第81話 新たなる力
リーヴェルの朝は、いつもと変わらない喧騒に包まれていた。
石畳を行き交う荷車の音、店先で声を張り上げる商人たち、そして宿の一階から漂ってくる焼きたてのパンの香り。
そんな穏やかな日常の中で、ユウキは窓の外を眺めていた。
昨日の戦いが、まだ頭から離れない。
黒震狼。
あの圧倒的な身体能力と、地面を揺るがす震撃。Cランク冒険者たちと力を合わせ、ようやく倒すことのできた強敵だった。
だが、それだけでは終わらなかった。
戦闘の直後に現れた、巨大な魔物。
鑑定すら通用しなかった存在を、クラトスは驚くほど容易く退けてみせた。
あのとき、自分は何もできなかった。
「……もっと強くならないと」
口から漏れた言葉は、静かな部屋の中に消えていく。
強さがすべてだとは思わない。
けれど、大切なものを守れないほど弱いままでは、いつか必ず後悔する。
ユウキはそっと拳を握った。
リナを救い出す。
その約束を果たすためにも、今の自分にできることを積み重ねなければならない。
幸い、今日は新しい一歩を踏み出せる日だった。
第二ジョブの選択。
それは、ネクシアの四人にとって、新たな成長の始まりでもあった。
◇
「ユウキ! こっち、こっち!」
宿の一階へ下りると、トーマが勢いよく手を振っていた。
その隣ではバルドが温かい飲み物を口にし、ドランは小さな金属部品を指先で転がしている。
「おはよう、みんな」
「おう。身体の調子はどうだ?」
バルドに尋ねられ、ユウキは軽く腕を動かした。
「だいぶ良くなったよ。まだ少し疲れてるけど」
「ならよかった。無理はするなよ」
そう言うバルド自身も、左肩の動きがまだ完全ではない。
ドランも脚に痛みが残っているようで、立ち上がるときには慎重に足を運んでいた。
「今日はどうする? さすがに迷宮には行かないよな?」
トーマが尋ねる。
「うん。今日は準備に使いたいと思ってる」
「だろうな」
バルドが頷いた。
「黒震狼との戦いで装備も傷んでる。まずは身体と道具を整えるべきだ」
「それに、今日はもっと大事な用事があるだろう?」
ドランが金属部品をしまいながら口を開く。
その言葉を聞いた途端、トーマの表情が明るくなった。
「そうそう! ジョブだよ、ジョブ!」
ユウキも頷いた。
この世界では、一定のレベルに到達すると、同時に保有できるジョブの枠が増える。
レベル9までは一枠。
レベル10からは二枠。
レベル25からは三枠。
その後も成長に応じて枠は増えていくが、枠が解放されたからといって、自動的に新たなジョブが与えられるわけではない。
職業選定の魔導書を使い、自ら選択する必要があるのだ。
ユウキとトーマは、ついに二枠目を解放した。
バルドとドランもすでに条件を満たしていたが、これまで新しいジョブの取得を見送っていた。
「それにしても、俺たち四人とも二つ目か」
トーマが嬉しそうに笑う。
「なんか、一気に強くなれそうじゃないか?」
「そう簡単な話じゃねえぞ」
バルドが釘を刺した。
「ジョブが増えれば、身体能力も上がる。新しい技能を得られることだってある。だが、使いこなせなけりゃ意味がねえ」
「分かってるって!」
「本当に分かってんのか?」
「分かってるよ!」
二人のやり取りに、ユウキとドランが笑う。
いつもの光景だった。
命懸けの戦いから戻ってきたばかりなのに、こうして笑い合える。
そのことが、ユウキには何より嬉しかった。
◇
朝食を終えた四人は、冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると、朝から多くの冒険者たちが集まっていた。
依頼掲示板の前で報酬について話し合う者、受付で依頼の完了を報告する者、これから出発する仲間と装備を確認する者。
いつもの賑やかな光景だ。
その中で、見慣れた女性がこちらに気づいた。
