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35・舞踏会の夜⑤

 大広間を出た貴族の方々は近衛騎士に護衛されて建物外へと進み、侍女や従者たちと合流して馬車へと急ぐ。

 辺りは人と馬車でごった返していた。

 わたしやヴァルヴァーラさま、アドリアナ嬢も人込みの中にいる。


「アドリアナさま、よろしければビェールィ侯爵家の馬車にお乗りになります?」


 ヴァルヴァーラさまがそうおっしゃったのは、怯えて小刻みに震えている彼女が見ていられなかったからだろう。

 元々同じ淑女学院の先輩後輩で仲も良いようだ。

 シエールィ男爵家の馬車が襲われた件で武竜学院へ相談に来たのも、ほかならぬヴァルヴァーラさまだったし。……ゴトフリート先生に会いたかっただけかもしれないけど。

 アドリアナ嬢は、ヴァルヴァーラさまに渡されたハンカチで涙に濡れた顔を拭って言った。


「ありがとうございます。ですが供のものたちが心配ですので、シエールィ男爵家の馬車で帰らせていただいてもよろしいでしょうか」

「わかりましたわ。くれぐれもお気をつけて」

「はい」

「イオアンナさまはどうなさいます?」

「わたしは……」


 光の竜王姫(リェーヴァヤ)の力でイオアンの姿になって、こっそり大広間に戻りたいのだけどダメなのかしら。

 わたしの仕事ってなんのことだろう。とか思っていたら、


「バグローヴィ辺境伯令嬢のイオアンナさまはいらっしゃいますか?」


 よく響く青年の声が辺りに響き渡った。

 近衛騎士のようだが、大広間では見た覚えがない。

 ユーリイ国王陛下の婚約者として王宮で暮らしていたころには護衛してもらっていたので、知らない顔ではないのだけれど。

 べつの場所を担当していたのね。王宮は広いもの。


「ここにおります」


 わたしが声を上げると、近衛騎士が駆け寄ってきた。


「ご無事でなによりです。お力をお借りしたいのですが、ご同行していただいてよろしいでしょうか」


 彼の言葉を聞いて、ヴァルヴァーラさまが眉間に皺を寄せる。


「あなたはなにを言っているのです。得体のしれないものが暴れているのですよ。こんなときに、か弱い淑女であるイオアンナさまをどこへ連れて行くつもりです」

「……」


 近衛騎士は、困ったような表情でわたしを見た。

 ……?


「……実は先代のバグローヴィ辺境伯閣下がいらっしゃってまして」

「お祖父さまが? どうして……あ」

「国王陛下が本日婚約発表をなさることをどこかからお知りになられたようで、今は近衛騎士の宿舎でお待ちいただいているのですが……あのお方を抑え続けるには私どもでは限界が」


(……わたしの仕事ってこれ?)

(……)


 光の竜王姫(リェーヴァヤ)は答えてくれない。

 お祖父さまなら穢された武竜でも軽々倒しそうな気はするけれど、そのあと王宮でなにをするかわからないものね。

 こんなときに国内で諍いを起こすのは問題だ。

 お父さまだって、ユーリイ国王陛下の新しい婚約については怒ってらっしゃるかもしれない。

 わたしだってまだ詳細を知らないのだものね。

 災いの芽は早めに摘んでおこう。でもどうやって説得すればいいのかしら。


「……先代の辺境伯閣下?……」

「……イオアンナさまを可愛がってらっしゃるとお聞きしますから……」


 ヴァルヴァーラさまとアドリアナ嬢は、顔を見合わせて小声で囁き合ったあとで、わたしと近衛騎士に微笑んだ。


「あたくしたち、なにも聞かなかったことにしたのでよろしいかしら?」

「イオアンナさまのご無事は保証してくださるのでしょうね?」

「もちろんでございます」


 近衛騎士が完璧な作法でお辞儀をする。

 わたしはこれまで同行してくれたことにお礼を言って、うちの馬車の御者への伝言を頼んでから、ふたりと別れた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ひひーんっ!」

「ぶるるるるっ」


 近衛騎士宿舎近くの厩舎から、怯えた馬のいななきが聞こえてくる。

 バグローヴィ辺境伯領の馬、それもお祖父さまやお祖父さまのお目付け役の騎士団……今だと疾風(ヴェーチェル)騎士団かしら……の馬なら災霊に怯えないよう育てられているはずなのだけど、穢された武竜ではまた違うのだろう。


