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アラフォー刑事と犯罪学者  作者: 新橋九段
Study 2 左側の死体
8/31

8.先生はさぁ

「ていうか先生はさぁ」

「なんですか?」

「いつから気づいてたわけ?」

 紫木が証言の謎を解き明かしてから数日後。私と彼は市内の焼肉屋にいた。先月も事件解決の打ち上げに来た店だ。店内には焼けた肉の香ばしい匂いが充満している。

「半側空間無視の可能性に思い至ったのは矢野さんと直接会った夜でしたよ。あの人、玄関に置いてあるプランターを蹴り飛ばしたでしょう?」

 紫木が網の上の肉を箸でつつきながら言う。確かに、そんなこともあったけど……。

「その前からなんか変だなとは思っていたのですけどね。あれで半側空間無視だなと思ったわけです。ほらあの時の矢野さん、僕の方ばかり見て喋ったり、神園さんを押しのけて歩こうとしたりしたじゃないです」

「そういえば……まあ」

「あれも半側空間無視だと説明できるのですよね……左側にいた神園さんを認識できていなかったというわけです。あ、焼けましたよ」

 紫木は肉をとると、私の取り皿に置いた。確かに様子に違和感を覚えはしたが、私にはそれを証言の話と繋げて考えるなんてことは思いもしなかった。私は矢野と出会ったときの様子を思い返しながら、紫木の置いた肉を食べた。

「でも今回も大活躍だったわよねー先生は」

「あはは……全くですね」

 正面に座る晶がニコニコ顔で言い、その隣に座る川島がぐったりした顔で続けた。今回の打ち上げのメンバーはこの4人だった。何故か私は、晶に紫木の隣へ誘導されてしまっていた。

「川島、悪かったって。迷惑かけたお詫びにこうして焼肉奢ってるんじゃないか」

「はぁ……本当に大変だったんですからね。あの後も調書を書いたり消したり書いたり消したり……」

 私と紫木が証言を翻させたしわ寄せは、結局すべて川島へ向かうことになった。彼はこの数日、素人の介入で図らずも捜査が進展したことで不機嫌の極致にいた警部と付きっきりで書類を書き上げるという地獄を味わったのだった。

「そういえば、結局例の容疑者はなんで被害者を殺害したのでしょうね」

 紫木は新たに牛タンを網の上に置きながら聞いてきた。

「ああ、それはどうも女絡みだったみたいなんだよ。ほら、容疑者が事件当日の夜に交際相手の家にいたって言ったでしょ?」

「そうでしたね。すっかり忘れていましたけど」

「その女と被害者が浮気してるんじゃないかって疑ってたみたいだよ。……実際には事実無根の思い込みだったらしいんだけど。怖いねー男の疑い深さってやつは」

「はぁ、案外つまらない動機だったのですね」

 紫木にとってはあまり興味を引かない動機だったらしく、彼は退屈そうに言うとさっき網に乗せたばかりの牛タンの様子をうかがっていた。確かにありふれた動機ではあるけれど、自分が関わった事件への反応にしては随分あっさりしているような気がする。今回は加害者とも被害者とも関係がないからだろうか。

 関係のなさそうな物事を繋げて考えたり、そうかと思えば事件を解決した途端一気に興味を失ってみたり、この人の頭の中はどうなっているのだろうか。多分、余人には想像できない構造をしてるのだろう。

「でも先生も気をつけた方がいいわよ」

「へぇ、どういうことですか?」

 急にしたり顔で話しかけてきた晶に、紫木は少し間抜けな声で応じた。

「なんでってほら、疑い深くて嫉妬深いのは男だけじゃないからよ。先生ってそういう面倒な女の人に引っかかりやすそう……だよね、薫」

「なんで私に同意を求めるんだよ……そうかぁ?むしろそういうのは容赦なく切って捨てそうなタイプに見えるけど」

「2人とも僕のことどんな人間だと思っているんですか……」

 私と晶の会話に、紫木は呆れた顔で割って入った。川島は会話に加わろうとせず、無心に肉を食べ続けていた。

「えー?昔の彼女とかに何か頼まれたらなんだかんだ言って絶対助けちゃうタイプだよ、ねぇ先生?」

「いや、彼女とかいたことないからわからないですけど……」

「ほら、やっぱり」

「……どういうことですか?」

 ついつい本人の前であることを忘れて、想像通りの回答に勝ち誇った声を出してしまった私を紫木が怪訝そうな目で見てきた。一瞬悪いような気もしたが、けれど今回の事件では紫木が周囲を散々怪訝な顔にしてきたのだ、少しぐらい自分も同じ顔をしないとつり合いが取れないだろうと開き直った。

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