「あら、ネクシアの皆さん。おはようございます」
受付嬢のセシリア・アルノーだった。
「おはようございます、セシリアさん」
ユウキが挨拶すると、セシリアは四人の顔を順番に見つめた。
「皆さん、お身体は大丈夫ですか? 黒震狼の件は聞いていますよ」
「何とかな」
バルドが答える。
「ただ、まだ完全じゃねえ。今日は戦闘を避けるつもりだ」
「それなら安心しました」
セシリアはほっと息をついた後、ユウキへ視線を向けた。
「ユウキさんも、無理をしてはいけませんよ?」
「あはは……はい」
「本当ですか?」
いつもの優しい笑顔だったが、なぜか逆らえない迫力があった。
「……気をつけます」
隣でトーマが笑う。
「ユウキ、また心配されてるじゃん!」
「トーマさんも同じですよ?」
「えっ、俺も!?」
その反応に、バルドとドランが笑い声を上げた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ジョブの選択をお願いしたくて」
ユウキが答えると、セシリアは嬉しそうに頷いた。
「ああ、皆さん二つ目のジョブですね。おめでとうございます!」
「俺たち、結構成長しただろ?」
トーマが得意げに胸を張る。
「ええ。でも、ジョブ選択は慎重にお願いしますね」
「もちろん!」
「……その勢いが少し心配です」
セシリアは苦笑しながら、受付の奥から出てきた。
「それでは、魔導書のある部屋へご案内します」
◇
案内された小部屋の中央には、一冊の厚い魔導書が置かれていた。
複雑な紋様が刻まれた表紙。
その表面を、淡い魔力の光が静かに流れている。
職業選定の魔導書。
以前にも触れたことのある、ジョブを選ぶための魔道具だ。
「皆さん、使い方は覚えていますね?」
セシリアが尋ねる。
「表紙に手を置いて、候補から選ぶんだろ?」
トーマが答えた。
「はい。表示されたジョブを確認し、ご自身で選択を確定してください」
彼女は続ける。
「ただし、候補に表示されたジョブを、必ず今選ばなければならないわけではありません」
「そうなんですか?」
ユウキが聞き返す。
「ええ。未選択のジョブは、その条件を満たしている限り、次回以降も候補として残ります。もちろん、現在のジョブとは別の道を選ぶこともできますよ」
ユウキは頷いた。
以前、最初のジョブを選んだときにも、いくつもの候補が表示されていた。
あのとき選ばなかったジョブが、今回も残っている可能性があるということだ。
「ただし、成長によって適性に合わなくなった見習い職などは、表示されなくなる場合があります」
「なるほど……」
トーマが腕を組んだ。
「つまり、前に出てた候補が全部消えるわけじゃないんだな」
「そのとおりです」
セシリアが微笑む。
「それと、ジョブを新しく取得すると、魂盤に定着した力によって基礎能力値が上昇します。どの能力がどれだけ伸びるかは、ジョブによって異なります」
「おお!」
トーマの目が輝いた。
「じゃあ、素早いジョブを選べば、もっと速くなれるってことか!」
「そういう傾向はありますね。ただし、上昇する能力は一つだけとは限りません」
「そりゃ楽しみだ!」
バルドが苦笑する。
「だから、数字だけ見て選ぶなよ」
「分かってるってば!」
セシリアは四人を見渡した。
「それでは、どなたから始めますか?」
「僕からお願いします」
ユウキが一歩前へ出た。
◇
魔導書の前に立ち、ゆっくりと表紙に手を置く。
その瞬間、紋様が淡く輝いた。
視界の内側に、見慣れた半透明の文字が浮かび上がる。
【魂盤情報を確認しました】
名前:ユウキ・コバヤシ
レベル:10
取得済みジョブ:剣士
ジョブ枠:1/2
【選択可能ジョブ】
・探索者
・治癒術師
・生存者
・採掘師
・強化闘士
・治癒剣士
・魔法剣士
「……あった」
ユウキは思わず呟いた。