 それとも──


 わたしは前を行く近衛騎士に尋ねた。


「わたしを待っているのはお祖父さまではないのですね」

「ほう。どなただとお思いになられますか?」


 一応辺りを見回して、人気がないことを確認してから答える。


「……ユーリイ国王陛下ではありませんか?」

「ご明察の通りです。……イオアンナさま、私が敵の手のものではないかとはお考えにならなかったのですか?」

「わたしは王宮で十三年間暮らしていたのですよ? あなたが忠義の人だと知っています」


 それに、王宮の大広間を出てすぐに入り口のある隠し通路の出口が近衛騎士宿舎近くの厩舎に通じていることも知っていた。

 近衛騎士である彼が知らない隠し通路の存在も知っている。

 破棄されたとはいえ、一応国王の婚約者だったのだもの。


「ご信頼いただけて光栄の至りです」

「お祖父さまがこちらに来ていないようでホッとしました」


 胸を撫で下ろすわたしに、近衛騎士が言う。


「王宮にいらしてないだけで、王都にはいらっしゃってますよ」

「え?」

「詳しいことは陛下にお聞きください」

「……そうします」


 どういうことだろう。

 ……もうっ! ユーリアの秘密主義!


 近衛騎士の宿舎では、これまでの会話の通りユーリイ国王陛下が待っていた。

 長椅子に座った陛下に寄り添うように、ヴェールで顔を隠したクラーラ嬢もいる。

 どちらも怪我はしていないようだ。


 怪我といえば、狂信者に盾にされたリョートの男性は大怪我をしたようだ。

 大広間から避難する貴族や従者たちの中に神聖ダリェコー教国の教主様の姿がなかったのは、彼を治療していたからなのかもしれない。

 聖職者の黄金の杖に宿る光属性の武竜には、人間の体を活性化して能力を強化する力がある。それは傷を癒すのにも役立つものだ。


 近衛騎士は部屋の外で見張りをしている。

 宿舎の応接室にいるのは、わたしたち三人だけだった。


「イオアンナ、怪我はないかい?」

「わたしは大丈夫よ。でも……どうしてこんなことを?」


 国王陛下は溜息をついた。


「こんなことになるとは考えていなかったんだよ。巫女の存在を匂わせれば、あとからこっそり接触してくるとばかり思ってた。ほかに援軍もいない孤立無援の状態で、あんな行動に出るなんてね」


 確かにそうだ。穢された武竜の強さは感じられたし本人も自信があるみたいだったけれど、だからってひとりで王宮に集まった武竜の契約者たちすべてを相手にするのは狂気の沙汰だ。


「……反省なさい、ユーリイ国王陛下。クラーラ嬢に危害が及ばなかったのは奇跡よ」

「まったくだね。もっと言ってやってよ、イオアンナさま」

「え?」


 その声には聞き覚えがあった。

 クラーラ嬢がヴェールを外すと、よく知ったフォマーの顔が現れる。

 お化粧こそしているものの、それ以外はなにも特別なことはしていない。

 右の竜王姫(プラーヴァヤ)が姿を変えているのはユーリイ国王陛下だけだ。

 これまで与えられた情報を組み合わせれば、当然出てくる答えだった。


「それともイオアンって呼んだほうが話しやすいかな?」

「ユーリイ国王陛下……ユーリアに全部聞いているのね」

「ああ。君が僕の従姉殿を甘やかすから僕はこんな恰好をさせられる羽目になったよ」

「巫女のアザがあっても男性では意味がない。狂信者を釣るのに必要な変装だよ」

「だったら君の武竜の力で変化させてくれれば良かったじゃないか!」

「男性の体になっていないと服がブカブカになってしまうから無理だね」

「イオアンは?」

「舞踏会のときは女性として出席するから大丈夫だけど……」

「ダメだよ、フォマー。そんなことを頼んだら、イオアンナを驚かせられなかったじゃないか。まあ、まったく気づかれなくても困るから、情報は小出しにしてたけどね」

「というかユーリア。武竜の力で体を覆ったら、あのアザは見えなくなってしまうのでしょう?」


 ちゃんと説明すれば良かったのに。

 フォマーは溜息をつき、乱暴に足を組んだ。


「おやおや、ドレスで足を組むとはお行儀が悪いよ、従弟殿」

「だったら早く着替えさせてくれないかな」


 そう言いながらも、フォマーは本気で怒っているわけではないらしい。

 ふたりは仲の良い人間特有の楽しげな雰囲気で、軽口を叩き合っている。

 案外本当に婚約して結婚しても上手く行くのではないだろうか。


 ……その場合、どちらの姿で結婚式をするのかしら。

 ふたりとも花嫁? それとも花婿?

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