聖霊の巫女(3)
アナスタシア達は朝早くに宿を出て、霊宮の東の宮にて体を清めていた。そこは本宮に入る前に世俗の汚れを落とす場所である。
「どうぞ、こちらに歩を進めて下さい。」
地下にあるそこは、洞窟になっていた。天井は剥き出しになった鉱石に覆われており、中央にある湖の周りに等間隔に置かれた灯りを反射して神秘的な空間を作っている。
アナスタシアはサンリの温泉にあったような湯着を着て、湖の端にある石造りの階段を下りる。湖の中央まで進むと胸の辺りまでの深さがあり、心地よい冷たさの水が体を包む。膝を折り頭の先まで水に浸かり、再び立ち上がった後は入った時の階段に戻って用意されたジハノの伝統的な着物に着替える。
着替え終わって外に出ると、すでに清め終えたユージンが待っていた。アケボシと同じ色の紅の袍をまとい、いつもはひとつに纏めて後ろに流している髪を結えて冠をつけている。その姿は凛として、いつも以上に圧倒されるものがあった。
その姿に思わず身惚れてしまうアナスタシアだった。すぐに我にかえって清めた意味が無くなってないかしらとフルフルと頭をふって、ユージンの元へ向かうと彼は手を差し伸べた。
「エスコートしよう。歩き慣れないだろう。」
「ありがとうございます。」
差し出された手に手を添えて歩き出す。片手で裾を持ち上げているので本当に助かったのだった。
(それに、あの日以来だわ。暖かい・・・。)
本宮について手を離そうとしたユージンの手を、つい温もりが離れていくことが寂しく感じて、無意識にほんの少し握りしめる。
ユージンは驚いたように目を大きく開けたあと、とても嬉しそうに微笑んだ。そしてお互い見つめ合う・・・。
「いい雰囲気のところ申し訳ないけれど、お二人さん先がつかえているので進んで頂戴。」
モエの声にビクッとしてアナスタシアは振り返った。
「ご、ごめんなさい。ユージン様どうぞ参りましょう。」
「我が幼馴染は俺に厳しくないか?」
「入り口で止まっているのが悪いと思うのは私だけかしら。」
そう話しながら案内された一室に入ると、セルゲイが先に着いていたようだった。
「ここって神聖な場だと思っていたんだけど、違ったのかな?」
「聞こえていたのか、失礼した。」
「それにしても、セルゲイ殿下お似合いですわ。」
「いつも思うんだけど、モエ殿はやっぱり僕のことをなんだと・・・まぁ、いいや。今回は仕方がない事だからね。」
「セルゲイ殿下が久しぶりに年相応な格好をしているので、姉としては嬉しいですわ。そんなに早く大人にならなくてもいいのよ。」
アナスタシアはそう言って、セルゲイの頭を撫でた。ここずっと子供扱いしたことは無いが、服がセルゲイは本当はまだ10歳だということをきわだだせていたのだ。
セルゲイは、子供用の服である水干を着ている。胸の前にあるボンボンが未だ幼さの残る顔にリンクして妙に可愛らしい。
「ハットリ先生とユートは?確か俺より先にすませていたはずなんだが。」
「あぁ、それは・・・すまない。例のごとくハットリ先生が暴走してね。いま本宮の隅々まで観にいってるよ。とりあえずユート殿にお願いしてついてもらってるけど・・・。」
「そうか、セルゲイ殿下気を使わせたな。でもユートをつけてくれて助かった。仕事が出来るとは聞いていたが悪い癖があるようで人選を間違ったと困っている。」
「そんなこと無いと思いますよ〜。ほらちゃんと殿下がいらっしゃる頃には戻ってます。」
先ほどまで居なかったハットリが、いつのまにかセルゲイの隣でお茶を口にしていた。
「いつ戻ってきたの?よく出て行く時に気づくことができたよ。で、ユート殿は?撒いてきたわけじゃないよね。」
「いま戻りました。本当に色んな所に入っていこうとするから止めたり許可とったりが大変で、私も人選ミスだと思います。」
そう言いながら、疲れた顔をして部屋に入ってきた。
「お集まりになられましたか。それでは、殿下とアナスタシア様は奥の宮へ御案内致します。他の人方々はどうぞおくつろぎ下さいませ。」
「どういう事かな?私もご一緒出来るものだと思っていたのだが。」
「奥の宮は巫女様と聖霊様の語り合う場で御座います。不埒なやからなど外から入るはずの無い場所。もしご心配なら奥の宮の戸口前までなら・・・。」
ハットリの抗議に女中は表情もなく答える。いつも微笑みを絶やさないハットリだったが、今はとても厳しい目をしている。
「承知した。奥の宮の戸口前で待たせて貰おう。ユート君もそれでいいかな。」
「護衛ではありませんが、承知しました。」
「私もご一緒します。」
「ターニャ・・・。」
「侍女でございますよ。ついて行かない選択肢などございません。」
そうして、女中を先頭に奥の宮へ向かった。
奥の宮の入り口は、大聖霊をモチーフとしたデザインがかつての名工によって彫られたものだと先ほどの緊迫が嘘のようにハットリが講義を始め、それを意に介せず女中はユージンとアナスタシアを中へと促すのだった。
戸口をくぐる際に何かを通ったような感覚を感じ、アナスタシアは足をとめる。
「どうした?」
「何かを潜った様な気がしまして。」
「先ほど、護衛が必要が無いと申し上げました理由のひとつでございます。この宮は巫女様と大精霊様によって結界が張られておりますゆえ。ささ、お待ちでございます。」
入った先は何も無い広い部屋で、その先にまた精霊が描かれた襖がある。襖の左右に人が控えていて、女中の合図で開かれる。
「これより先はお二人でお進み下さいませ。」
ユージンを先頭に部屋に入り、奥に見える御簾の前に用意された円座に座る。すると御簾が上がり、その先から現れたのは大きな白虎と目元を隠した国王の妹とは思えないアナスタシアとそう変わらない年齢の女性が居た。
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