探索者、治癒術師、生存者。
以前にも見覚えのある名前が並んでいる。
あのとき選ばなかった道が、今も自分の前に残されていた。
そして、その中には新しい候補もあった。
治癒剣士。
魔法剣士。
いずれも、一つの技能だけでは辿り着けないようなジョブだ。
ユウキは順番に説明を確認していく。
【探索者】
探索、鑑定、感知などの技能を活かし、未知の環境での行動に適したジョブ。
【治癒術師】
治癒魔法を中心とした回復能力の向上に適したジョブ。
【生存者】
危険な環境を生き抜いた経験を基礎とし、生存能力や環境への適応力を高めるジョブ。
【採掘師】
採掘や掘削に関する技能を活かし、鉱物の採取や地中での作業に適したジョブ。
【強化闘士】
身体強化を中心に、身体能力を引き出す戦闘に適したジョブ。
【治癒剣士】
剣術と治癒能力を組み合わせ、戦闘と回復を両立するジョブ。
【魔法剣士】
剣技と魔法を組み合わせ、魔力を武器に宿す戦闘に適したジョブ。
ユウキは表示された候補を見つめた。
どれも、自分のこれまでを映しているようだった。
灰の鉱山で積み重ねた採掘の経験。
生き延びるために身につけた感知能力。
エルナから教わった治癒魔法。
そして、仲間を守るために磨き続けてきた剣術。
苦しかった日々も、決して消えてはいない。
そのすべてが、今の自分を形作っている。
「……選べる道って、こんなにあるんだ」
ユウキは小さく息を吐いた。
治癒剣士も魅力的だった。
仲間が傷ついたとき、剣を振るいながら回復を行えるなら、どれほど心強いだろう。
探索者なら、迷宮で役立つ場面も多いはずだ。
それでも、最後に視線が止まったのは、一つの名前だった。
【魔法剣士】
「……魔法剣士か」
「何かいいのがあった?」
トーマが尋ねる。
「うん。剣と魔法を組み合わせるジョブがあるんだ」
「へえ! ユウキに合ってそうじゃん!」
確かにそうかもしれない。
だが、ユウキには迷いがあった。
攻撃用の魔法を扱ったことはない。
剣術だって、まだ十分とは言えない。
新しい力に手を伸ばすより、今ある技術を磨いた方がいいのではないか。
しかし、脳裏によみがえったのは、黒震狼との戦いだった。
剣が届かなかった瞬間。
身体強化を使っても、相手に追いつけなかった場面。
もし、別の手段を持っていたなら。
そう思ったことは、一度や二度ではない。
「……決めた」
ユウキは静かに息を吸った。
「僕は、魔法剣士にする」
選択項目に意識を向ける。
【ジョブ『魔法剣士』を選択しますか?】
【選択を確定すると、原則として変更できません】
確認の文字が浮かんだ。
ユウキは一瞬だけ目を閉じる。
リナを救うために。
仲間たちを守るために。
自分には、もっと多くの力が必要だ。
「……はい」
意思を確定した瞬間、魔導書が強く輝いた。
光はユウキの身体を包み込み、胸の奥へと静かに染み込んでいく。
熱さも痛みもない。
ただ、身体の内側を何かが巡るような、不思議な感覚があった。
【ジョブ『魔法剣士』を取得しました】
【ジョブ枠:2/2】
【基礎能力値が上昇しました】
HP:96 → 108(+12)
MP:28 → 46(+18)
STR:25 → 28(+3)
VIT:21 → 23(+2)
AGI:25 → 27(+2)
MAG:11 → 19(+8)
MND:26 → 30(+4)
DEX:27 → 30(+3)
「……すごい」
ユウキは思わず息を呑んだ。
特に大きく伸びたのは、MPとMAG。
これまで魔法を扱う機会は治癒魔法が中心だったが、魔法剣士というジョブが、明らかに魔力方面の能力を押し上げていた。
それだけではない。
HPや筋力、敏捷性も少しずつ上昇している。
剣士としての身体能力を維持しながら、魔法を扱うための素質が強化されたのだろう。
続いて、新たな文字が現れる。
