第52話 テレビ中継
『みなさん、おはようございます。
ニュースセブンのお時間です。
それではまず最初にお伝えするニュースです。
大阪府南部の大雨についてお伝えします。
大阪府南部では、線状降水帯が形成され三日前から断続的に大雨が降り続いています。
現地には西口アナウンサーが向かっています。
それでは現地の西口アナウンサー、そちらはどうでしょうか?』
朝七時、時報と共に始まった朝のニュースは、スタジオで一礼をする男性アナウンサーを映し出した後、直ぐに中継へと切り替わった。
『は…ぃ。こち…西口…ぇす。
私…ぁいま、大…府南部…ぉ、堺市…ぉ和泉…市にま…ぁがる泉…ぉくニュータウンに来て…ます。』
切り替わった中継画面には、滝のような大豪雨が映し出されていた。
若いアナウンサーが雨合羽を着込み、襟元のマイクを雨に濡らさないように中継を行うも、滝のように降りしきる雨はバチバチと合羽を叩いて、雨の音がアナウンサーの声を遮っている。
『ご覧ください、ここ泉北ニュータウンでは今も激しい雨が断続的に降り続いています。
3日間の降水量は1000mlを超えています。
非常に多くの雨に振り土壌が弛み、がけ崩れが発生しやすく大変危険な状況となっています。
見えるでしょうか?私の後ろの崖。』
ここでカメラは西口アナウンサーを画面から外して、その後ろをズームアップしていく。
降りすさぶ豪雨に数メートル先も碌に見えない視界。
そんな中で狙いを定めるようにゆっくりと画面がズームされていくと、雨の霞の奥底に薄っすらと土砂が剥き出しになった斜面とその上に団地の姿が見えた。
『あちらの斜面。高さ3メートルほどあるのですが、それが昨夜、土砂崩れを起こし、現在、崖の上の団地の基礎が剥き出しになっています。』
『住民への被害は出てるのでしょうか?』
余りの大雨の様子に固唾を飲んで声を失っていたスタジオのキャスターが思い出したかのように質問を投げると、『はい』と一息おいてアナウンサーが被害について説明を始めた。
『こちらの団地は現在立ち入りが制限され、住民の方々は近所の避難所へと避難されている模様です。
また、近隣の小中学校でも避難所が開設されて多くの住民が避難しています。
また市の職員によりますと、今のところ人的な被害は発生していない。とのことでした。』
中継はどこかの学校の体育館に切り替わり、一面にブルーシートが敷かれた避難所が映し出された。
「………」
俺はこれ以上何も見たくなくて、スマホの画面を消した。
体育館の床の上に敷かれたブルーシートとその上に段ボールを敷いただけの粗末な避難所の床。
寝っ転がるにも背中が痛くてあぐらに座れば、背の低い敷居の段ボールの向こう側に避難所の取材に訪れたテレビクルーの姿が見えていた。
「ちょっと飲み物かってくる」
母さんにそんな風に声をかけて、俺は腰を上げた。
外は、雨が、大雨が、災害級の大豪雨が降り続いていた。
文字通り滝のようになった雨が避難所となった体育館の天井を激しく打ち続ける。その音はまるで鬼のうなり声のようだった。
そんな大暴雨から追い立てられるように避難してきたお婆ちゃんにテレビのアナウンサーがマイクを向けていた。
「急にこんな大雨が降って、最初はただの雨やて思ってたんやけどおな。なんでこんな事になってんやろうなぁ。」
すれ違いざまに耳に届いたお婆ちゃんの言葉が心に反響する。
なんでこんな事になってんやろうなぁ。
お婆ちゃんの音場に胸がギュッと締め付けられる。
俺の、俺の、俺のせいだ。
俺が、咲を助けたから、咲の胸元に刺さっていた剣を抜いたから。
だから咲が目を覚ましてこんな雨を降らしたんだ。
咲……、お前……どうしてこんなことをするんだ……。
咲が「十日の内に泉北が雨に沈む。」と告げてから降り始めた雨は、まるで旧約聖書で語られたノアの洪水のように降り続いていた。
真っ黒な雨雲が空を覆い続け、稲光は絶え間なく空に輝き、振り続ける雨水は道路を川のように変え、川は瞬く間に濁流に溢れた。更にはマンホールから水が吹き出し、川は堤防を溢れ出し、崖は崩れ、終には泉北ニュータウンの全域に避難指示が出された。
全部、夢のようだ。きっと悪い夢。それとも映画といったほうが近いか。
それぐらい、現実感が湧かない。
これからどうなるんだろう?
どうしてこんなことになったんだろう?
俺が咲を救い出したから、こんなことになったんだ。
咲はどうしてこんなことをしたんだろう。
そして、俺は何をすればいいんだろう。
色々な気持ちがゴチャマゼになって胸の中をグルグルと回り続ければ、収まりきらなくなった気持ちが心の器から溢れ出して、ついに心が麻痺したみたいだった。




