろう無理しないほうがいい。それに、シズにやらせておけばいい。あれの仕事をとると、余計なことをするからな。」
スカーフごしでもうんざりした様子がわかる言い方に、先ほどの話を思い出してまたアナスタシアは笑ってしまう。顔が隠れているのでアナスタシアからはわからなかったであろうが、ハシュは笑顔をみせる彼女の姿をみて満足そうな様子をみせていた。
(何もしないで座っているのも落ち着かないわ。お茶でも入れようかしら。)
ハシュが自室へ入って手持ち無沙汰なアナスタシアは、講義しに戻ってくるであろうハシュにお茶を用意しようとシズが各種用意してあるお茶の葉の瓶のラベルを見ながら何にしようかと悩んでいると、ある一つの瓶で視線が止まった。
「アナスタシアちゃん用?・・・何のブレンドかしら。」
瓶の蓋をあけて匂いをかいでみる。
「これは・・・」
「あっ!わかってくれた?」
「えっ」
「わっとと。」
気配もなく後ろから声をかけられて瓶を落としそうになったアナスタシアの手から瓶をシズが横から救い上げた。
「あぶなかった〜。これあまり無いんだよね。驚かせてごめん。」
「シズ先輩、心臓にわるいですわ。」
「いや、本当は抱きつこうと思ったんだけど、どこからともなく殺気がするような気がするような。」
シズの言葉にアナスタシアは非難めいた目をむける。
「軽蔑しますわ。」
「あぁ、言葉と目線が痛い。思いとどまったのに・・・痛っっ。」
「当たりまえだ。・・・それに座っていろと言ったはずだが。」
シズと話している間にもどってきたハシュが彼の頭にゲンコツを落として、アナスタシアがじっとしていない事をたしなめた。
「えぇ、ですがもう体調は万全ですの。本当はもう少し早く来れましたのに。」
そう言うアナスタシアを見たハシュはため息を吐いて、説得力がないんだとシズにお茶を用意するよう言いつけて席へアナスタシアをエスコートした。
「先生は貴族出身ですの?」
ジハネは国民全体の識字率も高く、学問の門扉も開けているので学園で教えている教師も平民から貴族まで幅広い。
「何か問題でもあるか?」
「いえ、エスコートといい慣れていらっしゃったので。」
「まぁ一応貴族に席は置いてある。研究ばかりしているから、貴族らしい集まりには出ないがな。」
「本当に似合わないよね。先生が貴族なんて。」
「ふん。」
シズがそう言いながら、手早くお茶とちょっとしたお菓子をテーブルに用意していく。
「この香り、フェルカですわね。懐かしいですわ。」
「ここにあるやつだから、変異しちゃってるけど香りが一緒でよかったよ。味はどう?」
「そうですわね・・・少しずつ甘味が強く出ていると思いますわ。でも私はこちらの方が好きです。」
「好き。いいね〜。」
「お茶だがな。そうか、フェルカは甘味が強く出ているんだな。」
「えぇ、もともと甘味が特徴的なマノフの伝統的なお茶ですから、その特性が強く出たのではないかと思いますわ。」
「はぁ、2人ともすぐ研究の話になる。お茶を楽しもうよ。」
「シズ先輩、ありがとうございます。元気が無かった私に用意してくださったのでしょう?」
「へへっ、でも元気になってて良かった。」
そう言ってシズが頭を掻きながらとても嬉しそうに微笑んだ。そんな彼の様子にこの前の自分は酷い様子だったのだとアナスタシアは反省するのだった。
「悪かったなシズ。初めて飲んだが美味しい。」
「でしょ!俺に不可能はない。」
シズが胸を張ってドヤ顔をする姿にハシュは呆れた様子を見せた。そんな姿にアナスタシアは、前から聞いてみたかった事を話す事にした。
「先生はなぜ植物の変異を研究されてますの?」
「あぁ、そう言えばそうだな。別に植物を研究しているわけではない。精霊の影響を受けやすいのが植物だから調べているんだ。」
「精霊の影響ですか?」
「あぁ、今は青龍が居ないせいで水の性質に関連する事象に影響が出ている。本来水分が多いアロベラに水分が少ないなど大した影響では無いが、どうも火の性質が強く出るものが多くてな。」
「この前のヨモエラですわね。」
「そうだ、本来ならバランスが取れて元の性質のまま強く出るはずが、偏りが強く出ている事が昔の植物図鑑や標本などからわかってる。」
「本来ならここまで変質しないんですのね。」
「そうだ、だからこそ今後起こりうる精霊の転生によって起こりうる事象を予測する研究が本来俺の研究だ。」
「そうでしたのね。でもなぜそこまで転生で起こりうる事象を調べてらっしゃるのですか?」
その言葉にハシュは少し躊躇っている。
「その・・・言い難い事でしたら・・・」
「いや大丈夫だ。ただ聞いて面白い話ではない。朱雀の転生が20年前だということは知っているか?」
「いえ、とても死者が出て大変だったという話は聞いておりますが、そんなに最近のことでしたの?」
ユージンの話し方で、アナスタシアは遠い話に感じていたのだ。だが、20という数字に思い当たった。
「ユージン殿下の・・・」
「そうだ、ユージン殿下が生まれた頃だ。本来は7歳前後で現れる精霊が転生直後の朱雀が生まれたばかりの王子の元へすぐ現れたとも言われている。」
「そんな逸話があったのですね。」
「それは余談だが、俺の両親はその転生の時に命を落としている。」
アナスタシアはハシュのその言葉に驚きをかくせなかった。
「気にするな、実は物心つく前でよく覚えてはいない。だが、その少しの思い出が意外と強くてな・・・次は俺の大切な誰かをもう失いたくないと思ってる。」
「その・・・私もその気持ち分かります。私も母が体が弱くて弟を産んですぐに亡くなりましたの。こちらに来て薬草の効能の強さにこれがあの時あれば違ったのかしらと思う事があります。」
「そうか・・・。」
「えぇ・・・。」
アナスタシアは手元のお茶を見つめて、小さい頃に母と共にフェルカを飲んだ時のことを思い出していた。すると頭をポンポンと無骨な大きい手が触れる。
「無理をするな。」
「・・・ありがとうございます。」
少しだけ出た涙を指で拭って微笑む。
「むぅ。僕もいること忘れないで。」
「もうシズ先輩ったら、忘れていないですわ。お茶ごちそうさまです。」
「本当に先生は無自覚なたらしなんだから気をつけてくださいよ!」
「なんだその無自覚なたらしとは。」
「そのままですよ。」
2人のやりとりを見ながらアナスタシアは楽しくて涙がでそうだった。
この話を入れたくて副題をあらがうものにしたのですが、長くかかりました・・・。次からは別の副題になる予定です。