【新たな技能を習得しました】
・魔力付与 Lv.1
・MP回復速度上昇 Lv.1
【属性適性に基づき、魔法技能を習得しました】
・光魔法 Lv.1
「……光魔法?」
ユウキは目を見開いた。
それは、今まで持っていなかった属性魔法だった。
治癒魔法は扱えても、攻撃や補助に用いる属性魔法については、ほとんど経験がない。
魔力付与という技能も、使い方はまだ分からなかった。
だが、確実にできることが増えている。
「ユウキ、どうだった?」
トーマの声に、ユウキは振り返った。
「魔法剣士を取得できたよ。MPと魔力が結構上がったみたい」
「おお! いいじゃん!」
「それに、光魔法も覚えたんだ」
「マジか!?」
トーマが身を乗り出した。
「じゃあ、剣を光らせたりできるのか?」
「……どうだろう?」
「そこは試してみようぜ!」
「ここでは試さないでくださいね?」
セシリアが微笑みながら釘を刺す。
「あ、はい」
ユウキが慌てて頷くと、トーマが笑い声を上げた。
ただ、ユウキには一つ気になることがあった。
ジョブの取得と同時に、魔力の流れを以前より明確に感じられる。
それは魔法剣士の影響なのか、それとも光魔法を得たからなのか。
今の段階では分からない。
けれど、確かなことが一つだけあった。
自分の可能性は、以前よりも広がっている。
◇
「よし! 次は俺だ!」
トーマが勢いよく魔導書の前へ進んだ。
「焦るなよ」
バルドが声をかける。
「分かってるって!」
トーマはそう答え、魔導書の表紙に手を置いた。
淡い光が広がる。
【魂盤情報を確認しました】
名前:トーマ
レベル:10
取得済みジョブ:斥候
ジョブ枠:1/2
【選択可能ジョブ】
・短剣使い
・盗賊
・追跡者
・隠密士
・軽戦士
・双短剣士
・遊撃士
・影刃士
「……おお!」
トーマの目が輝いた。
以前から表示されていた短剣使いや盗賊、追跡者なども残っている。
見習い斥候のような下位の候補は、もう表示されていない。
代わりに、これまでの経験を反映した新しいジョブが増えていた。
「こんなに選べるのか!」
トーマは興奮を抑えながら、候補を確認していく。
【短剣使い】
短剣を用いた戦闘に適したジョブ。
【盗賊】
隠密行動、探索、素早い立ち回りなどに適したジョブ。
【追跡者】
痕跡の発見や追跡、対象の行動を読み取ることに適したジョブ。
【隠密士】
気配を抑え、敵に気づかれず行動することに適したジョブ。
【軽戦士】
敏捷性を活かした近接戦闘に適したジョブ。
【双短剣士】
二本の短剣を使用し、連続攻撃を行う戦闘に適したジョブ。
【遊撃士】
機動力を活かし、戦場の状況に応じて攻撃と支援を切り替えるジョブ。
【影刃士】
短剣術と隠密行動を組み合わせ、敵の隙や急所を狙う戦闘に適したジョブ。
「……これ、全部いいな」
トーマは真剣な表情で呟いた。
双短剣士。
今まで使ってきた二本の短剣を、さらに磨ける道。
遊撃士。
仲間の間を駆け回り、状況に応じて動けるジョブ。
どちらも魅力的だ。
だが、彼の視線は最後の候補に留まった。
【影刃士】
トーマはその説明をもう一度読み直す。
速く動く。
気配を消す。
敵の隙を見抜く。
そして、一瞬の好機を逃さず刃を届かせる。
これまでの自分が得意としてきたものを、一つの戦い方にまとめたようなジョブだった。
「……決めた」
トーマが顔を上げる。
「俺は影刃士にする!」
「もう決めたの?」
ユウキが尋ねる。
「ああ。双短剣士とも迷ったけど、こっちの方が俺らしい気がする」
いつもの軽い口調ではあったが、その目には迷いがなかった。
トーマは確認表示を読み、選択を確定する。
【ジョブ『影刃士』を取得しました】
【ジョブ枠:2/2】
【基礎能力値が上昇しました】
HP:86 → 96(+10)
MP:22 → 27(+5)
STR:19 → 22(+3)
