第51話 流れる雨
「咲……、お前何言ってんだ……」
力なく漏れ出した言葉が降りしきる雨音に鳴り響く雷鳴に掻き消されてしまった。
咲、咲、咲……
咲の言葉が届かない。
咲に言葉が届かない。
ただ俺も咲も無言のままで見つめ合うと、咲は悲しげに俯いて、そして背を向けた。
「さようなら……」
咲が去る。咲が消える。咲がいなくなる。
「待てよ。待ってくれよ!!」
雷鳴が俺の叫び声をかき消してしまう。
それでも咲は、俺の声が届いているはずなのに、振り返る素振りも見せない。
どうして、どうして、どうして!
「どうし……」
「何をやっとるんや!!」
その時、鳴り止まない雷鳴のように怒鳴り込んで来たのは三琴の祖父ちゃんの声だった。
その声に咲は足を止めて、肩越しにジトリと視線を送ると、ボソリと言葉を投げ捨てた。
「なんじゃ騒々しい。
今、此方は兄様との思い出に浸り、いよいよ立ち去ろうという時に……。
良いところを邪魔するでない。」
今まさにこの場から消え去ろうとしていた咲はクルリとこちらに向き直り、憐れみの混じった儚げな微笑を浮かべた。
「そうであろう?吾田の子よ。」
「あ、あんた……」
「何をそう驚いておる。
此方には久しいが、其方にはそうであるまい。
昨日、此方を鬼切頼光で封じたのは其方ではないか。」
祖父ちゃんの顔は真っ青になっていた。
全身が震え、力が抜けていくのが分かる。
雨に濡れた髪から滴り落ちた滴が汗のように額を伝い、涙のように頬を伝った。
「そうか、お主、気付いておったのか。」
背を向けていた咲は肩越しに視線を向けると、その声色にはなにか冷たいものが含まれているようだった。
「あんた……その姿。
そうか……やっぱり……。儂が思っとったことは間違いやなかったてんな。」
土砂降りの雨の中を駆け抜けてきた祖父ちゃんは髪の先までずぶ濡れだった。
服を濡らし髪を濡らし、頬を伝い滴り落ちる雨の滴はまるで涙を流しているようだった。
「いと哀れ……じゃな。」
咲橘姫は、まるで天から舞い降りるかのようにフワリとじーちゃんの前に降り立つとその涙に濡れた頬に手を添えて哀しく微笑んだ。
「最早其方の祈りは何処にも届かぬ。
雨は……止まぬのじゃ。」
そう言って、咲橘姫はソッと立ち上がり、そして姿を消した。




