第55話 鏡と鐸
雷がずっと鳴いていた。
じーちゃんの言葉を遮るかのように。
じーちゃんの事を責め立てるかのように。
ずっと泣いていた。
その雷鳴にじーちゃんはギュッと瞼を閉じると、改めて幣を手に取り、大きく頭を二度下げて「ぉお~ぉお~」と咲を、神様を呼ぶための声を上げた。
古えより永えへ。
この泉北を守り給う神よ。咲橘姫よ。
不意にそんな神様を呼ぶ声が脳裏に湧き上がった。
これは……、あのとき見た夢の……、山の中で咲と暮らして咲と別れたあの夢の中で、咲に送った祈りの言葉だった。
「咲……」
俺は、一度咲の名を呟いてから小さく息を整えて、そして言った。
「古えから永えへ。
この泉北を守り給う咲橘姫よ……」
と、その時、バン!バン!バン!と天をも切り裂く雷鳴と目も眩むほどの雷光が三度、社を襲い、ゴロゴロと狼の嘶きのような雷響が天より響いてきた。
「そんな……頼む……堪忍や……」
じーちゃんの堪え切れず漏れ出した声にも、天から雷が降り落ち閃光と雷鳴が辺りを覆った。
「なんでや……。なんで、出て来てくれへんのや……。
儂が……こんなにも祈っとんのに……。
なぁ、聞こえとんのやろ?分かっとんのやろ?
今までの罪を……罰を受けろと意うなら川に流されてもええ。
せやっから堪忍や。どうかこの雨を止めてくれ……」
「じーちゃん!
なんだよその言葉!人身御供にでもなるつもりなのかよ!
咲は……そんなの望んでもいねぇよ!!」
俺は強引にじーちゃんの体に腕を回すと、三琴も反対側から腕を回した。
「離せ!!」
「離さない!!」
「ここで離したら、お祖父ちゃん死ぬまでここで祈り続けるつもりでしょ!!
そんな事絶対させない。絶対に離さないから!!」
「ちょっ……、お前ら……。」
「お祖父ちゃんが帰っていうまで、私離さない。
良いの?お祖父ちゃんだけじゃない。
私たちだって流されるまでお祖父ちゃんといるから!」
腰元にしがみついた三琴はじーちゃんの神衣を強く握り締めていた。
「分かった。分かったから、ちょっと待ってくれ。
せめて御鏡は持って帰らんと、置いとく訳にはいかへん。」
じーちゃんは観念して、三琴の頭を優しく撫でると祭壇に手を伸ばしてその真ん中に祀られた御鏡を手に取ると金糸刺繍に彩られた布袋に入れて桐の箱に納めた。
「よし、いくで!」
さっきまでと打って変わってじーちゃんが鬼気迫る声を上げると「流されんなや」と木階段を駆け下った。
その先には茶色い川面が広がっていた。
川の水がここまで……。
けど、このお社から外に出るには一旦あの砂利道に出るしかない。
今はもう恐らくは濁流に溢れているあの砂利道だ。
じーちゃんを先頭に俺たち3人はもう水に濡れるのも構わずにバシャバシャバシャと濁流を蹴飛ばして境内から出ると、やはり川沿いの砂利道には溢れ出した茶色い川の水が波を打って流れていた。
「マジか……」
そんな恐怖に足を止めそうになった俺にじーちゃんが「荷台や!」と叫んだ。
その声に俺と三琴はただ軽トラの荷台を目指して激しく流れの増した濁流の中に足を踏み入れると、ただただ必死に軽トラの荷台へと駆け上がった。
と、同時にじーちゃんは運転席に滑り込んで、ドアを閉める間も惜しんでキーを回す。
キュルンキュルンとエンジンが回る音が聞こえる。
車ってどこまで水に浸かっても平気なんだっけ。
今、この軽トラを降りて濁流の中の砂利道を進むなんてマジで命懸けだ。
キュルルル、キュルルルとイグニッションの音が続く。
頼む、ダメか、動いてくれ。
祈りのような切望の思いが通じたのか、バフッと細いマフラー管から水が吹き出すと、ドドドドドドと小気味のいいエンジンの音と力強い振動がトラックから伝わってきた。
軽トラは水飛沫を上げて砂利道を抜け出し、赤坂台の住宅街に入ったところで人心地ついた。