VIT:18 → 20(+2)
AGI:32 → 39(+7)
MAG:7 → 8(+1)
MND:17 → 19(+2)
DEX:29 → 34(+5)
「おおおっ!」
トーマが声を上げた。
「AGIが39になった!」
「39!?」
ユウキも驚く。
もともとトーマは、ネクシアの中で最も敏捷性が高い。
それがさらに7も上昇したのだ。
「しかもDEXも34! これはかなりいいな!」
トーマは自分の両手を見つめた。
指先を動かす感覚が、少しだけ以前と違う。
身体が軽くなったようにも感じる。
もちろん、実際の戦闘でどれほど変わるかは、まだ分からない。
だが、期待せずにはいられなかった。
【新たな技能を習得しました】
・影纏い Lv.1
・急所看破 Lv.1
「影纏いと急所看破……!」
トーマの口元が緩む。
「名前からして、絶対俺向きだろ!」
「確かにな」
バルドが頷いた。
「だが、素早くなったからって調子に乗るなよ」
「分かってるって!」
そう答えながらも、トーマの表情には興奮が隠しきれていなかった。
ユウキは思わず笑った。
いつも明るく、誰よりも素早く動くトーマ。
新しいジョブは、彼の長所をさらに伸ばすものになりそうだった。
◇
続いて、バルドが魔導書の前へ立った。
左肩を気遣いながら、ゆっくりと表紙に手を置く。
魔導書が淡く輝き、文字が浮かび上がった。
【魂盤情報を確認しました】
名前:バルド
レベル:14
取得済みジョブ:守護者
ジョブ枠:1/2
【選択可能ジョブ】
・鉱夫
・盾使い
・斧戦士
・重戦士
・重装戦士
・採掘師
・護衛士
・庇護者
・盾斧士
「……ほう」
バルドが静かに呟いた。
以前から候補にあった鉱夫や盾使いも、今なお表示されている。
採掘師という別の道もある。
長年の採掘経験が、今も魂盤に刻まれているのだろう。
【鉱夫】
鉱山や地下での作業に適したジョブ。
【盾使い】
盾の扱いに特化し、防御技術を磨くことに適したジョブ。
【斧戦士】
斧による攻撃を中心とした近接戦闘に適したジョブ。
【重戦士】
高い筋力と耐久力を活かした戦闘に適したジョブ。
【重装戦士】
重い装備を扱い、防御力を活かして前線を維持するジョブ。
【採掘師】
鉱物の採取や地中の作業に関する能力を伸ばすジョブ。
【護衛士】
仲間や護衛対象を守る戦い方に適したジョブ。
【庇護者】
他者を守る意思と経験を基礎とし、仲間への防御支援に適したジョブ。
【盾斧士】
盾による防御と、斧による反撃を組み合わせた戦闘に適したジョブ。
バルドは、しばらく黙って候補を見つめていた。
護衛士や庇護者も悪くない。
仲間を守ることを第一に考えるなら、むしろ自然な選択かもしれない。
だが、黒震狼との戦いで痛感したことがある。
守るだけでは、守り切れない場面もある。
盾で攻撃を受け止めても、敵の勢いを止められなければ、その先にいる仲間が危険にさらされる。
敵を押し返す力。
防御から反撃へつなげる技術。
それが、今の自分には足りない。
「……決まった」
バルドが静かに言った。
「俺は盾斧士にする」
「盾と斧か!」
トーマが反応する。
「バルドらしいじゃん!」
「そうだな。俺には、この道が合ってる」
バルドは確認表示を読み、ゆっくりと選択を確定した。
【ジョブ『盾斧士』を取得しました】
【ジョブ枠:2/2】
【基礎能力値が上昇しました】
HP:145 → 169(+24)
MP:30 → 34(+4)
STR:34 → 41(+7)
VIT:42 → 51(+9)
AGI:16 → 17(+1)
MAG:7 → 7(変化なし)
MND:31 → 35(+4)
DEX:21 → 23(+2)
「……なるほどな」
バルドは静かに息を吐いた。
「HPが169。VITは51か」
「ご、51!?」
トーマが目を丸くする。
「硬すぎないか!?」
「硬いだけじゃ意味がねえよ」
そう言いながらも、バルドは満足そうだった。
STRも41まで上昇している。
防御力だけでなく、反撃に必要な筋力も伸びていた。
まさに盾と斧を扱うジョブらしい能力値の変化だった。
【新たな技能を習得しました】
・盾斧連携 Lv.1
・衝撃緩和 Lv.1
「盾斧連携と衝撃緩和……か」
バルドは静かに頷く。
盾で受け止め、斧で返す。
そして、受けた衝撃を和らげる。
技能の名前から考えれば、これまでの弱点を補える可能性がある。
だが、バルドは左肩へ目を向けた。
数値が上がっても、昨日受けた傷が消えたわけではない。
力を得たことと、傷が癒えることは別だ。
「……まずは、この肩を治さねえとな」
その言葉に、ユウキも頷いた。
強くなったからといって、無理をしていい理由にはならない。
それもまた、昨日の戦いで学んだことだった。
◇
最後に魔導書の前へ立ったのは、ドランだった。
「さて……俺の候補はどうなってるかな」
いつもより楽しそうな声だった。
「ドランはもう決めてそうだね」
ユウキが言うと、ドランは笑った。
「候補を見る前から決めつけるのは早いぞ」
そう答えながら、魔導書の表紙に手を置く。
【魂盤情報を確認しました】
名前:ドラン
レベル:12
取得済みジョブ:技工士
ジョブ枠:1/2
【選択可能ジョブ】
・修理工
・鍛冶師
・魔導具師
・機巧士
・鎚戦士
・魔導技師
・錬金術師
「……これは、迷うな」
ドランが小さく笑った。
以前から表示されていた修理工や魔導具師。
そして、新たに候補へ加わった技術系のジョブ。
そのどれもが、自分の経験に結びついている。
【修理工】
道具や装備の修理、整備に適したジョブ。
【鍛冶師】
金属加工や武具の製作に適したジョブ。
【魔導具師】
魔導具の構造理解、整備、取り扱いに適したジョブ。
【機巧士】
機構や装置の組み立て、調整に適したジョブ。
【鎚戦士】
鎚を用いた戦闘技術を磨くことに適したジョブ。
【魔導技師】
技術と魔力を組み合わせ、魔導具や装置を扱うことに適したジョブ。
【錬金術師】
素材の性質を理解し、加工や組み合わせによって新たなものを生み出す技術に適したジョブ。
ドランは腕を組み、しばらく考え込んだ。
魔導具師は魅力的だった。
すでに魔導具知識を習得している自分なら、これまでの経験を大いに活かせるだろう。
魔導技師も気になる。
技術と魔力を組み合わせるという点では、将来性のあるジョブに思えた。
だが、ドランには一つの考えがあった。
これから向かう迷宮。
そこには、未知の素材や魔導具が眠っているかもしれない。
自分の知らない鉱石。
見たこともない魔力を帯びた素材。
もし、それらの性質を調べ、加工できるようになれば。
ただ道具を修理するだけではなく、これまでにないものを作り出せるかもしれない。
「……面白そうじゃないか」
ドランの口元に笑みが浮かぶ。
「何にするんだ?」
バルドが尋ねた。
「錬金術師だ」
「錬金術師?」
ユウキが聞き返す。
「ああ。技工士としての経験に、素材を扱う技術を加えたいんだ」
ドランは説明をもう一度読み、静かに頷いた。
「これなら、迷宮で手に入れたものを無駄にせずに済むかもしれん」
選択を確定する。
【ジョブ『錬金術師』を取得しました】
【ジョブ枠:2/2】
【基礎能力値が上昇しました】
HP:112 → 124(+12)
MP:35 → 55(+20)
STR:24 → 25(+1)
VIT:26 → 28(+2)
AGI:15 → 16(+1)
MAG:17 → 26(+9)
MND:39 → 46(+7)
DEX:49 → 57(+8)
「……ほう!」
ドランの目が大きく開かれた。
「MPが55。DEXは57か!」
「57!?」
トーマが驚いた声を上げる。
「ドラン、器用すぎないか!?」
「昔から細かい作業ばかりしてきたからな」
ドランは笑った。
MPとMAGも大きく上昇していた。
錬金術師は、魔力を扱う技術職としての性質が強いのだろう。
【新たな技能を習得しました】
・錬金術 Lv.1
・素材鑑別 Lv.1
・MP回復速度上昇 Lv.1
「錬金術に素材鑑別……それと、MP回復速度上昇か」
ドランは一つずつ、技能の名前を確認した。
「これは調べることが増えそうだな」
「なんだか楽しそうだね」
ユウキが言うと、ドランは嬉しそうに笑った。
「ああ。これまでは道具を直すことが中心だったが、これからは作ることにも挑戦できるかもしれん」
もちろん、技能を習得しただけで何でも作れるようになるわけではない。
錬金術にも知識と経験が必要だろう。
それでも、新しい可能性を得られたことは確かだった。
◇
四人全員のジョブ選択が終わった。
ユウキは魔法剣士。
トーマは影刃士。
バルドは盾斧士。
ドランは錬金術師。
それぞれが異なる道を選び、新しい技能を手に入れた。
そして、能力値も大きく変化していた。
「なあ、みんな。せっかくだし、どれくらい強くなったか確認しようぜ!」
トーマが提案した。
「確かに、今後の連携を考えるなら把握しておきたいな」
バルドが頷く。
四人は新しい能力値を互いに伝え合った。
【ネクシア・ジョブ取得後の能力値】
◆ ユウキ
ジョブ:剣士/魔法剣士
Lv:10
HP:108
MP:46
STR:28
VIT:23
AGI:27
MAG:19
MND:30
DEX:30
◆ トーマ
ジョブ:斥候/影刃士
Lv:10
HP:96
MP:27
STR:22
VIT:20
AGI:39
MAG:8
MND:19
DEX:34
◆ バルド
ジョブ:守護者/盾斧士
Lv:14
HP:169
MP:34
STR:41
VIT:51
AGI:17
MAG:7
MND:35
DEX:23
◆ ドラン
ジョブ:技工士/錬金術師
Lv:12
HP:124
MP:55
STR:25
VIT:28
AGI:16
MAG:26
MND:46
DEX:57
「……こうして見ると、結構違うな」
ユウキが呟いた。
トーマは敏捷性が突出している。
バルドは耐久力と筋力に優れ、ドランは器用さと魔力方面が大きく伸びていた。
自分は、剣と魔法を両立するために、幅広い能力が上がっている。
だが、単純に数値が高ければ勝てるわけではない。
戦い方。
技能の熟練度。
仲間との連携。
そして、状況を見極める判断力。
それらが揃って初めて、能力を十分に発揮できる。
黒震狼との戦いは、そのことを教えてくれた。
「俺、今すぐ走ってみたい!」
トーマが楽しそうに言う。
「俺は盾を構えてみたいところだな」
バルドが頷いた。
「俺は素材を調べたい。何か試せるものがあればいいんだが」
ドランも目を輝かせている。
ユウキはそんな三人を見て、自然と笑みがこぼれた。
「僕も、光魔法を試してみたいな」
「よし! じゃあ、決まりだな!」
トーマが勢いよく拳を上げた。
「今日の午後は、新しい技能の練習だ!」
「ただし、無理はしない」
バルドがすかさず付け加える。
「はいはい、分かってます!」
いつものやり取りに、四人は笑った。
ユウキは仲間たちの顔を見渡した。
同じ場所に立っているのに、それぞれの進む道は違う。
けれど、目指しているものは同じだ。
強くなること。
生き残ること。
そして、仲間とともに前へ進むこと。
「……いいね」
ユウキが小さく呟く。
「何がだ?」
トーマが尋ねた。
「みんな、それぞれ違う力を手に入れたのに、ちゃんと一つのパーティーになってるところ」
トーマは一瞬きょとんとした後、にやりと笑った。
「当たり前だろ。俺たち、ネクシアなんだからさ!」
バルドが頷き、ドランも笑みを浮かべた。
その言葉が、ユウキには何より心強かった。
◇
ジョブ選択を終えた四人は、セシリアとともに受付へ戻った。
「皆さん、無事に決まったようですね」
「はい。ありがとうございました」
ユウキがお礼を言うと、セシリアは嬉しそうに微笑んだ。
「こちらこそ。皆さんが新しいジョブを取得できて、私も嬉しいです」
「なあ、セシリアさん!」
トーマが身を乗り出す。
「俺、AGIがかなり上がったんだけどさ。これなら迷宮の奥にも行けるんじゃないか?」
だが、セシリアはすぐには頷かなかった。
「まずは新しい技能に慣れることをおすすめします」
「やっぱり?」
「もちろんです。それに、皆さんは昨日の戦いの疲れも残っているでしょう?」
その言葉に、バルドが小さく頷いた。
「そうだな。数値が上がったからって、怪我が治るわけじゃねえ」
「そのとおりです」
セシリアは受付の奥から、一枚の案内資料を取り出した。
「本格的に迷宮を探索するのであれば、装備や携行品の見直しも必要です。浅い区域を探索するときと同じ準備では、奥へ進んだ際に困ることもありますから」
ユウキは資料を受け取った。
食料。
飲料水。
灯り。
予備の装備。
負傷した際の備え。
そして、帰還するための手段。
どれも重要なものばかりだ。
「強い魔物に勝てても、帰り道が分からなくなれば意味がありませんからね」
セシリアが静かに告げる。
ユウキは深く頷いた。
「……そうですね」
「皆さんがどれほど強くなっても、無事に帰ってきてくださることが一番です」
その声には、いつもと変わらない優しさがあった。
そして、何度も冒険者たちを送り出してきた受付嬢だからこその重みも感じられた。
「分かりました。まずは準備と、新しい技能の練習から始めます」
「はい。それがいいと思います」
セシリアは安心したように微笑む。
トーマも、今度は素直に頷いた。
「まあ、いきなり奥まで行くのは危ないか。俺も影纏いを試したいしな」
「俺も盾斧士の技能を確かめたい」
バルドが言う。
「俺は素材を調べたいな。できれば新しいものがいい」
ドランも楽しそうだった。
「それじゃあ、セシリアさん。また来ます」
ユウキが頭を下げると、セシリアは笑顔で頷いた。
「はい。皆さん、どうかお気をつけて」
◇
ギルドの外へ出ると、昼前の陽光が石畳を明るく照らしていた。
「さて、これからどうする?」
トーマが尋ねる。
「まずは装備の確認かな。そのあと、無理のない範囲で新しい技能を試してみたい」
ユウキが答える。
「そうだな。ガルドのところにも顔を出しておきてえ」
バルドが左肩を軽く回しながら言った。
「ああ。装備の傷みも見てもらった方がいいだろう」
ドランも頷く。
「それに、迷宮へ潜る前に必要なものも揃えないとな」
四人は歩き始めた。
新しいジョブ。
新しい技能。
そして、強化された身体能力。
確かに、昨日までの自分たちとは違う。
だが、それだけで世界が変わったわけではない。
迷宮には、まだ見ぬ魔物がいる。
地上では手に入らない素材や、未知の魔導具も眠っているかもしれない。
そして、その奥には、誰も知らない危険が待っている可能性もある。
ユウキは腰の剣にそっと触れた。
光魔法。
魔力付与。
新たに得た力は、まだ使いこなせない。
だが、必ず自分のものにしてみせる。
仲間を守るために。
そして、リナを救うために。
「……行こう、みんな」
ユウキは微笑んだ。
「僕たちの、新しい冒険を始めよう」
トーマが笑い、バルドが頷き、ドランが楽しそうに肩を揺らす。
四人は並んで、リーヴェルの街を歩いていく。
それぞれが違う道を選んだ。
それでも、進む先は同じだ。
まだ見ぬ迷宮の奥へ。
自分たちの知らない世界へ。
そして、いつか辿り着くべき未来へ。
ネクシアの新たな冒険が、今、始まろうとしていた。
――第81話 完。




